第17話 燃える海!

「この辺りは江戸湊えどみなとなんて時々言われますけど、港町としては品川などの方が盛んなんですよ。あちらの方が海が広いですからね。ですが、江戸湊も負けてませんよ。ここから江戸の色んな川に水路が流れてますからね」


 さこさんに案内されて周辺を見て回るだけでも面白いものがたくさんある。

 漁船や廻船なんて間近で見る事もできないし、そこから積み下ろされてくる色んな品々だって、子どもの私たちじゃそうそう見る事なんてできないしね。


「とはいえ、やっぱり品川の方が栄えてますね。残念」


 江戸湊はあまり深い海じゃないらしくって大きな船は近寄れないから、途中で小さな船に荷物を預けてから送り届ける形をとっている。

 結構面倒臭そうだけど、そういう所からも品川の湊の方が栄えてるって事なんだろうか?


「よく新鮮なお魚の事を江戸前というでしょう? あれは江戸の前の海、つまりこの江戸湊からとれたお魚の事をいうんですって。本当の所はよくわかりませんけど、大人ってそういうこじつけが好きですから」

「へぇ、いろんなこと知ってるんですねぇ」


 天狗様といいさこといい、物知りだなぁ。

 私なんか剣の事ならいくらでも話せるけど、それ以外はからっきしだし。


「女の私が知ったところであんまり意味はありませんけどね。廻船問屋を継ぐわけでもないですし」

「そうなんですか? さこさんなら、女主人! ってな感じでもいけそうな気がするんですけど」


 実際そういうお店がないわけじゃないもの。

 確かに珍しいっちゃ珍しいけど。


「父がなんて言いますかねぇ。それに私自身もあまり興味がないんです。私はそうだな……天下を取りたい!」

「天下!」


 どんと胸をはってさこがいう。

 天下を取るとはまたすごい事を言ってるわね。


「えへへ、これは嘘です」


 ちろっと舌を出して笑うさこはどこか楽しそう。


「なんだ嘘か。でもちょっと本気に聞こえたわよ?」

「そうですね、あながち全部が嘘ってわけじゃないですよ? 例えば……家光様のあとを継がれる家綱いえつな様、あの方、今はわたしたちと同じ歳なんですよ?」

「あぁ、そういえば」


 徳川家綱様は家光様の子で、次の将軍様になるお方なんだ。

 私と同じ年に生まれていて、十歳になるのに家光様の代わりに将軍様のお仕事を代わりに行っていたりするとか。

 将軍家って大変なんだなぁと思う。それもこれも天下泰平の為ってわけだけど。


「家綱様の年齢を考えれば、私が大人になった時、大奥に入って家綱様の側室になる事だってできるでしょう?」

「そ、側室! さこさん、そこまで考えているんですか!」


 大奥は将軍様のお嫁さんや側室様がおられる場所。

 そして、側室っていうのはつまり、あれですよ。

 男の人にはお嫁さん、これを正妻と呼ぶのだけど、それとは別にほかの奥さんを持つことが許されているのです。

 これには深いわけがあって、一言でいうとお家の為なんだ。家のために跡継ぎを残さないといけないのだけど、家を継げるのは男の人だけ。

 だから、男の子が生まれる可能性を増やすってことらしい。

 これも詳しくは知らないけど、家光様の時はとっても大変だったとか聞くなぁ……。

 私としては、別に女の人が家を継いでも良いじゃないって思うんだけどなぁ。戦国の頃には井伊直虎いいなおとら様っていう女性が井伊家を継いでいたって言うし。

 それにしても、側室、しかも大奥だなんて……さこってば大胆。


「どうせ結婚するなら大きくでたいじゃない? 家綱様の母上であられるお楽はもとは農民の出よ?」

「ふえーさこさんってばすごいんだね!」


 お竹の反応からして、側室とか大奥の意味は全く理解してないわねこれ。

 そのうちお屋敷で「お竹も側室になるー」とか言い出さなければいいけど。

 そりゃお殿様、それも将軍様のお嫁さんになるっていいかもしれないけど、堅苦しそうで私は苦手だなぁ。


「ま、そのためには色々と準備と言いますか、上様の目にかなうような器量上手にならないといけないのですけど……ふぅ、それにしてもちょっと暑すぎますねぇ。あまり、暑いのは好きじゃないんですけど……」

「本当、二月だっていうのに真夏みたい」


 さこの言う通り、ほんと暑い。冷たいお水でも飲みたい所だわ。


「さて、江戸湊の案内はこれぐらいかしら。他にも色々と見せたいものはあるけど、商人様たちがごった返しているから、今は邪魔になっちゃうのよね。父に見つかったら怒られるし。栄えているっていっても、やっぱり江戸に比べると風情ないもの。あぁ、早く江戸に住みたい。江戸見物するだけじゃつまらないわぁ」

 

 さこは両手を結んで夢にときめいている。

 あぁ、こりゃ本気で大奥にいくつもりかも。さこは今見てる可愛いし、成長したらきっと美人になるわね。

 髪の毛も綺麗だし、着物も似合ってるし、仕草は大人っぽいし。


「ところで、探し物は見つかりましたか?」

「え? あぁ、そういえばそうだった……うぅん、それらしいものはなかったですね」


 い、いやうっかりしていたけど、忘れてたわけじゃなんですよ?

 江戸湊のあちこちを案内してもらったけど、四凶の木像なんて影も形もなくて、お手上げ。

 ないとは思うけど、実は海の中! って事になったらそれこそ手の出しようがないもの。


「あまり、無理をしないでくださいね。ここ数日、奇妙な事ばかり続きますし。確か江戸の方じゃ雹が降ったり、ちょっと前だって猫の化け物が……」


 あ、そういえば、さこって白虎様の事をそうだと勘違いしていたんだよね。

 でもこれって説明した方がいいのかしら。実はあの白猫は白虎という神様で江戸を守ってくださっていたなんて。


「不吉ですよね。この国の人たちはこういったものには慣れているからなのか、不安を表にはあまり出しませんけど」


 確かにさこの言う通り、どことなく江戸の人たちにも暗い影みたいなのが落ちている気がする。とどめといわんばかりに暑い日も続くし、肉体的にも精神的にも限界かも……。


「それに、嫌な事って続くものですよ。うちは、あまの屋というお店なんですけどね、ここ最近じゃ脅迫状まで届くんです」

「き、脅迫状!?」

「大変!」


 突然の話に私もお竹も思わず声をあげてしまった。


「しぃー! あまり大きな声で言わないで」


 さこは慌てて私たちの口を手で塞いで、きょろきょろとあたりを見渡す。

 うなだれているのが幸いしてか、殆どの人たちは私たちの方なんて目もくれてない。


「今日の夜に、あまの屋の船に火をつけてやるなんてことをね、言われたみたいです。でもまぁ、有名になるとこういうのはつきものなんです。いちいちそれで怯えていたら大店なんて構えられませんからね」

「それってお役人様に申し付けた方が……」

「それは無理。父はいじっぱりな所もあるから、店の名前に傷がつくっていってね」

「でも……」

「私たちが心配したってどうしようもないじゃない。それに、ここにはあまの屋以外のお店もあるし、警備だって多いから大丈夫よ」


 うぅん、だったらいいけど……でもまさか火付けをしようとする人がいるなんて信じられないわね。

 いくら港町だからって火事になったら大変なのに。


「あら、いけない、もうそろそろ帰らないと。もうお昼も傾くころだし、あなたたちも戻らなくても大丈夫? 江戸までって結構かかわるわよ? 馬で来たのか、籠できたのかは分からないけど、遅くなると大変でしょう?」


 お日様は昼から夕暮れに傾こうとしている。

 確かにそろそろ帰らないと怒られそうだ。

 ここはまた天狗様の力を借りるしかないわね。本当はもうちょっと調べたかったけど、手掛かりがないんじゃね……。


「それじゃあ、また会いましょ?」

「うん、今日はありがとう。楽しかったわ」

「ありがとう、さこさん!」

「うふふ、私もよ。それじゃ皆さま、さようなら」


 さこはそう言って人波の中へと消えていった。

 私たちも、今日の所はお屋敷に帰ることにした。


***


 そして、その日の夜。

 なんと私たちは江戸湊にいます!

 というのも、さこの言っていた火付けってのがどうしても気になってしまって、またもや真夜中に起きて、抜け出してきたってわけなのです。

 ちなみに、お竹も「私もついていくー」って言ってたけど、案の定、ぐっすりと布団の中。


「ふーむ」


 てなわけで、私と天狗様は丘の上から江戸湊を見下ろしていました。

 それより驚いたのは天狗が火付けを捕まえる事に賛成してくれたことだった。

 四凶のこと以外は興味なさそうと思ったのだけど……?


「別に構わんぜ。俺様の封印は善行をなす事で解けるから。四凶も大事だが、火付けを捕らえる事もまた善行だ。それに、たかが人間の火付け、俺様の敵じゃねぇってな!」


 おぉ、すごい自信!

 でも、天狗様が頼りになるのは間違いからこれは心強い。


「ふん。しかし火付けもそうだが、四凶も怖いな。ねぇとは思うが、同時に来たらちと厄介だぞ」

「やっぱり、まがましい気配ってあるんですか?」

「あぁ……だがわからねぇこともある。四凶は何をしようとしてるかだ。気配はすれど、ことを起こしている様子はない」

「そうなんですか? 私はてっきりこの暑さのせいだと……」

「いや、この熱気は朱雀の力だ。俺様としてはてっきり玄武の時みたいに四凶がなにかよからぬ刺激を与えて朱雀を怒らせているものだと思ったが……」


 うぅん?

 じゃあなんで朱雀様はこんな風に暑い日を続けようとしてるのだろう?


「朱雀が、というよりは四凶の方が挑発してるのかもな」

「なんでそんな遠回しな事を?」

「知るか。だが、ここまでわかりやすい邪気を放っておいて、なにもしないってのは不気味だぜ」


 確かに不気味。

 ほんと、一体何が目的なんだろ。

 玄武様の時といい、白虎様の時といい、人様に迷惑ばかりかけて。

 まるで不安をあおっているようだ。


「ま、考えていても仕方ねぇが……ん、おい、海の方に何かいるぞ」

「え、どこ? って遠くて見えないですよ!」


 夜の海は空よりも暗くて船の影を見るのも難しい。

 じっとりとした熱気のせいでちょっと集中力も途切れちゃうし。


「あぁ、人間はそうだったな。小舟だ、その上に誰かいるな……おい、こりゃあたりかもしれねぇな」


 そういわれて、私も目を細めてみた瞬間、ごうっと大きな音を立てて沖合にある大きな船に火が付き、燃え始めたのだった。


「火事だわ!」

「火付けだ! あいつから四凶の気配を感じる!」

「なんですって!?」


 もしかして、一連の事件の犯人かもしれない!


「天狗様!」

「おうよ!」


 私たちは急いで駆け出していた。

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