第11話 不思議な勾玉

 お屋敷に帰る頃には、お竹の腕の出血は止まっていたけど、猫は目をさまなさかった。息はしているようだから、まだ大丈夫だと思うけど、手当てをしてあげなきゃ。

 だけど、お屋敷の様子がちょっとおかしい。

 妙に騒がしいというか、慌ただしいというか。


「あら、お帰りなさい二人とも」

「あ、お花さん。なんだか騒がしいですけど……?」

「それがねぇ、旦那様もお弟子様もちょっと怪我を……」

「えぇ! 大丈夫なんですか!」


 よく見るとお花さんは薬箱を抱えていた。

 それより、宗冬のおじ様たちが怪我ってどういう事だろ。確かに稽古とかしているとちょっとは怪我もするけど、私たち新陰流の剣士たち、しかもそのベテランともなればそうそう怪我なんてしないはずなのに。


「大丈夫よ。ちょっと指や頬を切っただけだから。きっと練習に熱が入っていたのね。将軍様へのお披露目も近い事ですし。あら?」


 お花さんは私が抱いている猫に気が付いたみたいで、ちょっとだけ目が細くなった。

 これはさすがに優しいお花さんでも怒るかなぁ……。


「怪我をしているのね。貸して、お薬と包帯があるから。それと、お義姉様には秘密にしておいてあげますけど、傷が治ったら逃がすのですよ?」


 しーっと人差し指を口につけながら、お花さんはにこりと笑ってくれた。

 

「よし! あら、お竹ちゃんも怪我してるじゃない。ほら、こっちきなさい」


 お花さんはテキパキとお竹の腕に薬を塗って、包帯を巻いてくれる。


「ありがとうございますぅ!」

「えぇ、でも気を付けてね。子どもは元気が一番だけど、怪我はしないに越した事はないわ」


 お花さんはそう言って、道場の方へと駆けていった。

 その時だった。


「きゃあ!」


 びゅうと大きな風が吹く音が聞こえたと思ったら、今度はお花さんの悲鳴が聞こえたのだ。


「お花さん!」

「大丈夫ですかぁ!」


 私たちが急いで駆け寄ると、廊下を曲がった先、中庭へと通じる場所で、お花さんが尻餅をついていた。


「だ、大丈夫よぉ。いたたた、嫌な風ねぇ。倒れちゃったわ」


 お花さんはお尻をさすりながらすぐに立ち上がってくれた。

 よかった、何事かと思ったわ。

 確かにさっきはすごい風だったと思うけど。


「あ、お花さん、足……」


 私がほっと胸をなでおろしていると、お竹がびっくりしたような目でお花さんの足先を指さしていた。

 お花さんの右足の表からうっすらと血がにじんでいた。


「あら、転んだ拍子に切ったのかしら……すぐに止まると思うけど」

「でも、他に怪我してるかも……」

「大丈夫よ、これぐらい。あぁでも、お尻がいたぁい……」


 お花さんの怪我は足の所以外は特になさそうだったけど、その傷はお竹のものに似ていた。

 深くはないけど、シュッと一文字に入った切り傷……。

 ふと、その時、中庭の方でガサガサと何かが落ちる音が聞こえる。


「ん?」


 なんだろうと振り向いてみると、中庭に立っていた松の木の枝が一本、折れていたのだ。


「あら、松の木が。風が強いと嫌ねぇ……ほかのお屋敷の木も折れたり、畑がめちゃめちゃにされたりって聞くし……あぁ、怖い怖い」


 うわ、風の被害がとんでもない事になっているのね。

 夏場に台風が来るとそういう事もあるけど……。


「それじゃ、二人も気をつけてね」

「はい、お花さんも」

「気をつけてねぇ」


 大した怪我じゃないからか、お花さんはそのまますたすたと道場へと向かっていった。

 そして、また風が吹いた。


「あれぇ?」


 お竹が不思議そうに中庭を見つめている。

 折れた松の木の葉っぱが風にあおられて宙を舞っていた。


「どうしたのお竹」

「うん、葉っぱがね、スパッと二つになっちゃった」

「え?」


 宙に舞う葉っぱをよーく眺めてみると、確かにそうだった。

 何枚もの葉っぱが綺麗に切られていた。


***


 その日の夜。

 白猫は、私たちがどうしても部屋を離れる間は天狗様が天井裏で匿ってくれた協力もあってか、なんとかばれずに済んでいた。

 そんな中でもお竹は特に真剣に看病を続けていた。

 一向に目を覚まさないながらも、どことなく血色がよくなってきたかもとは思う。


「明日には治るかな? 元気になるかな?」

「流石にそれは無理よ。大きな怪我だもの。それより、あんまり構ってるとよけいに治りが悪くなるわよ。心配なのはいいけど、それならゆっくりと休ませてあげなきゃ」

「うん……」


 お竹は食事の時以外はずっと部屋にこもって猫の様子を見守っている。

 こういう所は優しい子なんだよねぇ。

 そんなこんなで、就寝の時間が迫る中、私たちは部屋で寝る準備をしつつ、その前に今朝の事を話し合っていた。


「かまいたちを懲らしめよう!」


 といっても、私の中での答えは決まっていた。

 風が吹くたびに何かがすぱっと切れる。川辺で天狗様が言っていたかまいたちという妖怪の仕業だとしたらちょっと迷惑すぎる。

 それに怪我までさせているのなら本当に危ないもの。


「というわけで天狗様、かまいたちについて教えてください! 姿かたちとか弱点とかさ!」


 とにかく、なんだかんだ天狗様ってこういう事に詳しそうだし、きっとかまいたちを懲らしめる方法だってあるはずだわ!


「……」

「天狗様?」


 また何やら天狗様が難しい顔をしながら、猫の看病を続けているお竹を見ていた。

 江戸に来てからこういう顔をするようになったけど、どうしたんだろう。

 どこか具合でも悪いのかしら? それとも封印されている事にイライラしてきたのだろうか。


「ん、あぁすまん。ちょっと考え事をな……」

「もう、しっかりしてくださいよ。天狗様って結構ものぐさですよね」

「うるせぇ。んな事より、かまいたちだったな……うーん、かまいたちなぁ」


 腕を組んで、目を瞑り、考え事をする天狗様。


「かまいたちってのは、その名前の通り、鎌の鼬かま いたちだ。常に三匹が一組になっているといわれているが、まぁそこはそれぞれだな。一匹だったりもする。とにかく、風のように早く動いては獲物を切って、すぐさま薬を塗るから痛みがない」

「どうして切りかかってくるんですかぁ?」


 お竹の純粋な疑問。

 私もそこが気になるな。


「詳しくは俺様も知らん。獲物を仕留める為か、はたまたいたずらか……妖怪の中には時々、なんのためにそれをやってるのかわからん連中が多いからな。かまいたちもそんな連中の一体だ。奴らにしてみれば、切る事が目的なのかもな」

「迷惑すぎるよそれ。じゃ、やっぱり懲らしめてそんなことをさせないようにするしかないわね」

「人間が捕まえるような相手じゃねーぞ。ふふん、だが、俺様のような大天狗ともなると話は別だ。俺様の秘術でかまいたち程度は簡単さ」


 おぉ、頼りになるぅ!

 思えば玄武様の時も天狗様に色々と助けられたものね。

 これは期待できそうだわ!


「天狗様、シロはまだ元気にならないんですか?」


 お竹は話に興味はないのか、それよりも猫の事が気になって仕方ないみたい。

 というかあんた、いつの間に名前つけたのよ。


「ずーっとこの状態だ。眠ってるだけで、生きてる。怪我もそうだが、相当体力が減っていたんだろう。お松も言っているだろ、今はこうして大人しくさせておく方がいい」

「うん……でも、大丈夫ですよね?」

「動物ってのは意外と体力がある。寝てりゃ治るだろ。つーわけで、明日さっそく、かまいたちを調べる。あいつらが今どの辺にいるのかがまだわからねぇからな。何事も準備が肝心だ」


 よぉし、玄武様の時はなんだか大きな事件になりそうだったけど、今度は妖怪退治だ!

 頑張るぞ!


***


「えぇぇぇぇ! シロ、いなくなっちゃったの!」


 朝からお竹が騒がしい……というのも、今朝起きたらシロの姿がどこにもないらしいのです。

 天狗様が面倒を見てくれていたはずなんだけど……天狗様もいついなくなったのかわからないとか。


「騒ぐな。もともと野生の猫だったんだ。そら、ふらりといなくなるだろうよ。だが、逆に考えてもみな。動けるようになったって事は元気になったって事だ」

「そ、そうかもしれないですけどぉ……ちゃんとお別れ言いたかったなぁ」

「お前、それやると逃がしたくないーっていって泣くだろ」


 天狗様正解。

 お竹なら絶対にするわ。そういう事。

 ま、私もちょっと寂しいというか、なんだか残念な気もするけどね。


「うぅ……シロ……」

「ほら、お竹、元気出してよ。今日はシロに怪我をさせたかまいたちを退治するんだから」

「うん……」


 納得は出来てないようだけど、頷くお竹。


「よろしい。それじゃ、布団しまっちゃいましょう」

「はぁい……あれ?」


 布団を片付けていると、お竹の枕元から何かがぽとりと落ちた。

 お竹が拾ったそれは、雪のように真っ白な勾玉まがだまだった。勾玉っていうのはしっぽの生えた玉のような石、宝石の事で大昔の人が身に着けていたものだって聞いたことがある。


「お竹、それどこで拾ってきたの?」

「うぅん、拾ってない。さっき、枕元にあったの」


 んーお竹が忘れてるだけじゃないのかなぁ?


「ほぉ、こいつは結構高価なものだぞ」


 天狗様もちょっと興味があったのか、勾玉を覗き込んでいた。


「うんうん、お竹、貰っておけ。お前の枕元にあったのだ、お前のものだろう。そいつは、縁起物だ。もしかしたら猫の奴がお礼として置いていったのかもな」

「シロが?」

「ま、そう考えておいた方がいいだろ」


 ふぅん。でも、なんでそんな縁起物なんてのを持っていたかしら?


「とにかく、貰ったものだ大切にしておけよ」

「うん!」


 にっこりと笑顔を浮かべながらお竹は勾玉を巾着袋の中にしまい込んで、帯に結んだ。

 んーちょっとうらやましいなぁ。


「おい、お松」


 と、ここで天狗様が小声で耳打ちをしてくる。


「どうしたの?」

「もしかすると、このかまいたち騒ぎ……妖怪の、かまいたちの仕業じゃねぇかもしれねぇ」

「え?」

「いや、なに、俺様の考えすぎならいいんだが……」


 天狗様が珍しく口ごもっている。

 妖怪の仕業じゃないかもしれない……私はすぐさまピンときた。


「まさか、玄武様の時のように、神様が怒ってるの?」

「いや、怒りの気は感じられん。だが、可能性はある。西の方角、四神では白虎が守護する方角だ」


 な、なんだか話がまた大きな方向に転がっていくような気がしてきたぞ。

 一体、この江戸で何が起きようとしているんだろう?

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