第23話 最後の一太刀
「まぁてぇ!」
白虎様の力を借りて、私たちは一直線に天逆毎へと迫る。
あともう少しでたどり着く、だけど天逆毎の方が一歩早い! このままじゃ江戸城の天守閣にたどり着いてしまう!
「えぇぇぇい!」
その時、お竹が一生懸命にうちわをあおいだ。
うちわから放たれる空気の塊が天逆毎の乗る黒い雲に衝突して、粉々に破壊する。
「なに?」
さすがの天逆毎もこれには焦ったみたいだ。
「さっすがお竹、私の自慢の妹ね!」
「えへへ!」
私はお竹の頭をくしゃくしゃに撫でてあげる。
でも、油断はできない。黒い雲はなくなったけど、天逆毎はまだ空を飛んでいた。だけど、さっきよりも遅い。これなら追いつける!
「突っ込むぞ、お松、お竹!」
「うん、やっちゃえ!」
「いっけぇぇぇ!」
天狗様も力いっぱいに翼を羽ばたかせて迫る!
「おのれ、こしゃくな!」
一秒もしないうちに私たちは天逆毎に体当たりをしかけた。
けど、天逆毎は印を結んで見えない壁、結界を張ってそれを防いだ。
しかし、天狗様は構わずそのまま天逆毎を押し出すように飛び続ける。
「ほらよ、お望み通り城の真上だぜ!」
そして私たちがたどり着いたのは江戸城の天守閣、その屋根の上……って、天狗様、これじゃ意味ないじゃないですか!
まんまと天逆毎を江戸城に近づけちゃって、これじゃ将軍様たちが危ないじゃない!
「うるせぇ、どっちにしろここで決着をつけなきゃならねぇんだ。それに、どうやらあっちもそのつもりらしいぜ」
身構える天狗様。
私たちもそれぞれの武器を構えて、反対側に落ちた天逆毎を見据える。
ゆらりと立ち上がる天逆毎。ぞっとするような空気が突き刺さる。
これはそうとう怒ってるぞ。
「おのれ、わらわをここまでこけにするとは……!」
「それはあなたが江戸に迷惑をかけるからでしょ! もう悪い事はやめてください!」
どうせ、言っても無駄だと思うけどね。
「黙りゃ! わらわはこの国をいただくと決めたのじゃ! 鞍馬の天狗よ、そなたはどうじゃ、かつての山の主がいまでは小娘の腰巾着。はずかしゅうないのか! いいや屈辱であろう。宗厳の邪魔がなければ、今頃そなたはこの国の王であったかもしれぬのに!」
「はぁ? 何いってんだお前。意味わかんねーぞ。石舟斎の野郎がなんだってんだ」
「そうですよ、さっきからひいお爺様やお父様の名前を……いったいどういう関係ですか!」
「えぇい、恨めしい柳生め。ならば答えてやろう。戦国の世に乗じて、わらわはこの国を支配するべく力ある妖怪を集めておった。そこな天狗もわらわが求めた力ある妖怪じゃった。だが、宗厳めはわらわの手が回る前に天狗を封印し、あまつさえ集めた妖怪を一匹のこらず退治しよった……!」
今明かされる衝撃の事実!
ひいお爺様が天狗様を封印したのって、天狗様が悪さをしているからじゃなかったんだ。そ、そういえば友種様がいっていた気がする。
畑を荒らすぐらいで封印はしない。もっと悪いことをしたんじゃないかって……でもそれは違って、本当は、天狗様を守る為に封印したんだ!
「不覚にも倒されたわらわは復讐の為にその孫、十兵衛を狙ったが、あやつは強すぎた! 力の殆どを失ったわらわは人の子に身をやつして、今日まで密かに企んでおったのじゃ」
お父様も!?
というか、天逆毎ってばあきらめが悪すぎるよ。普通そこまでコテンパンにされたらやる気がなくなるってものじゃないの?
「そして、今回も。またしても柳生! しかもこの程度の小娘に! わらわの百年の恨みが、願いが……おのれぇ!」
天逆毎は「ギャー!」と金切り声をあげる。その瞬間、すさまじい邪気が私たちを襲った。
「うわ!」
「あぁ、うちわが!」
私はちょっと転ぶだけで済んだけど、お竹は手にしていたうちわを吹き飛ばされてしまった。
「うおぉぉぉ!?」
さらには、天狗様は黒い縄でぐるぐるに締め付けられて身動きが取れないでいた。
「ふ、ふふふ! 柳生を倒さねばわらわは先には進めぬというわけじゃ。どうれ、わららが相手をしてやるぞえ。所詮は小娘じゃ。一ひねりで食ってやろうか?」
「くぅ……」
私は小刀を構えて、お竹の前に立つ。
うちわがないんじゃお竹は戦えない。そして天狗様も今はあてにできない。
ここは、私がなんとかするしかないんだ。
「どうした、かかってこぬのか?」
天逆毎は大きく両手を広げて余裕を見せていた。
一見すると隙だらけ。でも、それが罠だっていうのは私にだってわかる。
うかつには近寄れないよ。
でも、手をこまねいていたら、江戸がめちゃくちゃになっちゃう。遠くでは三体の神様が渾沌と化した青竜様を押しとどめているけど、それだっていつまでもつのか。
「……」
「お姉ちゃん?」
私はふぅと息を吐いて刀の構えをといた。肩に力が入っていた。
いけない、いけない。これじゃ駄目だよね。
「むっ? なんのつもりじゃ」
「別に。気にしないで。あんまり力を入れると体に悪いからさ。それよりどうしたのさ。私、無防備だよ? ん?」
「ほほほ! わらわを挑発するつもりかえ?」
「そんなつもりはないよ。逆立ちしたって私はあなたには勝てないと思うもの。ほら、だからお手上げ」
そういいながら私は歩み寄る。
怪訝そうに私を睨む天逆毎。
「でもそんなに強いあなたでもひいお爺様やお父様には勝てなかったんだよね。てことは私にだって勝機はあると思ってもいいかも。だって、人間に負けてるんだものね」
それを言った瞬間、ぞくぞくとする空気がさらに強くなる。
「そうそう、この小刀ね。村正って言うんだけど、もしかしたらひいお爺さんはこれであなたの事も倒したのかも。また同じ刀で倒されちゃうのかな?」
「うぅぅぅ! こしゃくな、生意気な! ならば望み通りしてやるぞ!」
天逆毎はとうとう怒って私に飛び掛かってくる。
早い。逃げようとも、よけようともできないぐらいだ。
鋭い爪が私を狙っている。
「今だ……!」
私は逃げる事も、避ける事もしなかった。
私が取った行動、それはとにかく前に突き進む事。
「なに!」
「教えてあげる。新陰流の教えにはね……!」
天逆毎のふところに飛び込んだ私は、そのまま小刀を突き付けた。
「先に手を出した方が負けって言葉があるのよ!」
完全に怒っていた天逆毎はなんとしても私を倒そうと必死になっていた。
鋭い爪が狙うのは私の頭か、もしくは小刀を握った腕だ。だって、あいつは確実に私を倒したいんだもの。
だけど、それを狙ってくるってわかれば何とでもなる。傷つけられないように前に出て、ふところに飛び込んでしまば相手はないもできない。
そして、私が突き付けた小刀は天逆毎の胸を突き刺す! バキン、と何かが壊れる音がした。この感触、木像だ!
「おのれぇ!」
「よっと!」
私は動きを止めない。
新陰流の教えにはまだ続きがある。
たった一回で倒せると思うな、だ!
私は油断することなく、もう一度小刀を振るう!
「ぎゃっ!」
刃が天逆毎の体に触れた瞬間、まばゆい光がほとばしった。
「そ、そんな、わらわが、わらわが浄化されていく!」
「そうよ、もう悪さなんてできないようにしてやる! 今まで江戸にかけてきた迷惑を反省しなさい!」
「だ、だがぁ!」
「うわ!」
じょじょに体が薄れていく天逆毎だったけど、いきなり体を押し付けてきた。
そのせいで、私は足を踏み外し、態勢を崩してしまう。
ふわりと浮遊感がする。
「お姉ちゃん!」
お竹の悲鳴だ。
って、まさか、私、落ちてる!
「お前も一緒だぁぁぁぁ!」
「うわあぁぁぁ!」
ゆ、油断はしてなかったけど、これはまずい!
思ってみれば私と天逆毎の体格差って大人と子どもなんだよね、そりゃ押し出されたら力で敵うわけないもの!
「はっはっは! 柳生への恨みはこれで……」
「そうかい。そりゃよかったな」
「なに?」
天逆毎が何かに蹴っ飛ばされていく。
同時に私は抱き留められた。
「天狗様!」
「へっ、あいつの力が弱まったからな。抜け出せたってわけだ。ふん、みてみろ、天逆毎が消えていく」
「あ……」
天逆毎は真っ逆さまになりながら光の粒子になって消えていく。
その姿は大人の人からどんどんと小さくなっていく。そして、最後はさこの姿になっていった。
「……さこ」
友達が出来たと思った。
でも、さこは妖怪……うぅん、妖怪でも仲良くなれる。だけど、さこは違ったんだ。この江戸に害をなす悪い奴だった。
だけど……悪い妖怪じゃなかったら、きっと、友達になれたんじゃないかな……。
「空が……」
天逆毎が消えると、さっきまでの大雨は嘘のように消え去り、雲も流れて、川の勢いも収まっていく。
そして。
「感謝するぞ。柳生の姫よ……」
春の温かさを感じる太陽の光と草の香りの風に乗って声が聞こえた。
「四神相応結界は再び力を取り戻す。もはや脅威はなくなった。感謝、感謝を」
「まさか、青竜様?」
「だろう……ったく、手間がかかるぜ」
……ほんと。
神様ならもうちょっとしっかりしてほしいわよねぇ。
あー、なんだかくたびれちゃったなぁ……それに眠い。
体がずぶ濡れのせいで、ちょっと寒いけど、なんだかこのまま寝ちゃいそうだ……う、それはまずい。風邪ひいちゃうよ……あぁでも、駄目、限界だ。
「ま、よくやったんじゃねぇの。剣士としてはまだまだだがな」
最後に、天狗様の余計な一言がちょっとむかつくんだけどね……。
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