第8話 剣の舞

「……眠い」


 真夜中、丑三つ時ともいう時間に私は起きていた。

 こんなのがお屋敷の人たちにばれたら叱られるどころの話じゃないんだけど。

 しかも外は相変わらずの吹雪で、深夜のせいか体の芯まで冷えてくる。


「しっかりせんかい。そんなんじゃ玄武のとこに行くまでに凍っちまうぞ」


 天狗様は暗い部屋のど真ん中であぐらをかいてた。


「あのですねぇ、そもそもこんな真夜中に起こされる身にもなってくださいよ。普通起きませんからね……」

「くかー、くかー」

「でもってお竹は起きないし……ま、いいけど」


 隣の布団で寝息をたてるお竹。

 寝る前までは「私もいきますぅー!」とまたもや駄々をこねていたけど、やっぱり起きてこれなかったみたい。


「寝かせておいてやれ。そもそも、お竹の面倒まではみれん」

「言っときますけど、私だって子どもなんですよ? それに、玄武様の所に行くったって、どうするんですか? こんな外じゃ、歩けませんよ?」


 吹雪は一向にやまないし、こんな中いくら厚着しても本当に凍っちゃうよ。

 どこまで行くのかは分からないけど、行って帰ってくるだけでも日が昇りそうだし。

 江戸って広いんだからね。


「俺様を誰と心得る。大天狗だぞ。天狗の秘術ならば山のひとつやふたつ簡単に飛び越えられると思え」

「えー、本当ですかぁ?」


 一応、念のために枕と替えの着物を布団の中に忍ばせて誤魔化しながら、私は厚着をして小刀を携えた。

 これがないと天狗様はこのお屋敷から移動できないしね。


「ところで、そろそろ教えてくださいよ。何でいきなり玄武様のもとへなんか……」

「理由は色々あるが、第一は簡単だ。俺様の封印を解く為、世の為、人の為になれと言うならこれ以上にふさわしいものはないだろう?」

「やっぱりそれか……なんとなくそうじゃないかなとは思ってましたけど」

「第二に、お前らがこの事を誰かに伝えた所で、信じると思うか?」

「う、う~ん……お寺のお坊さんとか?」


 神様とかの話ならやっぱりお寺だろうし。


「あてはあるのかよ」

「え、えぇと……あるには、ある! 柳生義仙のおじ様!」


 実はお爺様は子だくさんで、お父様やおじ様以外にもたくさんの子どもがいるのです。

 そのうちの一人、いわゆる末っ子にあたる六丸のおじ様、今は義仙様と名を改めているお坊さんがいるのです。出家(僧になること)して、今は修行中の身だとか。

 まだまだ若くて今年で十六になるのかな?

 一度だけお会いした事があるのだけど、お坊さんとは思えないぐらいに凛々しくて、とってもカッコイイお兄さんなんだ。私たちから見たら親戚のおじさんになるんだけど。


「……なぁ、お前ら柳生って剣だけじゃなくて陰陽師も僧侶も独占するつもりか?」

「あ、あはは……ま、まぁ親戚が多いとこういう事ってあるよね!」

「ふん、それで、その義仙とやらにつてがあるとして、間に合うと思うか?」

「うっ……無理です」


 実は義仙のおじ様ってば、何かとお寺を抜け出して色んなところを旅してまわってるとか……。

 「僧の修行を果たさずなんとする!」って事で普段は優しい宗冬のおじ様もかんかんに怒ってたことあるし。

 今も、果たしてお寺にいるのかどうかも怪しいところ。


「ほれ見ろ。それに、この屋敷の主に説明したところで信用もせぬだろうし、いくらお前たちが柳生の姫でも城のお偉いさんがたにこれを説明もできん、よしんばやったとしても鼻で笑われるだろうさ」

「うぅ……じゃ、じゃあ聞きますけど私、何をすればいいんですか? まさか、玄武様を切れとか、そういうのじゃないですよね?」


 この吹雪を引き起こしてるのはその玄武様なわけで、ならそれを止める方法といえば、やっぱり退治する以外の方法はなさそう。

 でも、神様なんて切ってもいいんだろうか。いやいや、それ以前に私なんかが相手になるのか!?


「馬鹿、誰が玄武を切れといった。というか、人間ごときが相手になるかよ。玄武は武の文字が現わす通り、武の神でもある。下手すりゃ四神の中じゃ一番強い可能性だってあらぁ」

「ひえぇぇ、そんな神様が怒ってるの!?」

「理由はわからんがな。それは置いといてもだ。とにかく、神の怒りを鎮めるには古くから様々な方法があった。その一つが、舞だ」

「舞? 踊りの事?」

「そうだ。お前も見たことはないか? 神社だ寺だ、祭りでもいいが、踊りは少なからずあるだろう? 舞とは、別名としては神楽ともいわれるな」


 確かに大きなお祭りとか、季節の節目なんかにはお城とかで能とかを披露することがあるはず。私はあんまり興味なかったから詳しくはないんだけど。


「で、だ。神の怒りを鎮める、いわゆる鎮魂ちんこんの儀を、お前がやるんだ」

「ふんふん……え?」


 私が、踊る?


「む、無理ですよ。踊りなんてしたことないですもん!」


 お祭りの踊りだってやったことないのに!


「別にひらひらと踊れとはいっとらん。お前が見せるのは剣の舞だ」

「剣、ですか?」

「そうだ。古くから剣を使った舞、演舞というものはそういう効果がある。時には悪い神様を払う事だってできるんだ」


 つまり、剣の型をやればいいの?

 それならできなくもないけど。


「そんなこと急に言われても……危なくないんですか?」

「そりゃ危ないに決まってるだろ。だが、こればかりはやっておかないと、本当に大変な事になるぞ?」


 うぅ、天狗様が嘘を言ってるとは思えないし、もし本当だったら大変だし……でも正直怖いんだよね。

 わけのわからない神様に会いに行って、怒ってるらしいから剣術を見せて大人しくさせろだなんて無茶にも程がある。

 でも、他にできる人って言われても思いつかないのも事実だし、やっぱりここは私がやるしかないのかしら。


「覚悟が決まらないって顔だな。ま、無理もねぇか」


 天狗様は私の考えなんて見透かしてるようだった。


「正直、俺様だってお前に無茶苦茶言ってる自覚はあるんだぜ? だがな、お前がどうにかしねぇと手遅れになる。江戸は滅ぶし、そうなったら、何が起こると思う?」


 江戸の街が滅んだら?

 そんな事になって起こるものなんて、一つしかないじゃない。


「……戦」

「そうだ。この江戸ってのは日の本を治める中心だ。そこに何かあれば、また戦が始まるぜ? そうなったら、また何十年とひどい時代が続くぞ?」

「ほ、本当にこれしか方法はないんですか?」

「ない。そして俺様が思いつく限り、今やれる中で最善の手だ。柳生お松、お前がやるしかないんだよ。柳生の剣ならば、そしてお前が持つ村正ならば、できるはずだ」


 戦が起きるかもしれない。

 そんなことになったら、私もお竹も……うぅん、それだけじゃない。せっかく天下泰平となって日々を暮らしている人たちみんなが困る。

 生まれたばかりの五郎兵衛だって、お母様だって……。


「わかりました……できる限りはやってみます」

「よぉし、腹はくくれたようだな。だったら、さっそく行くぞ」

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