第19話 神様のご忠告

「何も終わっておらんわ!」


 朝からちゅんちゅんとうるさい鳥の声……。

 朱雀様の事件を解決した翌日の朝の事です。

 正直なとこ、寝不足気味な私たちはいきなり聞こえてきた鳥の鳴き声でたたき起こされて、頭がふらふら……。


「ふぇ? なに、なに?」

「わぁん、眠いよぉ……」


 布団から飛び起きて辺りを見渡す。

 外からはまだ太陽の光はさしこんでいないけど、うっすらと明るい。

 こ、こんな時間に目を覚ますのはお正月ぐらいだよ……。


「おい、その間抜け顔をやめんか」

「……スズメ?」

「まっかっかー」


 なんかうるさいなぁと思って机の方に目を向けると、なぜかそこには一羽のスズメがいた。

 ただ、スズメにしてはちょっと体の色に赤みがかかっている感じで、私はみたことのない種類だった。

 しかも、この声……どこかで聞いたことあるような……?


「ほげーとしとるな。おぬしら、昨日聞いたばかりじゃろ」

「えぇと、まさか……朱雀様?」

「いかにも!」


 赤いスズメはびしっと両方の翼を広げていた。

 いや、それにしても朱雀様にしては、またなんとも可愛らしい姿に……。


「それは分霊ぶんれいという奴だ。わけみたまとも呼ぶな」


 説明してくれながら天狗様が天井裏からそろーっと降りてくる。


「しかし、昨日の今日で、朱雀ともあろうものが一体なんのようだ?」


 どうやら天狗様も眠っていたらしくって、大きなあくびをしていた。

 私たちのだらけた姿を見て、朱雀様はやれやれといった具合に頭を抱えては、ふかーいため息。


「はぁ、なんとも頼りがいのない連中だな。わしだけではないわ。おい!」


 朱雀様は窓の外に声をかけた。

 すると、顔を出したのは白い猫。あれは……シロ、じゃなくて白虎様だ!


「わぁ、シロだ! シロ!」


 お竹はきゃっきゃと笑顔になりながら白虎様へと駆け寄る。

 そんな白虎様の背中にしがみついているのはよぼよぼになった小さな亀。

 まさか、玄武様?


「久しいな、柳生の姫たちよ」


 白い子猫の見た目には似つかわしくない何とも渋い声で白虎様。


「おやおや、元気そうで何よりじゃわい」


 のそり、と甲羅から頭を出してぺこりとお辞儀をしてくれる玄武様。

 見た目は小動物なのに、なぜか私の部屋に神様が三体もいるんだけど。

 私は殆ど無意識に正座をする。お竹は白虎様を抱きかかえて、むぎゅーっと抱きしめているのをやめさせて、横に座らせた。

 天狗様だけは相変わらず、腕を組んだままだった。


「あのぅ、朱雀様? このような早朝に一体どのようなご用件で……」


 なんとなくだけど、この空気、贈り物だとかお礼の品をくれるって雰囲気じゃないわね。


「うむ、時間がないのでな、手短に説明するが。青竜せいりゅうの気配が途絶えた」

「青竜……?」


 天狗様に説明を求めるように視線を向けると、ものすごく面倒臭そうな目を向けられた。


「東の方角を守護する竜だ。河川を司るが、同時に木の属性、つまりは作物の恵みなども象徴する。春の訪れには竜の力があると信じられているからな」


 ばりばりと頭をかきながら、ため息交じりに天狗様が説明を始める。


「しかし、聞き捨てならんな。青竜の気配が消えただと?」

左様さよう。青竜はこの江戸四神相応結界の要とも呼ぶべき存在じゃ」


 答えてくれたのは玄武様だった。


「江戸は方々に川が流れておる。海にも山にもその他の土地にもじゃ」

「そういう意味では、青竜殿は我ら四神の力を江戸中に流す役目もあり、同時にそれが四神相応結界をなしているといってもいい」


 付け加えるように白虎様。

 うぅむ、なんだかまた話がややこしくなってきたぞ?

 青竜様のお力でこの江戸に大きな結界が張ってある。

 それをしてくれている青竜様が消えた……もしかして、今、とんでもないことになってる?

 いや、それよりも、この一連の事件の犯人は私たちが捕まえたはずじゃ!


「ちょっとお待ちください。私たちが捕まえたあのおじさんが犯人じゃないのですか?」

「おぬしも実のところは理解しておるのではないか? あやつはただ操られただけにすぎん」

「うぅ……」


 そうです。

 私も、なんかあのおじさんは犯人じゃない。そんな気がしていたのです。

 というか、いくら何でも今までのやり方と違いすぎてずっと違和感があったんだよね。

 今までは隠れて、いつの間にか呪いの木像を置いていたのに、朱雀様の時は直接自分からやってきて、しかも放火。

 人様に迷惑をかけているって意味では同じかもしれないけど、あまりのもずさんすぎるんだよね。


「いちいち人間個人の問題なぞわしらは気にも止めてないが、あの男は仕事を失ったいらだちを敵に付け込まれたのだろう。わしも、いつ相手が仕掛けてくるのかと警戒しておったが……」


 犯人は別にいる。

 何一つ解決なんてしていなかったんだ。

 そして、今、青竜様が姿を消している。


「まさかとは思いますけど、今の江戸って結界がないって事ですか?」

「いや、青竜がおらずとも結界そのものは我らで維持できる」


 朱雀様が首を横に振りながら言った。


「だが、そもそも結界が崩れかけている今、果たして我らの力だけで支え切れるかどうか」

「面目ない事に、わしらが早々に敵の術中にはまってしまったのが原因でもあるのじゃがな」


 玄武様が申し訳なさそうに頭を下げる。

 それに続くように、白虎様もしゅんと肩を落とし、うつむいた。


「私に至ってはやすやすと江戸市中にまで敵を侵入させてしまった。日本橋は東海道の起点。そこを抑えられては江戸の交通だけではない。目には見えぬだろうが、地脈ちみゃく霊脈れいみゃくまで途切れてしまう」


 地脈と霊脈の意味は分からないでもない。

 今までの話をまとめれば、不思議な力、この場合は結界を張るのに必要なものだってのは私にだってわかる。


「玄武と白虎が不覚を取ったことを悟ったわしと青竜はお互いに状況の対処にあたったのだ。青竜は結界の維持に努め、わしは敵をおびき出す為に隙を見せた。案の定、敵はわしに狙いを定めた。が、まんまといっぱい食わされてしまってな……昨晩の事件の終わりから、青竜と連絡がつかぬ」


 それを言う朱雀様はどこか悔しそうだった。


「結界の維持の為に力の殆どを使い果たす形となった青竜が狙われたとみるべきだ。さっきも言ったが、青竜はこの結界の要であり、河川という道を司る。いうなればあやつこそがこの日の本全てともいえるな。ゆえにだ。柳生の姫君たちよ」


 朱雀様、玄武様、白虎様がじっと私たちを見つめる。

 自然と私もお竹も姿勢を正して、ピンと背筋を張った。


「用心せよ。敵はすでに江戸をその手におさめているやもしれぬ。わしらはこれより外側から結界を維持するべく、各々の方角に戻る。そのため、一歩も動けん」

「用心って言いましても……」


 一体なにをどうすればいいんだ?

 玄武様から始まったこの事件。予想もできないようなことばかりだ。

 青竜様の力、残る四凶は確か渾沌。それらがどんな恐ろしい事件を起こすのかなんてわかるわけがない。


「出方をうかがうしかねぇな、こりゃ……」


 天狗様も唸りながら腕を組み、頭を抱えている。


「とにかく、わしらはこれから結界を維持する。何が起きても、ある程度の影響は減らせるはずだ。だが、時間はそうないと思え。とにかく、黒幕を見つけ出し、呪いを払うのじゃ。このような大ごと、よもやおぬしらのような小娘と落ちぶれた天狗が立ち向かわなければならぬとはな……だが、それも運命やもしれぬな。柳生十兵衛の娘であるならばな……」

「え?」


 朱雀様たちは言いたい事言って、姿を消していく。

 私は朱雀様が最後にいった言葉が気がかりで、呼び止めようとしたのだけど、間に合わなかった。


「お父様について、なにか知っていたの?」


 運命。お父様の娘だからって、運命ってなんだ?

 

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