第16話 再会、美少女さこ

「暑い!」


 春一番が過ぎると、暑い日がやってくる。

 これは昔から言われていることなんだけど、この暑さは異常よ!

 まだ三月にもなっていないのに、この暑さは夏模様だった。

 これでセミが鳴いていればまさしくって感じで、いきなりの寒暖差に結構まいっている人も多いみたい。

 柳生のお屋敷ではお花さんが倒れちゃってもう大変。家事の一切はお母様にゆだねられて、私たちも朝からお手伝いをしていたのだけど、もうそれだけで汗がびっしょりでくたくた。


「あーつーいー! 天狗様、なにか涼しくなるような術~」

「うるせぇ、んなもんねぇよ」

「えぇ~風を起こすだけでもいいからさぁ~」

「うちわ使え、うちわ」

「あおぐのも面倒なのぉ~」


 だるーんとした状態で、私たち姉妹はのびてる。

 もうやる気も起きない。普段なら暑いのは平気だけど、昨日まで涼しかったのがいきなり暑くなったらそりゃね……。

 私たちもかなりまいっているのです。


「うえぇ~暑い日の準備なんてしてないから氷もスイカもないよぅ……ふえ~」


 ついこの間まであちこち凍っていたのがウソみたいだ。


「これも四神相応がゆがんでるせいなのぉ?」

「だろうよ。暑いということは熱、熱に関係する四神と言えば……って、おい聞いてるのか」

「あ、ごめんなさい。暑くて、うだって、頭に入らないぃぃぃ……」

「お竹もお目目ぐるぐる~」


 姉妹そろってこんな感じでございますです。

 あ、お竹ってばちゃっかり天狗様のうちわで自分のまわりにそよ風作ってる、ずるい。私にもちょうだいよそれ。

 あぁでもなんかそれいうのも面倒くさいなぁ……。


「だぁぁぁ、もうだらしがねぇな! ほら、さっさと外に行く準備をしろ。さっそく調査に向かうぞ」


 天狗様は元気だなぁ……。


「えぇ、行かないとだめぇ?」

「お前なぁ、昨日、江戸は守ってみせるなんて言っておいて、その翌日はこれか、しっかりしろ!」


 がくがくと天狗様が私の肩をつかんで揺らしてくるぅ……頭がぐわんぐわんするぅ……。

 そりゃ江戸を守るって言いましたけど、この暑さじゃ守るもなにもないですよぅ。私たちが死んじゃいますぅ……とけちゃうぅぅぅ。


「えぇい、ならよぉく聞け。お前たち、海に連れて行ってやろう」

「え、海!」

「お姉ちゃん、海だって!」


 それを聞いたらすぐさま立ち上がるに決まってるわ!


「お前らな……立ち直り早すぎるだろ」


 だって海だよ!

 めったにいけない海だよ! そこに連れて行ってくれるなんて運がいいって話じゃないわよ! それに海なら涼しい潮風もあるじゃない!

 なんていうかもう海ってだけで涼しいわ!


「お竹、準備急いで!」

「お姉ちゃんこそ、お竹もう着替えたもん」

「さぁさぁ、天狗様、ほら、急いで。海いこう、海!」

「お前ら、実は暑さで頭やられちまったんじゃねぇだろうな……」


 えぇい、そんなことはどうでもいいのよ!

 さぁ海へ行きましょう、海へ!


***


「暑い!」


 やってきました海! と言っても正確には海を見下ろす小高い丘の上だったります。

 いや、でも暑い! 全然涼しくないし、しかもここ、海は海で港町だよ!

 港町というだけあってか、いろんな貿易船もあって、漁師さんたちが使う木船があって、とれたてのお魚を売り買いする騒がしい場所……のはずなんだけど、なぜだか静かだった。


「あれ? 港町ってもっと騒がしいと思っていたけど……」


 丘の上から見下ろすだけでも、なんだか静かな感じ。

 まったく人がいないわけじゃない。むしろ多いぐらいだけど、みんな暑さでげんなりしているのか、私たちが思っていたほどの活気はなかったんだよね。

 それにしても暑い! もしかしてお屋敷にいる以上に暑いかもしれない。


「ふむ、こいつは幸先がいいな。感じるぜ、まがまがしい気配を……だが、妙に範囲が広いな。この街のどこかに呪いの木像があるのは間違いないぜ」


 うっ、そういえばそうだった。

 天狗様としては、私たちを楽しませようとかそういうのじゃなくて異変の調査のつもりなのよね。

 はぁ、でもこんなに暑いと海で涼もうって気にもなれないし、ここは気分を変えて、江戸の平和のために動きますか。


「取り敢えず降りてみようぜ。どうあれ港町だ、人も多いなら情報がつかめるかもしれねぇからな」

「うん、珍しいものとかに詳しい人もいるかも」


 江戸もちょっと前までは外国とも貿易を行っていたんだけど、家光様になってからは禁止にしちゃったんだよね。

 それでも一部の国とはたびたび貿易をやっているそうなんだけど、家光様ってばどうしてそんなことをしたのかしら?

 今度、おじ様にでも聞いてみようかしら。


***


 港町というだけあって、人が多くて、気を付けないとあっという間にはぐれてしまうんじゃないかってぐらいの賑わいなんだけど、やっぱりみんな暑さのせいでだるそう。

 よーく見ると殆どの人たちは日陰で休んでいるし、遠くに見渡せる浅瀬では殆ど着物を脱ぎすてた人たちが潮干狩りをしているのが見えた。

 私たちもちょっとやってみたいけど、着物が濡れちゃうと流石に怒れちゃうから我慢我慢。

 その他にも大阪とかから運ばれてきた珍しい着物や茶器、その他にも外国のものだと思われるものがたくさんあったりする。


「説明しそこねたが、南の方角を守護する四神の名は朱雀だ。火や炎を司るが風水の観点からはどういうわけか海や沼地を守護する立場でもある。本来であれば相反そうはんする属性なんだが、これは朱雀が守護する南の土地は大きく開けた場所の方がよいという考え方に基づいているのだ」


 散策するかたわら、天狗様の四神講義もあった。

 実は私、この話好きなんだよね。聞いているだけでわくわくするし、天狗様って本当に物知りなんだなって感激もしちゃう。

 それはさておいても、この港町のどこかに朱雀様がいるとして、それじゃこの異変を引き起こしているのは一体なんなのだろう?


「天狗様、残る怪物は渾沌と檮杌なわけだけど、朱雀様の邪魔をしているのはどっちになるんですか?」

「さてな、俺様もそこばかりさっぱりだ。前にも説明したが四凶はわざわいを呼ぶ悪の神だ。どれがいてもそれは変わらねぇ。遠慮なくぶっ倒すといい」

「敵を知ればなんとやらって言うけど、そううまくはいかないかぁ。天狗様、邪気とかは探れないんですか?」

「やってはいるがこりゃ無駄だろうな。あちこちに蔓延しすぎてる……白虎の時は運がよかった」


 うぅむ、出だしでつまづくね。

 この暑さだし早めに色々と解決したいんだけど、さてどうしたものか。

 何度も何度もお屋敷と品川を行き来するのも無理があると思うし。


「あら? あなた、お松さんでしょう?」


 その時、後ろからどこかで聞いた声がして、私は振り返った。

 なんとそこには、さこがいたのだ。

 初めてあった時と同じく黒めの大人びた着物に静かな立ち振る舞い、なんだか同年代の女の子には見えないって感じだ。


「あーさこさんだぁ!」


 お竹は子犬みたいにさこさんに抱き着いていく。


「さこさん! どうしてここに?」

「うふふ、それはお互い様」


 お竹を受け止めて、頭をなでてくれながらさこさんは大人びた笑顔を浮かべた。


「しいて言うなら、私、廻船かいせん営むかいとな船頭ふながしらの娘ですもの」


 廻船って言うのは色んなものを運ぶ船の事。人によっては運輸船うんゆせん

とも呼ぶかな。時には外国にまでものを運んだりする大変なお仕事なんだけど、そのおかげか、たくさんのお金を稼いでいる人も多いんだよね。

 もしかするとお侍様よりもお金持ってるかも?


「わ、すごーい! さこさん、お嬢様って奴だ!」


 お竹の言う通り、船頭の娘ってなると、もうお嬢様もお嬢様よ!

 さこがその船頭の娘だとしたら、品川にいるのも頷けるわね。


「それより、みなさんはどうしてこちらに? 江戸からこちらまでは結構な時間がかかると思うのだけど……?」


 不思議そうに首をかしげるさこ。

 歩いて一時間ぐらいかかるものねぇ。

 まさか天狗様のおかげんなんて言っても信じないわよね。


「えっとね、お江戸……もがっ」

「えへへ、色々とね」


 お竹が余計な事を話す前に口止めしつつ、ここは誤魔化すしかないわよね。

 

「あ、そうだ、さこさん。聞きたい事があるんだけど」

「なんでしょう?」

「さこさん、この辺りには詳しいのですか?」

「まぁ、ある程度は。一応、ここが私の故郷になりますし」


 ほうほう、てことは何かわかるかも?

 船頭の娘っていうなら珍しいものだって見てきてるだろうし。


「それじゃ、ここら辺でなんていうのかなぁ、奇妙な木像って見ませんでしたか? どこかのお店にあったとか、仕入れたとか、どっかに置いてるとか」

「木像?」

「あのねぇ、へんてこな動物の木像なの!」


 お竹が余計な事を付け加えるけど、それはいいとしましょう。

 いきなり木像なんて言われても、さこだってわかんないだろうし。

 さこはちょっと考えてから、


「知りませんね」


 と、答える。

 ま、そりゃそうよね。そう簡単に見つかるとは思えないし。むこうだって簡単に見つかるような場所にはおいてないでしょうし。


「外国のへんてこなお人形なら見かけたこともありますけど、木の像ではないですからね……お店の人たちに聞ければいいですけど、お仕事の邪魔になるから外で遊んできなさいと父から追い出されましたから」


 からからと笑いながら、さこはごめんね、と両手を合わせてくれる。


「いいよ、いいよ。私も変な事聞いてごめんね」

「でも、どうしてそんなものをお探しに?」

「んーなんと言いますか……い、色々とあって」


 詳しく言えないのがはがゆいぃぃぃ!

 実は江戸の危機を救うために呪いの道具を探しているなんて言っても誰も信じないし、勢いで誤魔化すしかないんだけどさ。

 嘘も方便とは聞くけど、本当の事が言えないってのはなんだか私は嫌なんだけどなぁ。


「秘密が多いんですね。私、そういうのいいと思いますよ。女性は少し秘密を持ってる方がいいって聞いたことありますから」

「えへへ、ごめんね。そういってもらえると助かるかも」


 秘密と言えば、今こうして親しく話してるけど、私たちってさこの事はあんまり詳しくないんだよね。

 大店どころか廻船業の娘さんってのはさっき教えてもらったけど。


「とはいえ、港は広いですよ。あてもなく探して回ると迷子になるかも。よろしければ、いろんな場所をご案内しますけど? 私も実のところ、暇をもてあましていましたし」

「んーそうねぇ」


 私は考えるそぶりをしながら、うすーく姿を消している天狗様に目を向けた。


(どうしよう?)

(俺様は構わんぞ。どっちにしろ、ことが起きねぇと動けんからな)


 おや、天狗様にしては珍しい。


(事件が起きる前に解決してぇところだが、今の俺様たちにゃそんなことをできるすべがねぇからな。ここはしゃくだが相手の出方をうかがうしかねぇ。とにかく、注意しろよ。合戦でいやここは敵地、お前らはそこをうろうろしてるわけだからな)

(うん、目を見張らせてって奴だ)


 というわけで、私たちはさこの案内に乗っかる事にしたのです。

 ま、本音を言えば私も見物してみたかったしね。

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