第16話
「メインシステム、パイロットモードに移行。各部損耗状況をチェック……」
「おいおい、稼働率が70%を切ってるぞ。コイツ、俺が乗る度に性能が落ちるな」
「修復が追い付かなくてな……
「一人で動いてたしな……他は?」
「前に破壊された右脚が、まだ完全に修復しきってない。装甲が薄くなってるから気を付けろ」
「なんだその“皮膚が薄い”みたいな直り方は。本当に機械か?」
「自己修復機能は、重要部位から優先する。足をまるまる直したんだから、中身はともかく外はまださ。マナジェネレーターも出力が低下してる。無茶は出来ないな」
「無茶苦茶にはしてやるさ……ハガネ、やるぞ」
ライアが、コンソールに手を触れる前に、自動的にコクピットレバーが出現する。
レバーを握れば、コクピットの座席がさらに展開しはじめ、以前の死体処理場の時の様に、彼を呑み込まんと蠢く。
「ライア……」
「大丈夫だミラー」
だが、ライアは自分に迫ってくる機械の一部を意に介さず、コクピット内周のモニターを表示させる。
「……」
ハガネの前には、すでに体勢を立て直した赤いのっぺりとした装甲の二本脚が、燃え盛りながら巨斧をこちらに向けて構えている。
モニターに敵性体の名称表示、『TMNT-11 タロス』。
ライアは、ハガネの右腕を動かす為の、右のレバーを目いっぱいに動かした。
「俺を取り込むなんて悠長な事してる暇があるなら目の前の敵を潰せバカ野郎!!」
マギウスを展開する。
ごく狭い範囲で、まるで互いに圧縮し合うかの如く発生したハガネの力場が、さながら長い銃身を経た弾丸の様にして、巨斧を振り下ろす直前のタロスへ直撃した。
しかし
「効かないか!」
タロスは力場ではこゆるぎもせずにその場に踏み出し、巨斧を振り下ろす。
半身にする事でギリギリのラインを避けたハガネは、巨斧が振りあがる前にタロスへ向けて足を踏み出した。
ライアの足は、既に機械に呑み込まれている。
「ミラー!どうなってる!」
「タロスは、全身に耐マギウス用のコーティング装甲を採用しているらしい。それもとんでもなく分厚い奴をな。マギウスは装甲表面で無散し、物理攻撃も完全に耐えるという訳だ」
「冗談だろ……自重で立てないだろ普通はよ!上世界の連中は技術力だけはあるな!」
「嫌な誉め言葉だ」
ハガネが右脚を軸にして、左脚によるハイキックをタロスに叩き込む。
修復の完全ではない右脚だが、軸足にする分には稼働する。
装甲が完全な左脚による蹴りは、確かに十分な威力を持って燃え上がる赤い巨人の顔面に叩き込まれ、全長がハガネよりもある彼の巨人は重心を上から揺るがされ、その体勢を崩して一歩を下がり、足下のアスファルトがめくれ上がる。
だが、それだけだ。
「傷もつかないのか」
「体勢は崩れたぞ。やはり物理的な衝撃は効く様だな……マギウスは散らされるが」
「厄介なデカブツだ。この分だと、奴がオーバーヒートするまで時間を稼ぐしかないな」
「確かにタロスはその冷却能力をマギウスに頼っているとデータにあるが……お前、どうやって見抜いたんだ?」
「勘だ」
ハイキックで上げた足を押し込み、膝からタロスの首に絡みつけ、ハガネの膂力で持ってタロスを支えに全身を跳ね上げた。
その滑らかな動作は、ライアの足の神経接続がハガネに呑まれた事を意味している。
「ライア……」
「心配するな。勝てばいいんだ勝てば。終わったら剥がしてくれ」
「他人頼みか」
タロスの上にかぶさる形になったハガネは、そのまま赤いノッペリした顔を両手で掴み上げて両脚を首から離した。即座に顔面を蹴り上げ、後方に宙返りをして着地する。
ミラーによって力場で制御されたハガネの全身は、タロスとは比べ物にならない程静かに、アスファルトすらめくれ上がらせる事も無い。
対するタロスは、ゆっくりと背中から地面に倒れ、路面を崩壊させた。
同時に、タロスの全身から放射される熱が周囲を溶かしていく。
明らかに熱量が上がっている。
「このまま時間を稼ぐ。ハガネならあの熱量に対抗できる」
「確信していたのか?」
「人類軍の戦車が耐えただろう。軍事兵器というのは耐熱性だけはあるもんだ」
「なるほど。ただ、斧には耐えられないぞ。あれは兵装として特化してる」
「了解した……おい、あの野郎!!」
タロスが身体を起こしながら、同時にめくれ上がった路面に向けて赤く赤熱させた斧を突き立てた。
路面が大きく割れ、その下から何かが大きくはじける音がする。
次の瞬間、噴水の様に水が噴き出してくる。
その水はタロスの全身に降りかかり、燃え続けていた炎を消していく。
外部から無理矢理冷却しているのだ。
「水道管を破裂させやがった!」
「なるほど。街の構造はよーく把握してるらしいな」
「ちっ。コイツがここに残ってるのは、一人じゃ大して動けんからだと思ってバカにしてたが、街にいる事自体は厄介だな!」
「どうする?」
「放熱を外部に頼っている以上、時間がかかってもオーバーヒートを狙う」
「地味だな」
「泥臭いと言え」
「しかし、あまり時間をかけるのは頷けないぞ、ライア。呑み込まれ過ぎる」
「………」
ライアの腕の先が機械に呑まれた。
ハガネの指先が、滑らかに稼働する。
ライアは鼻で笑ってから、モニターに移るタロスを見た。
のっぺりとした重装甲。戦車砲にすら耐えるその防御力に、パワー。
動きは多少鈍重だが、遅すぎるという程の事も無い。
ここまで生き残っている二本脚なだけはある。
欠点と言えば、銃の様な射程武器が無い事だが……
「マギウスも戦車砲も効かず、そこそこの速さを持つ兵器を、どうやってさっさとぶっ殺せばいいんだ?」
「そうやって並べられると嫌な相手だな」
「まぁでもよく考えたら相手からすると俺達とハガネがそうか……よし、やるぞミラー」
「ん?」
「正面から抑え込む」
「だからどうやるんだ?」
「スレイヴンの真似をしてやるのさ」
ハガネが駆け出す。
降り注ぐ水の中で振り上げられた巨斧は、その熱量によって触れる……いや周囲の水を瞬時に蒸発させている。
その巨斧が振り下ろされれば、蒸気が一気に溢れ出し、モニターに映し出されるハガネの視界に白い靄がかかっていく。
ライアは睨みつける様に見ていた巨斧の、その側面からハガネの手甲部分を叩きつけた。
その腕は、力場に覆われていた。
巨斧が力場の流れに沿って逸れていく。
スレイヴンの高振動を真似して形作られた力場だった。
タロスとの遭遇時、ハガネは巨斧をこの力場によって逸らしている。
巨斧には、マギウスを無散させるスペックは無い、という事だ。
(ここだ)
ライアは、地面に向けて振り下ろされた巨斧の長い柄を踏みつける。
ズン、という衝撃と共に斧が地面に食い込む。
「ミラー!」
「マギウス展開!」
マギウスによる力場がハガネの脚部から発生し、その柄を叩き折った。
人型故に力を入れていた前面へバランスを崩したタロスへ、足をかけ、跳躍。
「ミラー!もっと高く!もっと高くだ!」
「全く、ハガネの出力は落ちてるんだからな」
力場が展開し、ハガネはより高くタロスの頭上へ飛び上がる。
「これ以上は無理だぞライア!」
「なら落下するだけだ!」
「おい、スレイヴンの真似というのはあの力場じゃなくて」
「俺達を最初に襲った、高高度からの落下攻撃だ!」
ハガネの巨躯を持ち上げていた力場の展開が止まり、ハガネが落下を始める。
高さとしては、飛行形態になったスレイヴンよりは低い。
まぁ十分だろうとライアは思った。
「力場を再展開!加速させろ!落下をな!」
「無茶も無茶苦茶もさせる男だな!」
タロスは、こちらの意図に気付き、移動をはじめている。
だが無駄だろう。力場の展開により落下位置すら調整できるハガネには遅すぎる回避機動だ。
「吹き飛べぇええええええええ!!」
灰色の装甲に刻まれた、蒼いラインが強い光を放つ。
力場によりハガネが加速。さらに加速。そして加速する。
ショックコーン、直後にハガネが落下する軌跡にプラズマが流れて消えていく。
甚大な加速を得たハガネの巨躯が、電磁加速染みた残像と共にタロスに叩き込まれた。
赤い巨人が、その重量にもかまわず吹き飛んでいく。
衝突の衝撃により、ハガネもまた地面を数回バウンドしながら町中を転がっていく。
建物という建物を粉砕し、しかし途中で体勢を変えると地面に足と手をつき無理矢理にブレーキをかける。
力場が再展開され、どうにか止まったハガネは、立ち上がると同時に走り出した。
「タロスの撃破を確認する!」
「そのまま行け、ルートは出してやる」
ハガネが粉砕した建物の瓦礫で出来た道を逆にめぐり、灰色の巨人は駆けていく。
ハガネ自身も大分吹き飛んだが、この巨躯が踏み出す一歩は大きく、大した距離ではない。
視界の先、瓦礫の向こう側で、炎によって生み出された輝きと陽炎が見えた。
「まだ動いているのか!」
ハガネが飛び出す様にその場へ辿り着く。
モニターには、吹き飛んで横に倒れたタロスが、瓦礫を払って起き上がろうとする姿。
そして、そのタロスに向けてロケットランチャーを放つ軍人の姿があった。
タロスの動きはぎこちなく、直撃した弾頭が再びタロスの全身で高熱を発する。
「猟兵か?」
「……斧は無いんだ。このまま抑え込む!」
「ああ」
ハガネがタロスに飛びかかり、同時にミラーの操作する力場によって瓦礫が次々にタロスへ降りかかる。
上半身を起き上がらせていたタロスの顔面へ、ハガネは瓦礫の一つを掴み叩きつけ、再び地面に横たわらせた。
猟兵隊がロケットランチャーや、しまいにはトリモチ弾の様な拘束弾を放ちはじめる。
無論、タロスの全身が放つ高熱がそれを簡単には許しはしない。それどころか少しずつ無効化されていく。
「起きるぞ」
ハガネが身振りで猟兵へ離れる様にジェスチャーをする。
すぐさま後退した猟兵小隊を尻目に、ハガネは起き上がろうとするタロスへ瓦礫という瓦礫を降り注がせる。
瓦礫とて次から次へと燃えるが、中には溶けて溶岩状になった物体がタロスに粘り付くものもあった。
放熱が満足に出来ないタロスにとってはたまったものでは無いだろう。
だが次の瞬間、タロスの全身から蒸気かガスか、何かが噴き出し、今までとは違う機敏な動作で立ち上がった。
ガゴン、という音と主に周囲に赤い装甲が散らばっていく。
それはタロスののっぺりとした装甲で、タロスが身を覆う代わりに放熱を邪魔する分厚い装甲を脱いだ証。
今目の前には、装甲をほとんど失い、強靭なフレームをさらけだしたタロスがいた。
たしかに、それなら放熱の心配はいらないだろう。
ズドン、という音と共に、タロスの腰が粉砕された。
横あいから放たれたそれは、先ほど後退していった戦車のもの。
見れば、距離のある場所から戦車がタロスに砲塔を向けており、その上のハッチから顔を出した老人がハガネに向けて親指をたてている。
「いいタイミングだ」
ミラーは、間髪入れずにマギウスを展開。
装甲を失い、戦車砲によって腰を破壊されたタロスに、力場を叩き込む。
放熱の問題は解決されたのかもしれない。しかし、タロス最大の能力であった防御力が消えた今。
目の前の巨人は最早敵では無かったのだ。
赤い装甲を失ったタロスは、その全身を完全に圧壊させた。
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