第13話

 ふと、ライアは目が覚めた。

 眠っていた様で、どうにもぼんやりした気持ちだ。

 身体の下は柔らかく、天井が見える。

 どうやらベッドで寝ているらしい。

 身じろぎするとすぐに、青い髪と鈴色の瞳の少女が覗き込んでくる。


「ライア、起きたか」

「ミラー……」


 驚く程に掠れた声が、ライアから出た。

 彼はそこで、全身が酷く気怠い事に気が付いた。

 そっとミラーから口元に、ストローの様な物が差し出され、ぬるい水が口の中に流し込まれる。

 たしかに、喉が渇いていた。


「まだ寝ていてもいいぞ。しばらくは休息になるだろう」

「休息か」

「どこまで覚えている?」

「ああ……あー」


 言われ、ライアは思考を巡らせる。

 寝起きの割には、記憶だけはハッキリとある。


「透明人間をぶちのめしたとこまで」

「全部だな」

「そうか……俺はどうなってる?」

「……それも分かるのか」


 ライアは微かに頷いた。

 頷く力すら、思っている以上に入らなかった。


「あの時、確かに俺はハガネになっていた」


 いつも以上に滑らかな動き。

 視界はコクピット内のモニターを見るのではなく、ハガネの二対の目が自らの目になった様な感覚。

 センサーが捉えた情報が、直接脳内に叩き込まれる。

 そして極めつけは、未だ操作できなかったはずのマギウスの発動。

 ミラーは一度目をつむり、少し考え事をしている様だった。

 ライアは彼女の答えをじっと待っている。

 しばらくして、ミラーはその目を開いてライアと見つめ合い、口を開いた。


「ハガネは、お前を取り込もうとしていた様だ」

「取り込む……?」

「ああ。生体部品としてか、あるいは高度な戦闘処理装置としてか。とにかく、お前をパーツの一つとして一体化しようとしていた」


 戦闘が終わった後、ライアをコクピットから引きずり出したのはミラーだ。

 彼の身体は、完全にコクピット内に癒着していた。

 神経系の一部もまたハガネのインターフェイスに繋がれており、ミラーは魔法を使いながら、慎重に彼の身体とハガネを切り離した。

 もしハガネの機能が停止していなかったら、ライアをコクピットから引きはがす事は叶わなかったかもしれない。


「そうか」


 ライアは……ライアは、それだけを言った。

 ミラーは急に衝動に駆られ、彼を抱きしめた。

 ライアは少し驚いた様子だったが、今の彼に拒否できる力は無い。

 あるいはそれを言い訳にしたのだろうか。

 ライアは、彼女のあたたかな身体に包まれる心地よさと、その身の震えを確かに感じ、受け入れた。


「ライア、お前はもう、ハガネには乗るべきではないかもしれない」

「……」

「あの時のハガネは、確かに驚異的な強さだった。だが、その代償はなんだ?お前自身じゃないか」


 抱きしめたまま、ミラーがライアを優しく撫でた。


「思えば、最初にお前がハガネを動かした時に気付くべきだった。あの時から既に、ハガネがお前に干渉していたんだな」

「ミラー、俺は」

「分かっている。でも、私はきっと、その先に耐えられない」


 ライアは、やはりまだ掠れた声で


「ハガネは、俺の怒りに反応しているんだろう」

「怒り?」

「ああ。最初はジェレミーとマックス、そして今度はクレオ伍長とゴミ処理場を見た時。俺の怒り、ハガネをより高度な戦闘兵器として扱う為の、力を求める怒りだ」

「それは……」

「ミラー、お前が俺を想ってくれる事は嬉しい。だが、これは戦争だ。俺達人類か、それとも機械帝国が滅ぶかどうかの、戦争だ。躊躇していて勝てるなら、もう俺達人類はきっと勝てていた」


 だがそうじゃないんだ、とライアは言った。

 ミラーは何も言えなかった。

 彼女自身、劣勢で滅びかけの人類を救うために、送られてきたエージェントだから。


「ミラー、お前の役目を思い出せ。俺の役目を思い出せ。俺は、例え自分自身がどれほどに焼き切れ、別の何かになろうとも、人類を救わなければならないんだ」

「ライア……」

「ハガネから降りる選択肢は無しだ。ハガネは必要だ。今の人類軍に勝ち目は無い。二本脚に勝つにも、俺とお前の両方が必要だ。俺達は絶対に……勝たなきゃいけないいんだ」

「……そうだな。ああ、その通りだ」


 ミラーが、ゆっくりとライアをはなす。

 ライアは力の入らない身体を横たえながら、ミラーを見つめていた。

 ミラーと同じ、鈴色の瞳で。


「ミラー」

「すまない。弱気になったな」

「そう言う事もある……もう少し水をくれないか」

「ああ」


 ストローがライアの口に差し込まれ、繋がれた水差しからすこしずつライアの口に水が流し込まれていく。

 ライアは流れてくるぬるい水を飲み込み、その水が己の身体を流れる感覚をしっかりと感じた。


「だが、ライア。私はお前を諦めるつもりは無いぞ。最後まで」


 ライアは何か答えようとストローから口を離すと、くらっとした猛烈な眩暈に襲われる。

 良く見れば、彼女の持つ水差しが光を帯びていた。


 ──魔法


「今は休め。次に目覚めた時には、身体は回復しているはずだ」


 ライアは再び、眠りに落ちた。



 ***



 ライアの身体に、癒しの魔法が広がっていくのを見ながら、ミラーはその部屋を出た。

 ここは、荒野にあるモーテルの一つ。

 同じクラッド地方だが、少し前に見たモーテル街のものとは別のモーテルだ。

 一度戦闘のあったモーテル街に戻れば、再び別の無人機械が訪れている可能性があった。

 そこで別にライアを休ませられる拠点を探したのだ。

 無人機械は、人類以外には本当に興味が無い様子で、モーテルは綺麗に残っていた。

 まぁ脅威ではないのだろうから、当然か。

 破壊されていないモーテルを見つけた時、ミラーはそう思った。


「だがお前はきっと別だろうな、ハガネ」


 モーテルのすぐ脇で、膝をついているハガネを見上げる。

 破壊された脚と腕は、上世界製である『TMI-1 エア』を捕食させる事で稼働可能な程度まで再生していた。

 だが、主動力源であるマナジェネレーターの消耗は未だ完全に回復してはいない。

 あくまで稼働可能なまでの修復である。

 ライアをコクピットから引き剝がそうとしている間に、ハガネが移動できる程度までの自己修復を完了させたのだ。

 とはいえ装甲はいまだ傷だらけで、修復も完全には終わってはいない。捕食するが足りないのだ。

 マギウスがある為、その辺の雑魚無人機械には圧勝できるだろうが、逃亡機フュージティヴ……二本脚クラスとなるとどうなることか。


「修理の為に、勝てるかどうかも分からん相手をくだす必要があるなんてな」


 ハガネがこの世界に降り立った時を考えると、著しい性能の低下と言っても過言ではない。

 もしかしたら、片脚で二本脚二機を破壊したライアならば……ハガネと一体化したライアならば、勝てるかもしれないが……。


「それはダメだ」


 ミラーは、あの戦闘の時の自分を思い出した。

 ライアがハガネに呑まれるというのに、いやに自分は冷静だった。

 彼は、ハガネは怒りに反応していると言っていた。

 それは間違いでは無いのだろうが、正確ではない。

 ライアの怒りを引き出しているのはきっと、ハガネだ。

 ハガネは機械帝国を滅ぼす為に作られ、搭載された自律思考回路もそれに沿った判断をする。

 コクピットに座る限り、ライアはハガネからの影響を受け続ける。

 そしてそれは、同じコクピットにいる自分も。


 あの時、ハガネが機能を停止して、はじめてライアの状態に恐怖した、自分も。


「ハガネ……使命を果たそう。でもそれは、彼とじゃない。私は彼を救いに来た側だ。彼を、犠牲にしに来た訳じゃない」


 ミラーはゆっくりとハガネに近づく。

 ハガネが、その灰色の装甲に流れる蒼い光のラインを輝かせながら、胸部の三層になった装甲を展開する。

 コクピットへの入り口。だが、中は見えず、真っ暗だ。

 亜空間によってスペースを確保されているハガネの内部は、外からは見えない。

 ミラーがトンッと地面を蹴ると、ふわりとした風船染みた動きでコクピットへとその身体が飛び上がる。

 やがてコクピットに足をかけ、彼が眠るモーテルに振り向いた。

 救わなければならない。世界と彼を。

 人類殺戮を掲げる機械帝国から。


「さよなら、ライア」


 ミラーはコクピットに乗り込んだ。

 複座型の、天井の狭い、奥行きのあるコクピット。

 やがて彼女の手によって起動されたハガネが、モーテルから離れていった。



 ***



「……ミラー?」


 ライアは目覚め、身体を跳ねあがらせた。

 その声からはもう、掠れは無く。

 また全身も、寝起きの怠さ程度で、弱っていく気怠さは無く、自らの身体の回復を確信させられるほど。

 目覚めたライアが見回せば、部屋には誰もいない。

 窓から差し込む日差しは高く、部屋の中は良く見えた。


「ここは……モーテルか?」


 ある程度見慣れたモーテルの一室。

 外に広がるのが荒野であれば、確信も持てるだろう。

 彼は、ここに彼を休ませていたはずの少女を探した。


「ミラー?どこだ?ミラー!」


 返事は無い。

 ライアは、猛烈に嫌な予感に襲われた。

 モーテルの部屋の中にミラーの姿は無く、彼は慌てた様に外に出た。

 すぐ外はモーテルらしい駐車場になっていて、大戦前に放棄されたらしい車両がいくつか並んでいる。

 後ろを振り返れば、モーテルの全景が見えるが、ここにはそれしかない。

 以前見たモーテル街とは違う場所らしい。

 しらみつぶしに部屋や車両を探しながら、ふとモーテルの脇に巨大な足跡が残っているのを見つけた。

 その足跡はここから離れる方向に向かって続いており、ライアは、ミラーが自分を置いてハガネを持ちだした事を悟った。


「あの女……!」


 ライアは急いで部屋に駆け戻ると、自らの装備を素早く身に着け、モーテルに置いてある車両から比較的劣化の少ない物を選び、モーテルに併設されたガソリンスタンドからなけなしのガソリンを給油した。

 モーテルの中から使えそうなありったけの物資を詰め込み、残り少ない弾薬を確認して、車のエンジンを起動させる。


「俺に気を遣ったつもりかよ?ハガネに乗るよりも俺がここに放置される方が死ぬ確率高いだろうが!?全く……」


 地図を広げ、モーテル内に書いてある名前やアドレスから現在地に見当を付ける。

 そして目的地に出来そうな場所に印をつけつつ、足跡からハガネが移動した方角を見やった。


「本当に……もう一人の俺らしい俺っぷりだな!」


 アクセルを踏み込む。


「お前を一人にはしないぞ、ミラー」


 エンジン音とタイヤの音を響かせて、荒野を車両が走り出した。

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