第24話 天下泰平の剣
天逆毎の引き起こした事件からかれこれ一週間後。
三月に入って、ちょっと暖かな日も続く今日この頃。なぜだか私たちは柳生の里に来てしまいた。
何でも私たちに用事があるとの事で、一か月ぶりの里帰り。
しかも指定された場所は天石立神社だった。
「なんか不思議。一か月しか経ってないのに、久しぶりって感じ」
「ほんとだねぇ」
「俺様としちゃなんで一か月も経って封印が解けねぇのかが不思議だがな」
あれからも天狗様は相変わらず小刀の中にいた。
江戸を救うってかなりの善行だと思うんだけど、いっこうに天狗様が自由になる様子はなかった。
私もお竹も流石にそれはなんでだろうと思っていたんだけど、そんな矢先のお呼び出しだったのです。
私たちは神社に着くと、そのまま奥の方、一刀岩の下へ向かいました。
そこで私たちを待っていたのは予想通りの人だ。
「友種様!」
そう、私たちを呼んだのは陰陽師の友種様だったのです。
「やぁ三人とも。元気そうでなにより」
「はい、友種様もお元気そうで!」
「ははは、相変わらず忙しい毎日だよ。とはいえ、今日はどうしてもね」
「おい、そんなことより俺様の封印はどうなってやがる。この一か月の出来事は陰陽師のお前ならわかってるだろ」
天狗様ってばかなりイライラしてるなぁ。
まぁわからなくもないけど。
「えぇ、この一か月、頑張りましたね。それと、申し訳ない。何一つ手助けをする事が出来なかった」
「わ、わ、そんな頭をあげてくださいよ! 友種様だってお忙しいってわかってますから!」
「しかし、私も見通しが甘かったのも事実です。このような事になるならもっと……しかし過ぎたことを今更いっても仕方ありません。本当に、よくやってくれました。江戸の結界はもとに戻りつつあります。あと一週間もすれば完全でしょう。これで、江戸が滅ぶ、ということはない」
そっかぁ、よかった。私たちの頑張りは無駄じゃなかったんだね。
「ですが、結界は万能ではありません。人の心に魔がさしたり、大自然の行いには逆らえないのです。その時、四神たちの力をもってしても、防げぬ事もある。これは肝に銘じてください」
友種様の声はとても真剣だった。
「天逆毎は、本来であれば人の心を惑わし、善人を悪人する恐ろしい存在です。ですが、その力は代々の柳生家当主によって弱められていた。もし天逆毎が本来の力を宿していたら、あのような周りくどいことはしなかったでしょう。これも、めぐりめぐって石舟斎様、そしてあなたたちのお父上が守ってくださったのでしょう」
「はい、私もそう思います」
根拠はないんだけどね。
でもこの刀がひいお爺さんのもので、お父様もなにやら妖怪たち戦っていたとかさ。それがこうして私たちも同じことをしているってなんだか運命を感じちゃう。
「そして天狗よ。お前の封印だが……」
友種様は険しい顔を浮かべながら、押し黙ってしまう。
流石に天狗様もハラハラとしている様子だ。
一秒、二秒、沈黙が続く。
「封印は……すまん、まだ解けない。善行が足りん、しっかりいたせ」
「……は?」
友種様はからから笑いながら、天狗様の背中をばしばしと叩いた。
当然、天狗様は納得いかないのかがちがちをくちばしを鳴らしながらそれはもう怒る怒る。
「ふざけろぉぉぉ! なんでだよ、なんであんだけの事して善行がたまってないんだよ! 江戸救っただろ!」
「そんなこと私に言われても困る。だが、安心しろ。石舟斎様の封印は解けているぞ。ほれ、体は少し軽くなったであろう? 残っているのは我が父、友景の結界だ」
「なにもかわってねぇぇぇ! 友景ぇぇぇぇ!」
あ、天狗様、ひとしきり叫んだらいじいじと膝を抱え始めた。
なんか、久しぶりに見た気がするなぁ、いじける天狗様。
うぅん、これはこれでちょっとかわいそうだなぁ。
「友種様、これじゃちょっと天狗様がかわいそうですよね。なんとかできないんですか?」
「こればかりはどうしてもね。善行を積むというのは悪行を積むより難しく大変なのです。ま、簡単に言えばまだまだ剣を教えてもらえるということですよ!」
「んなっ、待て、冗談じゃないぞ! 俺様はいつまでこいつらに付き合わされるんだ!」
「さぁ、それは何とも。ですが、やらずにふてくされるといつまでたっても封印は解けませんよ」
うぅん、大変だ。
でも、正直な所を言うと天狗様とまだお別れするわけじゃないってわかるとちょっとうれしい。
まぁ秘密だけどね。
「天狗様、頑張ってね!」
「う、うぅ、かぁぁぁぁ!」
お竹が慰めついでに天狗様をなでると天狗様は悔し泣き……あーこの光景もどこか見覚えあるなぁ。
「はっはっは。さて、本題に入りましょうか」
「本題? さっきのお話じゃないんですか?」
「えぇ、無関係ではないですけどね。さて、お松、お竹。あなたたちは天狗を通して、神々や妖怪と出会いましたね」
「はい。四神様にかまいたち、天逆毎……」
出会ったのは彼らだけだけど、他にもたくさんいるんだろうなぁ。
「江戸に妖怪の姿がない理由も知っていますね?」
「はい、天逆毎のせいで、江戸中の妖怪が逃げちゃったとか」
「その通りです。ですが、今はもう天逆毎もいない。結界も安定し、江戸に平和が戻りつつあります。という事は妖怪たちもぞろぞろと戻ってくるでしょう。その時、きっと事件が起きます。妖怪とはそういう生き物ですからね。悪意のあるないにかかわらず、いたずら好きの多い事」
妖怪が戻ってくる!
しかも事件が!? それってものすごく面倒……じゃなくて大変な事なんじゃ。
「天海様や沢庵様、そして十兵衛様がおられる時はみな彼らを恐れて大人しくしていましたが、今はもういませんからね。調子にのる妖怪も出てくるでしょう。ですので、二人とも、そしてそこのいじけてる天狗。江戸の平穏をお願いしたい」
え、えぇぇ!
江戸の平穏って……前回の事でも大変だったのに?
「柳生の剣、新陰流は人を切る術にあらず。悪を切り、平穏を守る剣。宗矩殿は常々そう言っていました。今の当主である宗冬様は現在将軍家光公のおそばにおられる為、かような使命を果たすことは難しい。そもそも彼も知らないでしょうしね。十兵衛殿は殆ど勝手にやっていたことですし」
そ、そうなんだ……そういえばお父様、家光様に怒られて柳生の里に戻ってきた時も時々いなくなっていたっけ?
まさか、夜な夜な妖怪退治に?
「天逆毎の事件を解決したあなたたちなら、きっと十兵衛様の跡を継ぐことができるでしょう」
私は思わずお竹とお互いを見合わせた。
妖怪退治、江戸の平和……一か月前はそんなものとは無関係だったのに、今じゃどっぷりとつかってる感じだ。
でも、確かに私たちは知っちゃったんだよね。妖怪がいる事、神様がいる事。
そして妖怪たちが戻ってくる。
それに、私たちってまだ子どもなわけで……。
「ふぅ……わかりました。江戸は任せてください!」
だとしても、私は受け入れた。
私の返事に友種様は大きく頷いてくれた。
「柳生、新陰流は天下泰平の剣術。平和を守る為に振るう技。つまり、これからにはぴったりな事ですから!」
私たちが剣術の練習をしてきた意味はあったんだ。
そしてこれからも剣術の稽古を続けていく意味も。
戦のない世界、確かに人を傷つける剣術はいらないかもしれない。でも、こうして人を守る為の剣術は必要になるときがくる。
そして、今がまさしくその時なら、私、頑張って見せる。
「柳生の剣士として、お江戸の平和は守って見せますとも!」
それに天狗様の封印も、解いてあげなくちゃね。
だから、天狗様。これからもよろしく!
一緒に江戸を守って、そして……この温かい太陽の下を思いっきり羽を伸ばして、また一緒に飛びたいな!
やぎゅうひめ! 甘味亭太丸 @kanhutomaru
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