第15話 天狗様の正体
「……そういえば、そうよね」
お竹の疑問はもっともなものだと思う。
そうよね、ふと冷静になって考えてみると、玄武様と白虎様の時は仕方ないにしても、今なら事情を知っている人にお手紙なんかを出してもいいかもしれない。
「私たちの話を信じてくれて、なおかつこの問題に対処できる人は……友種様だわ!」
そう、京で陰陽師を務めていらっしゃる幸徳井友種様がいるじゃない!
あのお方なら、私たちの話も信じてくれるだろうしきっと力になってくれるはずだわ!
というか、こういう不思議な事件を解決するのって陰陽師のお仕事じゃないのかしら。今こそまさに本領発揮ってなわけじゃない。
「無理だ」
などと希望を持った瞬間、天狗様はそれをあっさりとへし折ってくるのです。
「どうしてですか? だって、この状況ってどう考えても陰陽師様のお仕事ですよね!?」
「お前らの言いたいことはわかる。だが、その幸徳井家がどこにいるのかわかって言ってるのか?」
「どこって、京でしょう? そこでやんごとなきお方たちの下で陰陽師を……」
「そう、あいつらは京にいる。じゃあらためて聞くが京には何がある?」
「何って……えぇと……お寺?」
奈良に続いて京にもお寺は多い……よね?
たぶん違うんだろうけど、いきなりそんなこと言われてもって感じだし。
「はぁぁぁぁ……」
がくりとうなだれる天狗様。
しかも溜息まで!
「
「朝?」
「廷?」
私とお竹が同時に首をかしげる。
「おい、まさか知らないって言わないだろうな」
「し、知らなくはないですけど」
うぅん……お竹はさておき、私は実のところ聞き覚えがある。というより、知ってる。
朝廷というは本来ならこの日の本を治めているえらいところなのだけど、今は江戸幕府が朝廷の代わりに日の本を治めているのです。
ここのところは難しい大人の世界の話だとお父様やお母様から教えられた。
なんでも大昔の戦が関係していて、確か、
その頃からお侍様たち、武家と呼ばれる人たちがこの国を治めるようになったんだよね。
さて、そんなちょっと難しい話は置いといても、それが友種様をおよびするのが無理とどういう関係があるんだろう?
「いいか、幕府もそりゃ大事だが、朝廷もまたこの国にとってみれば重要なんだ。いや、もっと言えば幕府より重要だぜ。そして、今江戸ではあれこれややこしいことが起きている。それは裏を返せば、朝廷にも起こるかも知れない……連中はそう考えるだろうよ」
「まぁ、そうですよね」
「てことはだ。陰陽師なんていうその道の専門家を手放すわけがねぇ。特に、友種は陰陽頭、つまり陰陽師を束ねる役職だからな……」
「それって……友種様はこっちに来れないってことですか?」
「そうだ。むこうだって自分の身が大事だろうからな……しかし、幕府にはいねぇのか、そういう呪術とかに詳しい奴は……」
それがお寺のお坊様とか神社の神官様なんだろうけど、うぅんどうなんだろう?
「天海様は……すでに亡くなられて、あとは……そうだ沢庵和尚様!」
「……なんだ、そのうまそうな名前の坊さんは」
「えぇとですね、私も小さい頃にお会いしただけで、あんまり覚えてないんですけど、お爺様と仲のよかった人なんです。お父様もおじ様もたいへんお世話になりましたし、今の将軍様、家光様もよく頼られていた方でして……ただその、もう亡くなっていますけど」
なんでもとっても破天荒な方で、ふつうのお坊様とは全然違う人だったらしいんだけど、私はあんまり覚えてないんだよね。あの頃はまだ四歳か五歳だったし。
「そっちも死んでるのかよ……あぁ、つまりはなんだ。この江戸を呪術から守れるような奴らはみんないないってことか……だからこんな大がかりな結界を貼ったってわけね……そして友種の奴は……だぁぁぁ! そういうことか! あの野郎、抜け目がねぇ!」
どうしたんだろう、天狗様ってば一人で頭を抱えてる。
私たちはも何がなんやらさっぱりなんだけど。
「おい、お松、お竹、こっからは腹をくくるしかねぇぞ。何をどうしようと、この江戸で動けるのはお前らだけだ。たぶん、友種としても苦肉の策だったんだろうが……」
「ちょ、ちょっと待ってください。どういうことですか、私たち以外にはもう誰も頼れないってことですか?」
「そうだ。その天海だとか沢庵だとかがいなくなり、ひいてはお前らの父、柳生十兵衛もいない。おじにあたる宗冬は将軍のおつき、陰陽師たる友種は朝廷、誰も動けないのだ」
「そんな……!」
「むちゃくちゃだと思うかもしれんが、こればかりは仕方がねぇとあきらめろ……それにな、こういう時のために俺様がここにいるってわけだ……気に入らねぇがな」
天狗様は腕を組んで、くちばしをへの字ゆがませていた。
何かを言いよどんでいるような、そんな感じで、うんうんと唸っている。
しばらくはそうしていたのだけど、いきなり両手を叩いて、「よし!」と気合を入れると、また私たちに向き直った。
「今から俺様の正体を教える。お前たちの曽祖父、宗厳に封印される前の俺様についてだ。あの神社に居つく前の俺様だ。俺様の正体を知れば、お前たちも不安じゃなくなるだろうからな」
天狗様は深呼吸を繰り返してから、じっと私たちを見つめる。
「俺様は、その昔、
え?
源義経って、確か源平合戦の英雄で頼朝様の弟だった人だよね?
その人に剣術を教えた? あれ、それって私聞いたことある。
義経様は幼い頃、鞍馬の山にあるお寺に預けられていて、そこで天狗にいろんなことを学んだって……ということはまさか。
「そう、俺様は鞍馬山にいた。鞍馬天狗だ」
鞍馬天狗!
も、ものすごい人だ!
「く、鞍馬の天狗様だったんですか?」
「お、お姉ちゃん、それってどれぐらいすごいの?」
「えぇと、どれくらいかは知らないけど、とってもすごい人よ。むしろ天狗の中じゃ一番有名なんじゃないかしら。あの義経様に剣術を教えた人だよ? あ、あれ、でもそれならなんでひいお爺様のところに?」
「ま、いろいろあったんだ。いろいろ。牛若の小僧……いや、義経に剣術を教えた後にな、暇になってな……まぁなんだ、寺もすたれてきたし、俺を敬うような連中もいなくなったし、そこらへんをぶらぶらと放浪していたら……な」
自分の身の上話をするのは結構恥ずかしいのか、天狗様はしきりにこめかみをかいていた。
にしても、鞍馬の大天狗って、超有名人よ!
大天狗も大天狗、そんな人がひいお爺様と関係があっただなんて。
「まぁそこいらの妖怪ごときには負ける気はしねぇけどな。つまり、友種は俺様の正体を知っていて、なおかつお前らの護衛という形で俺様を付けたのだろう」
「確かに、天狗様のおかげで玄武様も白虎様も助けられたものね……」
それにいろんな妖怪のことも教えてくれたし、なんだかんだで剣術の稽古もしてくれたし。
「ま、だから大船に乗ったつもりでいろ。かつてのような力はなくとも、そんじょそこらの妖怪にゃ引けをとらねぇよ」
「でも、ひいお爺様には負けたんですよね?」
こら、お竹!
「……」
あー、天狗様またすねちゃった……。
なんでこう、しまらないかなぁ……。
***
こうして、私たちは天狗様の驚きの正体を知ることができた。
同時に、この江戸を救えるのは私たちしかいないということも。
正直、不安でいっぱいだし、怖いって思いもあるけど、それしか方法がないなら、やるっきゃないってことよね。
それに鞍馬の天狗様がついているのなら、それって百人力ってことだし。そこにひいお爺様の村正の刀まであれば怖いものなしってね。
この江戸でいったい何が起きようとしているのか。
それはまだ私には見えてこないけど、きっと、守って見せる!
そして、新たな事件は翌日に起こったのでした。
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