第9話 新陰流、お見せします!

「はっはぁ! 久しぶりだなぁ、こうして大空を飛ぶっていうのはぁ! お松、しっかり掴まってろ、振り落とされるんじゃねぇぞ!」

「あばばばば!」


 女の子が出しちゃいけない声を出してる気がするけど、それも仕方ないのです。

 なぜなら私は今、天狗様にしがみついて、空を飛んでいるのだから!

 あーもー! 怖い、怖すぎる! 真下なんて見てられないんだけどぉ!

 玄武様を私の剣の舞で落ち着かせる為、天狗様は空を飛んで私を運んでくれる事になったのだけど、これがもう本当に怖い!


「くかかか! これぞ、天狗の秘術。雹も雪も、冷たい風も当たらねぇだろ?」

「そ、う、だ、け、ど!」


 不思議な事に、吹雪の中を飛んでいるのにも関わらず私たちはその影響をまったく受けていない。天狗様曰く、「風の秘術」というものを使っているからだとか。

 なんでも自分の体の周りに風を起こして結界にしているのだと。

 おかげで私は凍える事もなくいられるのだ。

 でも、落っこちそうになる事を防ぐ術はないみたい。

 天狗様も「落ちてもしらねぇ!」なんて言ってくるし、しかも一刀岩に封印されていた頃はこうして大空を飛ぶ事もできなかったらしくって、そのうっぷんを晴らすかの如く猛烈な勢いを出している。


「そうら、到着するぜ!」


 お屋敷を飛び出してほんの数分。

 私たちは江戸城を飛び越えて、そのさらに後ろに位置する大きな山の中腹に降り立った。

 その途端、吹雪はさらに勢いを増して、私は思わず天狗様に引っ付いて飛ばされまいと踏ん張った。


──ゲエェェェェェ!


「う、聞こえた!」


 昼間に聞いたあの音、やっぱり鳴き声だったんだ。

 玄武様の鳴き声、なんだろう、お腹の底からびりびりとしびれて足がすくんでしまうぐらいに恐ろしい。

 天狗様の結界のおかげで寒くないはずなのに、がちがちと体が震える。


「玄武め、相当怒り狂ってるな……なんでだ?」

「天狗様でもわからないんですか?」

「皆目見当もつかねぇ。別に、江戸の人間が粗相をしたってわけでもなさそうだしなぁ」

「でも、怒ってるんだよね?」

「あぁ、とにかく、今は玄武に近づくぜ? 空の旅はここでおしまいだ。不用意に近づくと落とされるからな……」


 えー、この歩きにくい場所を歩くなんて嫌だよぅ。

 私がそんな風に抗議すると、天狗様はやれやれと首を振ってくる。


「人間だって、同じだろ。偉い人を上から見下ろしてたら無礼ってな。妖怪や神様だって同じだ。俺様はそこらへんきっちりと守る方なの。ここからは歩いていく」

「でもぉ、雪のせいで歩きづらいよ。それに、なんか風も感じるし」


 山に降り立ったと同時にさっきまで感じる事がなかった風圧を感じるのだ。まだそよ風みたいなものだけど、ひんやりとした空気が突き刺さる。

 それに雪が深く降り積もってるせいで、足を取られちゃうんだよね。


「霊力の差って奴だ。俺様の力で防げるのも限界がある。玄武に近づけは近づくほど、風も冷気も強くなると思うが、まぁなんとかなるだろ」

「ほ、本当かなぁ……」

「疑い深いやっちゃなぁ。ほれ、急ぐぞ。日の出までには時間はあるが、のろのろとしてたら手遅れになる。道は作ってやる、歩け」


 天狗様は大きく息を吸い込み、そして勢いよく吐き出した。

 その瞬間、天狗様の嘴から風の塊みたいな白いものが撃ちだされて、雪をはじいていく。すると、降り積もる前の土色の山道がうっすらと姿を見せた。


「言っとくが、あんまりこれは使えねぇぞ。玄武の事を攻撃してる思われるかもしれねぇ」

「はい、ありがとうございます、天狗様!」

「ふん、お前がこの鎮魂をやり遂げれば俺様の封印も早く解除される。そんだけの話だ」


 そういって天狗様はずんどこと出来上がった道を進んでいく。


「あ、待ってください!」


 私も急いで天狗様の後を追った。

 剣の舞、必ず成功させなくちゃ!


***


 どれだけ歩いたのだろう。暗くて寒い山道を延々と進み、ついには天狗様も雪を払いのけてくれなくなった頃、私たちは不自然に開けた場所に出た。


「ここ?」


 山の頂上の近く、大きな木々が寄り集まって、枝や葉っぱで真上を覆いかぶせているのだけど、その下、私たちがいる場所だけは木も草もなくて、雪もあまり積もっていなかった。

 ごろごろとした岩がいくつもあるのだけど、なんだか、規則正しくならべられているようにも見える。


「んん? 妙だな、手が加えられてる」


 天狗様はその岩のあつまりを眺めながら首を傾げていた。


「こりゃ自然に出来たものじゃねぇな。誰かが真面目に岩を並べて祭壇の代わりにしてやがる」

「それって、何か意味のある事なんですか?」

「さぁな、これだけじゃ何とも言えねぇな。もともと、玄武を奉る為のほこらとかでも作ろうとしたのかもしれねぇが……まぁ、ちょうどいい。お松、あの祭壇の中央に行け。俺様は玄武へと呼びかける」

「う、うん!」


 小刀を持ちながら、私は言われた通りの位置へと移動する。

 天狗様は私の目の前に立ち、深くお辞儀をした。私も慌ててそれにならって、お辞儀をする。


「江戸の北方を守る玄武よ、その怒り、いかなるものかは存じ上げませぬが、なにとぞ鎮まりたもう……これよりは、柳生の太刀、その演舞を奉納。これに立つものは、剣術無双の柳生の娘、かしこみ、かしこみ」


 天狗様のあいさつが終わっても、周囲から聞こえてくるのは吹雪の音だけだった。

 玄武様の鳴き声なんて聞こえない。

 しばらくは、私たちもじっと頭を下げたままだった。

 と、とにかく剣の舞を見せないといけないんだよね?

 私は小刀を抜き、深呼吸。ぎゅっと目を閉じて心を落ち着かせる。


「む、おぉぉぉぉ!?」


 その時、天狗様の張り裂けるような悲鳴が聞こえた。

 

「天狗様!」


 思わず目を開けると、その先には茶色い毛のようなものに包まれた天狗様の姿があった。どこからともなく伸びてきた茶色い毛はそのまま天狗様を空中に持ち上げて、十字の姿に張り付けてしまう。


「こ、これは結界だ!」


 と、天狗様が叫ぶと同時に祭壇にぽぅっと光が灯る。数は六つ、しかもそれらが光の線で結ばれて、奇妙な模様を描いたのだ。


──ゲエェェェェ!


 また聞こえた!

 しかも、今度は方角がわかる。

 真下からだ!


「これは……! そうか、わかったぞ、お松、その祭壇、いや光を切れ!」


 空中で縛り上げられている天狗様が何かに気が付いたみたいだった。


「光を!?」

「これは祭壇なんかじゃない。玄武を縛り付けるおりなんだよ! 玄武は真下に閉じ込められている! その光が大本だ、それを村正で切れ!」


 なんだかよくわかんないけど、破れかぶれだ!

 私は小刀を抜き放ち、光めがけて振り下ろす!


「いったぁ!」


 ばちんっと何かがはじけるような音がして、ビリビリと手がしびれる。ものすごい衝撃だった。

 でも、どうやら光は消えたようだ。これをあと五つも切らないといけないなんて!


「もぅ、痛いんだからねぇ!」


 手の痛みに耐えながら私は瞬く間に残る五つの光を真っ二つにしてやった。

 すると、天狗様を縛り上げていた茶色い毛のようなものもほどかれて、天狗様が解放される。

 ばさっと羽ばたき、肩で息をする天狗様。


「だ、大丈夫ですか!」

「まだ、終わってねぇぞ」


 駆け寄ろうした私に対して手をかざしながら制止する天狗様。

 天狗様の言う通り、ぞわぞわとした嫌な感じはまだこの周囲に渦巻いていた。

 光は切ったし、これで玄武様を閉じ込める檻は壊れたのだと思うけど、違うのかな。

 私は小刀を持ちながら、じっと何が起こるのかを待った。

 ぐらぐらと地面が揺れる。


「檻は破壊したはずだが、玄武の怒りが収まってねぇ……お松」

「うん」


 何で玄武様が怒ってるのかは分からない。

 でも、その怒りを鎮める為に私たちは来たんだ。

 そしてその方法は……。


「玄武様、我が柳生の太刀」


 うぅん違う。

 私たち柳生の剣術、その流派の名前は。


新陰流しんかげりゅう、お見せします!」


 祭壇の真上。

 私は小刀を鞘に納めて、正座をする。鞘に納めた小刀を目の前に置き、礼。

 そして、再び小刀を手に取り、着物の帯に、差し込む。


「すぅぅぅぅ……」


 深呼吸をしながら、立ち上がり、柄に手をあてがう。

 姿勢はぴんと張りつめたまま、決して動かない。


「……!」


 掛け声もなく、私は刀を抜き放つ! 

 びゅっと、刃が空を切る音。横一線に振り、縦一文字に振り下ろし、再び鞘に戻し、また抜き放つ。

 これは居合いの型の一つ。どれだけ激しく刀を動かそうとも、決して姿勢は乱れず、崩さず。

 縦横無尽に祭壇の上を移動しながら、刀を振るう。


「……?」


 型を続けていくと、不思議な事に気が付いた。

 私が刀を振るうたびに、なにか黒いもやのようなものが飛び散っていくのだ。

 何もないはずの場所、刀を振り下ろし、また黒いもやがはじける。


「邪気だ。残った邪気が村正で払われている」


 そういえば、村正にはそういう力があるって友種様が言っていたっけ。

 なんだか、都合がいいような気もするけど、今はそのおかげで何とかなっているんだからよしとしよう。

 そして、最後の一太刀を振り下ろし、鞘に納め、私の舞は終了する。


「……見事」


 その時だった。どこからともなく声がきこえる。

 声はさっきまで聞こえていた恐ろしい鳴き声じゃなくて、優しい温かみのある声だった。


「柳生の太刀、新陰流。しかと、見せてもらった……幼いながら、見事」


 この声、もしかして玄武様?

 でも姿がどこにも見えない。

 声はやっぱり地面から聞こえてくる。


「あぁ、我を縛り付けていた邪気が消えていくぞ。感謝、感謝を……しかし、あなどるなかれ、柳生の姫よ。江戸を覆う影、いまだ晴れず……」

「影? そ、それはどういう意味ですか!」


 私の質問に、玄武様は答えてはくれなかった。

 その代わりに、か細い鳴き声が地面の下から響いてくる。


「なんてことだ。玄武は眠りについてしまったぞ。神が眠りにつくってのは相当だ。まぁ、これだけの吹雪を起こせばそうもなるが……」


 天狗様は腕を組みながら、難しい顔を浮かべていた。


「しかし、玄武ほどの神を縛るなど、人間の技とは思えないが……」

「でも、取り敢えずこの吹雪は収まるんだよね?」

「あぁ、玄武の霊力は弱まった。ねむちまったが、守護神としての在り方は変わらん。あちこち凍り付くような事はないだろうが……」


 玄武様を封じ込めた、誰か。

 もしかして、その人がこんな事態を引き起こしたのだとするととても恐ろしい事だ。


「……あれ?」


 ふとその時、私は祭壇の端っこに小さい木彫りの像が転がってるのを見つけた。

 なんだろうと思い、それを拾ってみると、毛むくじゃらな四本足の動物の姿をしていた。でも、頭からは角が生えていて、しかもなぜだか顔が人間のようで気味が悪い。


「……かせ」

「あっ!」


 その像を眺めていると、天狗様が横から奪い取ってくる。

 文句を言おうとした瞬間、天狗様はその像を握りつぶしてしまった。


「ちょっと、なにやってるんですか!」

「こいつだよ」


 天狗様はいまいましげに像の破片を睨みつけていた。


「こいつが玄武を狂わせてたのは。こいつが邪気を放って、玄武を縛り付けていたんだ。しかも、玄武を刺激して、怒らせていた……玄武はこいつを払いのけようとしてたんだろう」

「こ、こんな像にそんな力が?」


 確かに不気味だけど、ただの木彫りの像にしか見えないんだけど……。


「神の力すらゆがめる呪いの道具みたいなもんだ……ま、もう壊した。じきに、吹雪もやむだろうよ。ほれ、帰るぞ」


 天狗様は像を捨てると、ぐぐーっと体を伸ばして羽を広げた。


「何してる。飛んで帰るぞ。それとも山に残るつもりか?」

「帰りますよ!」


 とにかく、これで一段落ついたって事で、いいんだよね?

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