第12話 つむじ風の正体みたり!
お昼を過ぎたらいつものようにお屋敷を出る。
風が吹くと何かが壊れて、誰かが怪我をする。
いつもなら活気づいている江戸の街もどこか不安げで、嫌に静か。
普通なら単なる偶然かもと思うだろうけど、何度も続くと流石に不安になるみたい。
「うちの屋根がねぇ」
「店に卸すはずの商品がさぁ」
「すっころんで怪我をしちまって」
「畑がもう大変でね」
あちこちから聞こえてくる会話からもわかる通り、突風のせいで迷惑している人が大勢いるようだ。
今はまだその程度で済んでいると考えてもいいかもしれないけど、それが続くと不安が募ってしまう。
「風の勢いが増してるな。嵐が近い」
そういえば天狗様って風を操れるだよね。
てことは天気や風には敏感なのかも。
そんな天狗様が言うのだから多分本当に嵐がくるのかもしれないわ。
「今でこそ、ただの風で済んでるが、これが嵐ともなると恐ろしいな。ちょっと皮が切れるじゃすまねぇぞ」
「そろそろ教えてくださいよ。天狗様は今回の事件がかまいたちって妖怪の仕業じゃないと思っているんですよね?」
こういう時、勿体ぶるのってよくないと思う。
「かまいたちっては昨日教えた通りだが、かまいたちには別の漢字があるんだよ」
「えぇと、鎌に鼬で、かまいたちでしたよね? それとは別の漢字……?」
「あぁ、
「ということは、その窮奇って怪物が黒幕って事になるんですね?」
窮奇……一体どんな怪物なんだろう?
「かも知れんというだけだ。だが、俺様たちの知るかまいたちじゃ、ここまで大きな事は出来ねぇ。人一人を傷つける事は簡単でも、江戸の街全体を襲うような力はねぇんだよ……だが、厄介なのはこの窮奇が……」
「あれ?」
天狗様の話を聞きながら、私は異変に気が付く。
「ちょっと待って、お竹は?」
天狗様の話に集中してて忘れてたけど、お竹はどこに行った?
お屋敷を出てからはずっと私の隣にいたはずだけど、姿が見当たらない。
「ちょっと、お竹ー! どこに……っていた!」
突然いなくなって驚いたけど、お竹はすぐに見つかった。
私たちのすぐ前、お店とお店の間の路地を覗いている。
「こらお竹! 勝手にそばを離れないの!」
私の声が聞こえたと同時にお竹はびくっと体を震わせながらこっちを見る。
「ご、ごめんなさい。でも、シロが心配なんだもん……また怪我してないかな?」
しゅんとうつむくお竹。
「それで、路地を覗いてたの? もう、そりゃ私だって心配だけど、今はこの風をどうにかしなきゃ……」
「そうだけど……」
「あのぅ……」
その時、私たちの後ろから女の子の声が聞こえてきた。
「お松、一応、俺様は下がっておくぞ」
と言いながら、天狗様はすぅーっと姿を消す。
振り返ると、そこには黒い着物を着たおかっぱ頭の女の子がいた。私よりは小さいけど、お竹よりは年上ってところかしら。年齢は多分七、八歳ぐらい?
ころころとした大きな目に、ほんのり薄い白い肌、着物もよく見ると結構質がよくて、どこかお上品な空気を感じる。
もしかして大店の娘さんとかそんな感じの子かな?
初めて見る顔だけど、江戸は広いからそういった子も多いんだよね。
「えぇと、どちら様?」
「あ、これは申し訳ございません。私、さこ、と申します」
さこはぺこりとお辞儀をしてくれるので、私たちも同じようにお辞儀をしながら自己紹介。
「私はお松、こっちは妹のお竹です」
「はーい、お竹です!」
「はい、よろしくお願いします」
さこはにっこりと笑いながら、お竹に視線を合わせてくれた。
結構いい子みたいだけど、一体私たちに何の用だろうか?
「ところで、さこさん。私たちに何か御用でも?」
「はい、あの、怒らないで下さいね? 私もたまたま通りかかって耳にしただけなのだけど、猫をお探しとか?」
ありゃりゃ、まぁお店の前とかで話してるんだし聞こえもするか。
「えぇと、はい、そうなんです。野良猫なんですけどね、昨日怪我してるのを助けて、手当てをしていたんですけど、今朝いなくなっちゃって……結構大きい怪我だったし、ほらここ最近風も強いじゃないですか。それで心配になって」
さすがに、かまいたちとかの事は話せないけどね。
「もしかして、その猫って白い猫、ですか? シロって、言っていたと思うのですけど」
「うん、そうだよ。シロはね、とっても綺麗な白い猫なんだぁ」
伝わってるのかどうか分からないけど、お竹は身振り手振りをつけくわえながら大げさに伝えていた。
私としては恥ずかしいったらないんだけど、さこは微笑みながら見てくれている。
「怪我をした、白い猫。でしたら、私、見ましたよ」
「本当!?」
まさかの急展開。
お竹はもう飛びつくような勢いでさこの手を取って、目をキラキラと輝かせていた。
しかし、これはこれで良いことだわ。
お竹も安心するだろうし、私としても心配だったしね。
「お竹、ちょっと落ち着きなさい」
「いえいえ、構いませんよ。白猫はここから西の方、だったかしら。そっちに白い猫が通り過ぎていくのが見えたのですけど……」
そこまで言って、さこは口ごもった。
「どうしました?」
「あ、いえ……その白い猫ですけど……放っておいた方がいいですよ?」
さこはずいぶんと申し訳なさそうに言う。
放っておいた方がいいって、どういう事かしら?
さこの言葉にはお竹もちょっと驚いて、不安そうな顔を浮かべていた。
「そりゃまたどうして?」
「そ、それは……あの、笑わないで下さいね? 私、見ちゃったんです……」
「見たって、何を?」
さこはきょろきょろとあたりを見わたしてから、私たちに近づき、ささやくように言った。
「その、白い猫が何か大きな、化け物のような姿になって、風に乗っていくところを……き、きっとあれは化け猫です、関わったらダメですよ」
ば、化け猫?
それに、いきなり姿が変わったって、どういう事かしら。
「そんな、見間違いじゃないんですか?」
「だったら良いのですけど……でも、本当なんです。猫が大きな、それはもう恐ろしい怪物になって……」
その時だった。
ごうごうと大きな音が突然鳴り響いたと思うと、猛烈な風が江戸の街を通り過ぎていく。
なにごとだ! と思って、音の方角へと視線を向けた時、私たちはとんでもないものを見てしまったのです。
「た、竜巻!」
遠くからでも分かる。あっちは確か
そんなところに大きな竜巻が二つ、まるでぶつかりあうようにして巻き上がっていたのです。
「あの、さこさん、ありがと! でも、ごめんね、私たち行かなくちゃいけないからさ!」
私はお竹の手を引っ張りながら西の方、竜巻のある方へと走る。
「あぶないですよ」
「大丈夫、心配してくれてありがと!」
さこに振り向きながら、私は大きく手を振った。
彼女も遠慮がちな感じで手を振って私たちを見送ってくれる。
さぁ、急がなきゃ。
「天狗様、こっから日本橋ってちょっと遠いんだけど!」
ぽんという音と共に天狗様が私たちのすぐそばに現れて飛んでいた。
江戸のど真ん中から日本橋へは子どもの足じゃかなり遠い。走ってむかっても当然間に合わない。
ならば、玄武様の時のように天狗様の秘術でひとっとびしないと。
「わかってる。準備はしてるが、もうちょい人の少ない場所まで移動しろ、見つかるぞ! それより……」
「なに!?」
「いや、なんでもねぇ! いまはあの竜巻をどーにかしねぇとな!」
***
何とか人気の少ない場所に移動した私たちはそのまま天狗様の秘術で空を飛び、日本橋まで移動した。
空の移動初体験なお竹は「きゃー! きゃー!」と叫びながらもどこか楽しんでいた。
それでもって到着した日本橋は、それはもう大変な事になっていた。
街の人たちは大騒ぎで逃げ回っていて、本当なら立ち並んでるお店とかは屋根が吹き飛んでるし、お魚を運ぶ船なんかもひっくり返っていた。
それ以上に恐ろしいのが、あちこちに大きな刀で切りつけたような跡が無数にあるという事だろうか。
「うっ、これ以上は近寄れねぇぞ」
到着するやいなや、天狗様は自分より前には進ませないように立ち止まる。
ものすごい風だ。天狗様に引っ付いてないと一瞬で吹き飛ばされそうな勢い!
「こっから先は俺の結界でもふせげねぇ……霊力がけたちがいだぜ!」
「天狗様、これが窮奇って奴の仕業なんですか!」
「あぁ、こりゃ間違いねぇ! 古くから窮奇は風の化身とも言われているんだ。こんな物騒な風を起こせるのは間違いなく奴しかいねぇ! だが、そうなると厄介だぞ。窮奇は平気で人を襲うし、たちが悪いには善人を優先して狙ってくるって事だ!」
なんてはた迷惑な奴!
「ねぇ、シロは? シロはどこにいるの!」
こんな時にお竹ってば!
でも確かに気になるぞ。さこは、シロが大きくなって怪物になったって言っていた。それってつまり、シロが窮奇になったって事なんだろうか?
風に乗っていったって言うし、恐ろしい見た目をしていたって言ってたし。
だけど、何でだろう。私にはシロがそんなことをするような怪物には見えなかった。
第一、それだとあの傷だらけの姿の説明がつかない。
「うっ、あれは!」
再びものすごい突風が吹きすさぶ!
その瞬間、私は竜巻の中に怪物の姿を見ることが出来た……いや、もっと正確にいうなら怪物が私たちめがけて飛びかかろうとしていたのだ。
土色のごわごわした毛におおわれた虎のような怪物……あれが窮奇!
ぎょろりとした赤い瞳、まばらに生えた鋭い牙がぴたりと私たちに狙いを定め、まさしく風のような勢いで、現れたのだ。
「俺様も初めて見るが、こいつが窮奇か……ひでぇ顔してやがるな」
私たちの目の前に降り立った窮奇はうなり声を上げながら、こちらを睨んでくる。
私は小刀を抜くのだけど、天狗様がそれを止めて、私たちの前に出る。
その手にはお札のようなものが握られていた。
「下がってろ、刀一本でどうにかできる相手じゃないぜ、こいつは……俺様の秘術もさてどこまで通じるか……しかし、まさか本当に窮奇かよ……骨が折れるぜ」
天狗様がじわりと冷や汗を流している……それほどに強力な怪物なんだ……。
「し、シロ! もうやめようよ!」
「お竹!」
いわゆるにらみ合いが続く中、突然お竹が前に出て大きな声で叫んだ。
「お竹、下がって、危ないわよ!」
「お松の言う通りにしろ、お転婆もそこまでだ!」
「でも、あの子はシロかもしれないんでしょ!」
駄目だ、お竹はさこの言葉を信じてる。
うぅ、こればかりはさこが悪いわけじゃないんだろうけど、まだ小さいお竹にしてみればもしかしたらの不安は本当のように感じるのかもしれない。
「落ち着いて、あんな怪物のどこにシロの面影があるのさ! 絶対に違うわよ!」
なおも窮奇に近寄ろうとするお竹を引き留めながら、私は言った。
正直な所、根拠は全くないのだけど、今お竹が前に出たらそれこそ、お竹が食べられちゃう!
「だ、だったらシロは……?」
「さこさんの見間違いよ! 白い猫なんでいくらでもいるじゃない! それよりもあの怪物を何とかしないと本当にシロが危ないわよ!」
「いや、あの猫なら近くにいるぜ」
「……え?」
どういう事?
まさか、シロが本当に目の前にいるあの怪物だって事なの?
「いるって、どこに?」
「もう来てる。あの竜巻だ!」
天狗様が指さしたのはもう一つの竜巻だった。
そういえば、竜巻は二つあって、ぶつかり合っていた。
まさか!
「思った通りだ、あの猫は、猫じゃねぇ!」
不思議な事に、竜巻の一つはまるで私たちを守るかのように窮奇との間に割り込んでくる。
どっちにしてもすさまじい風が私たちを襲うけど、それは窮奇も同じだったみたいでちょっとたじろいでいた。
そしてだんだんと竜巻の勢いが収まっていくと、そこには白い毛にいなずまのような黒い線を走らせた一匹の大きなトラがいた。
「やはり、西の方角を守護する神、
「えぇ! シロが、神様!」
「シロー!」
驚く私とは反対にお竹は凛々しく立つシロ、いや白虎へと駆け寄る。
白虎はちらっと鋭い視線だけをお竹に向けたけど、ごろごろとそれこそ子猫のようにのどを鳴らしていた。
まさか、笑ってくれているの?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます