第22話 大決戦・江戸の空!
「誰……と言われても。私はさこ。廻船問屋、あまの屋の一人娘で……」
「おぅ、嘘もそこまでだ。あの店の主人にゃ子どもはいないぜ」
戸惑うさこに対して、天狗様は突然、小石を投げつけた。
ちょ、ちょっと天狗様、なにやってるのよ。天狗様はわざわざ実体化しないと私たち以外には見えないし、声も聞こえないはずだ。
今の天狗様はその状態で、半透明の姿をしている。
「……!」
少し驚いた顔をしながら、さこは投げつけられた小石を避けて見せた。
天狗様が小石を投げた事に反応した?
「やっぱりな。お前、俺様の事が見えてるな?」
天狗様は腕を組んでにやりと笑う。
見えている? 天狗様が?
「……実は私、見える性質なんです」
「見えるって……幽霊とか妖怪が見えるんですか?」
「はい。生まれつきそういう力が……」
「話をはぐらかすなよ。俺様が見えている事と、あまの屋の娘じゃない事は全く別問題だぜ?」
まるで追い打ちをかけるような天狗様の言葉にさこは押し黙り、無表情になった。
ぞっとするような顔だった。能面が張り付いているような、固まった表情。
「それに、白虎の時も行動がおかしい。都合よく俺様たちの前に現れて、白虎を見たと言い出し、近づかせないようにしていた。しかし、俺様たちが駆け付けなければ白虎は倒されていた。だが、朱雀の時は違う。あからさまに江戸湊にくるように仕向けていた。そして俺様たちは黒幕だと勘違いした操られた男を捕まえた。その隙に青竜はこのありさまだ」
こじつけになるけど、どっちもさこの言う通りに動いていたら取り返しのつかない事になっていたかもしれない。
「諦めな。うまいこと、お松たちを引き込もうとしたんだろうが、焦ったな? あまの屋を潰したのがお前さんの失態だ。人間の噂話の速さを侮るなよ。特に、人様の不幸は伝わるのが早いんだよ。お前があまの屋の娘じゃないってわかった時点で、お前のこれまでの行動は全部嘘っぱちだと判明するんだからな」
結構無茶苦茶な推理だけど、わからなくもない。
さこはうつむいたままじっとしていた。
「うぅ……お姉ちゃん」
ふいにお竹が私にしがみついてくる。
ぞわぞわとした寒気が走った。
「う、う……あふっ」
さこは肩を震わせていた……泣いている……違う、あれは笑ってるんだ。
「あははは! 天狗、術を使わずともよいぞ。もはやおぬしに隠し事は通用せぬ。力づくでもわらわの正体を暴こうとするつもりであろう?」
さこの口調が変わり、お腹を押さえて心底おかしそうに笑う。
その度に寒気がどんどんと強くなる。
「本性を現したな……」
天狗様は印を結ぶべく両手を構えていた。
「やれやれ、うまく騙せていたと思ったのじゃが……思わぬところから崩れるものよ。そなたの言う通り、青竜の確保に焦ったのが運のつきじゃった」
「さこ……いいえ、あなた、何者?」
私は小刀を構え、お竹は後ろに隠れながらうちわを手にした。
なんでだろう。目の前にいるさこは、私たちと出会ったときの女の子のようには見えない。どこか、ちょっと大人びたような……。
確実に成長してる。私たちが瞬きするたびに、子どもだったさこはどんどん大人になっていった。
「何者? ふむ……天狗よ。かつては鞍馬の山を支配していたそなたらわかるのではないか?」
「あ?」
また一段と成長して、長い黒髪をたれ下げた大人の女性になったさこが天狗様を名指しする。
黒髪の女の人……これってまさか、かまいたちが言っていた!
「どうした、忘れたか? わらわの声を」
「……まさか、お前!」
「天狗様、あいつのこと知ってるの!?」
「知っている……あいつは、あいつの名は……
聞いたこともない名前だ。でも、天狗様はどこか恐れているような顔をしていた。
「くかかかか! その通りじゃ、わらわこそが天逆毎、この日の本を統べる女神じゃ! くかかかか!」
名前を言い当てられたさこ……いえ、天逆毎はまるでカラスのような声で笑う。
その瞬間、空が曇りだし、雨が降り始めた。市場の方では突然の雨に驚いた声が上がり始める。
生ぬるい風が吹き、しかもさっきまで静かな流れだった神田川が一瞬で猛烈な勢いで流れ出した。
「女神? 女神様なら、なんでこんなことを!」
「はて、なぜとな? わらわは人の心を惑わせ、土地を荒れ果てさせ、和を崩す事が目的じゃが?」
「だからなんでって聞いているんです!」
「それがわらわのやりたい事じゃ。それがわらわが存在する為の生き方じゃ。そなたら人間にはわからぬさ。まぁ、強いていうなればこの国を我ら妖怪の楽園にでもしてみようかと思いついてなぁ。それに城も欲しい。となれば、国をまるまる一つ頂くのは当然であろう?」
何なんだこの妖怪。わがままもここまでくると大迷惑よ!
「邪魔な人間どもにはこの江戸から綺麗さっぱりといなくなってもらう方がよいのでな。四神どもを使って江戸を滅ぼそうとしたが……やれやれ、また柳生か」
「え?」
なんで天逆毎から柳生って言葉が出てくるんだ?
「あぁ、またしても柳生。柳生めに後れを取るとは……おのれ柳生宗厳、おのれ柳生十兵衛! またしてもわらわにはむかうか!」
な、なんでひいお爺様とお父様の名前が出てくるんだ!
「ちょっと、さっきから何を言って……」
「馬鹿、くるぞ!」
言い切らないうちに私とお竹は天狗様に抱えられて空を飛ぶ。
さっきまで私たちがいた所には泥の塊が飛んできていたのだ。
「逃がさぬ! 追え、渾沌!」
長い髪を振り回し、怒り狂ったような声で天逆毎が叫ぶと神田川から何かが現れる。
泥水に覆われたその体からは四本の脚が伸びていて、長い口に牙が生えている。次第に泥水が雨で洗い流されていくと、じっとりと濡れた大量の毛におおわれた怪物がいた。
「渾沌、四凶最後の悪の神か! だが、それだけじゃねぇ!」
渾沌は川の水をまるで自分の意のままに操れるのか、泥水を大砲の玉のように撃ちだしてくる。
それをよけながら、天狗様はある事に気が付いたみたい。
「あいつは、青竜だ! 天逆毎め、青竜を四凶にしやがった!」
「そんなことできるの!?」
「やっちまってるんだからできるんだろうよ!」
「天狗様、お姉ちゃん! さこさんが!」
泥水をよけている最中、お竹が叫び、指をさす。
その方角を見ると、天逆毎が黒い雲に乗りながら、真っすぐに飛んでいくのが見えた。
あの方角は……江戸城!
「まさか、将軍様を直接!」
こ、これはまずい!
家光様はご病気だし、家綱様だっている。江戸城には江戸の町を支える偉い人がたくさんいるし、おじ様だっているかもしれない。
でも、天逆毎を追いかけようにも渾沌が私たちの邪魔をしてくるせいで、私たちは中々先に進めなかった。
「青竜様! 目を覚ましてください!」
「無駄だ。今までと同じ、木像を破壊しないと青竜は元に戻らない。そして、その木像は天逆毎が持っている。奴から気配がするぞ!」
「だったら早く追いかけないと……! でも、青竜様が邪魔をして!」
渾沌にされた青竜様はよく見ると苦しんでいるようにも見える。
苦しくて、痛くて、のたうち回っているのか、叫び声はまる雷のようで、暴れる度に風がよくなり、雨の勢いも川の流れも増している。
このままじゃ江戸が沈んじゃうよ!
「えぇい世話の焼ける娘たちだな!」
暴れる青竜様を真後ろから何かが掴んで動きを止める。
それだけじゃない。他にも二つの影が青竜様を取り押さえていた。
あ、あの姿は……朱雀様、白虎様、玄武様だ!
炎の鳥、朱雀様が両足で体を、白い巨虎の白虎様が頭を抑え、黒い巨大な亀の玄武様が尻尾にしがみつく。
「みなさん、どうしてここに! 動けないんじゃ……!」
「いいから奴を追えー! 手遅れになるぞ!」
「まぁまぁ、朱雀も青竜が心配でな」
朱雀様が怒鳴ると、たしなめるように玄武様のゆったりとした言葉が続く。
「ここは我らに任せよ。本来の持ち場を離れた以上、何がおこるかわからん。素早く、奴を倒すのだ」
白虎様が凛々しい雄たけびを上げると、突風が吹いた。
それは私たちを包み込んで、一気に加速していく。
これなら、追いつける!
「ありがとうございます!」
神様たちにも応援されたんだ。
天逆毎は絶対に倒して見せる!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます