第15話
ミラーが白いワンピースひらめかせながら、崩れた町中の路地を走る。
建物を挟んだ通りでは、2体の人型の巨人が戦っていた。
片や灰色の装甲に蒼い光のラインを刻まれた巨人、ハガネ。
対するは、鎧騎士染みたハガネすら上回るマッシブな躯体をのっぺりとした赤い装甲で覆い、長大な斧を振り回す二本脚。
ハガネに乗っていないミラーには、二本脚の名前は分からない。
だが、あの人間的なシルエットを持つ無人機械が強敵だというのは随分と理解していた。
ハガネは、ミラーの知らぬ内にアップデートされていた自律稼働システムによってパイロット不在のまま、この体格で圧倒されている二本脚に挑むつもりらしい。
ハガネに向けて振り下ろされた斧が、力場によって弾かれ、地面に突き刺さる。
ジュウ……という一瞬の音と共に巨斧はアスファルトに突き刺さった。
ミラーは走りながら、その光景を目にする。
巨斧の刀身が触れたアスファルトが、みるみる内に多少の煙をあげて歪んでいく。
溶けているのだ。
「熱量兵器か!」
思わず口に出したミラーの言葉と同時、ハガネが仕掛けた。
ハガネを中心に、放射状に力場が展開する。
二本脚は巨斧を引き戻す動作の途中だ。
力場はまさに押し潰す動きで周囲の建造物の形を歪ませる。
二本脚もそうなろうと思えた。
だが、巨斧を持つ二本脚は悠然と力場の中で健在である。ビクともしていない。
並の無人機械を圧壊させるハガネのマギウス相手に、それはありえないはずだった。
だが、目の前の二本脚は悠然と己に放たれた力場を引き裂き、ハガネへ巨斧を叩きつける。
横あいからの大振り。
ハガネはそれを避ける事無く迎え撃つ。
防御の姿勢。同時に展開される透明な力場が、ハガネを守る。
巨斧が一瞬、ハガネにぶち当たる寸前で見えない壁にぶつかった。
一瞬だ。
直後、押し込まれた巨斧がハガネを弾き飛ばした。
「ハガネ!!」
灰色の巨人は建物を薙ぎ倒しながら吹き飛ばされていく。
ハガネを吹き飛ばす程の理外の暴力がそこにあった。
二本脚は、巨斧を引き戻しながら、ゆっくりと吹き飛ばされたハガネへと躯体を向ける。
追撃をするつもりなのだと誰もが悟る動き。
ミラーは、ギリ、と唇を噛み、二本脚へホルスターから抜いたハンドガンを向けた。
彼女の身体が、ほのかな燐光を帯びる。
蒼い、蒼い燐光。ハガネの装甲を流れる光のラインと似たその光。
魔法……スペルキャスト。
「こっちだ!二本脚!!」
ハンドガンを乱射する。狙いもロクに着けない雑な射撃だ。
だが放たれた弾丸は不思議な事に、それぞれが意思を持ったミサイルの如き独特な軌道を持って、二本脚の装甲の間隙を狙う。
二本脚の反応は劇的だった、あるいは上世界製である二本脚には、魔法を感知する機能が残っているのかもしれない。
その鈍重そうな見た目の割には機敏な動作でサイドステップをし、巨躯がズレる。
動く度に二本脚の機体が発する熱量によって陽炎が残像の様に残った。
巨斧が振り払われる。
それによって出来た陽炎は、この機体が生み出す陽炎の比では無かった。
文字通り歪みに歪んだ空間が巨斧の周囲に作られる。
膨大な熱量によって作られた壁だった。
特殊な炸裂弾となっている人類軍製の弾丸、その全てが、熱の壁に触れた瞬間に溶けて爆ぜる。
二本脚は巨斧を戻す動作でさらに一閃する。
ミラーの身体を隠していた建造物が、文字通り粉微塵になって崩壊した。
降ってくる瓦礫や粉塵から顔を庇いながら、白いワンピースの少女が二本脚を睨みつける。
無論、二本脚も彼女を見ていた。
「………」
ミラーは即座に走り出す。
逃げる方向ではない。
彼の赤い巨人へ突っ込んでいく、突撃の機動。
わずかに、二本脚が戸惑った様な挙動をする。
ライアがやりそうな手だったし、そして彼女もライアだった。
ミラーの身体を蒼い燐光が覆う。
二本脚へ向けて、再びハンドガンが放たれた。
弾丸は二本脚へ吸い込まれる様に向かっていき、しかし装甲表面へ辿り着くやドロリと解けて意味の無い炸裂をする。
二本脚本体もまた、膨大な熱量を放つ証左だった。
その動作によって生まれた時間は、二本脚が巨斧を振りかぶるのに十分であり。
そして、ミラーが魔法を発動させるのにも十分だった。
「………っ!」
アスファルトを瞬時に溶かす程の熱量を持つ巨斧が、地面を薙ぎ払う。
ミラーは魔法によって強化された身体能力で、地面を蹴った。
同時に、弾切れしたハンドガンを投げ捨て、顔を庇う。
巨斧の刀身は、ギリギリミラーには当たらなかった。
代わりに襲ったのは、人を簡単に熱し尽くす灼熱波。
灼熱がハンドガンに触れると、そこに込められた魔法が発動し、いくらかソレを中和する。
だがそれだけだった。
ほとんど爆風となった衝撃波が、地面を蹴ったミラーを襲い、地に足が着く前に彼女の身体を大きく吹き飛ばす。
ミラーの全身を激痛が襲った。
「ぐ………」
地面を転がる。アスファルトをバウンドし、瓦礫の濁流を流されていく。
大きな瓦礫に叩きつけられ、身体が止まった。
白いワンピースが燐光を帯びている。彼女を守る為の魔法が与えられているのだ。
だがそれでも、彼女の身体に与えられた衝撃は甚大なものであり、すぐに起き上がる事など出来そうもない。
目線だけで、ミラーは二本脚を見た。
赤い装甲を持つ二本脚は、ミラーへ向けて再び巨斧を構えている。
ミラーにとっては遠い距離。だが巨躯を持つ二本脚にとっては、容易く手が届く距離。
吹き飛ばされたハガネはまだ動いていなかった。
呼吸がおかしい。あるいは、それはミラーの恐怖によって生み出されたものかもしれない。
「う……まだ……」
それでもミラーは諦めるつもりは無かった。
彼女は無人機械を破壊しに来たのだ。
例え命消えるその瞬間まで、彼女は諦める事をしてはならなかった。
世界の為に。あの男の為に。
「ライア」
呟きで漏れたのは、好いた男の名。
その瞬間、轟雷の如き耳をつんざく音と共に、二本脚へ一発の砲撃が直撃した。
***
「初撃命中!次弾装填!」
「やってます!」
「車長、いいんすね!?」
「当たり前よお!!突っ込めぇええええええ!!」
バカでかいエンジン音をたてて、ソイツは崩れた道路を直進する。
路面のアスファルトを剝がす鋼鉄のモンスター。
人類軍の陸戦主力重兵器、戦車だ。
戦車は走行しながら、砲弾を二本脚へ向けて発射した。
「砲撃効いてる感じがしませんね!」
「小僧が言った通りじゃな!今生き残ってる二本脚ってなぁ俺達の兵装が全然通用しないらしい!!」
二本脚は放たれた戦車砲では傷ひとつ付いていない。
戦車へ向けて身体の向きを変える。
直後に、砲撃が直撃する。
勿論傷ひとつ付いていない。
傷は、だが。
「戦車砲の衝撃には耐えられんじゃろがい!!」
様々な技術によって反動を打ち消されてはいるが、戦車砲は50t以上ある戦車すら浮かび上がらせる程の反動があるものだ。
つまりその反動を生み出す砲撃そのものが持つ衝撃は凄まじい事になる。
砲弾の直撃を受けた二本脚は、その重量と熱量兵装で、アスファルトにめり込んだ足を、さらにめり込ませた。
一歩として踏み出す事も出来ずにいた二本脚の目と鼻の先に、時速60kmオーバーで戦車が突っ込んでくる。
「砲塔後ろに回せい!!反動制御装置、スイッチ切れ!!」
「は!?」
「はやくしろ!撃てぇええええええ!!」
戦車の砲塔が二本脚とは逆の方向へ向く。
向きは地面へ向けていっぱいに取られ、砲撃が放たれる。
「ィィィイイヤッホォオオオオオ!!!」
反動によって加速した戦車が、二本脚へ向けて突進した。
あまりの加速に車体が浮く。下面を見せながらの体当たりだ。
二本脚はしかし、これを受け止めた。
二本の脚と二本の腕という非効率でパワーも出ないであろう形態であるというのに、戦車の体当たりを受け止めたのだ。
この赤い二本脚の理外の膂力はまさに驚愕に値するものだった。
「コイツ、すごいパワーだ!」
「押し込め!履帯回せぇぇえええ!!」
「トマト野郎をミンチにしてやりますぜ!」
高速でキャタピラが始動する。
端を地面にこすりながら、二本脚を削り殺さんばかりに受け止めた躯体の上を回転する。
火花が散るほどの押し込みに、わずかに二本脚の体勢が揺らぐ。
二本脚の、のっぺりとした顔についた、二対の眼が一瞬強く輝いた。
赤い巨人の周囲の空気が、歪む。
「サーマルセンサーに異常発生!」
「うおっ、履帯が焼き切れる!?」
「へっ、熱量兵装って奴じゃろ!見てたからなぁ!……おう、ピンチじゃ、助けてくれい!」
『任せな』
ポン、と軽い音がした。
それは一発だけではなく、続ける度にポポポン、と気の抜ける様な音がする。
音が発せられたのは、戦車と二本脚の攻防が行われている場から少し離れた位置。
そこにいた第三猟兵小隊の持つ、携行兵装の音だった。
野太い男の声が、彼らの無線を叩いた。
『第三猟兵小隊、あの目立つ赤色に一泡吹かせてやれ』
『『『イエス、サー!!』』』
放ったのは彼らが抱えるロケットランチャーであるが、しかし放たれたのはただのロケット弾でもなかった。
砲弾は放物線を描いて二本脚の頭上に辿り着くと破裂し、中に仕込まれていた金属片をバラ撒いた。
紙吹雪の様に見えるその金属片は、二本脚の装甲に触れると瞬時に癒着する。
次の瞬間、装甲に癒着した金属片が、強烈な閃光を放って発火した。
***
「何が……」
ミラーは魔法で身体を維持しながら、瓦礫から何とか身を起こして、その光景を見ていた。
「何が起きて……」
「オーバーヒートさせるつもりなのさ。機械を動かす限り、放熱との関係は切っても切れないからな。逆に燃やしてやれって言ってやった」
ミラーにかけられたのは、若い男の声だった。
この短い時間に、随分と聞かなかった気がする声で、そして随分と聞きなれた声だった。
「あ……」
「思ったより」
ミラーは、彼を見た。
彼もまたミラーを見ていた。
「無茶をする女だな」
ミラーは、少し震えて、口を開いた。
出て来たのは、さっき呟いた名前と同じ。
「ライア……」
名前を呼ばれた彼は、ミラーから視線を外さす、叫んだ。
「殴り飛ばせ、ハガネ!!」
灰色の巨人が、彼の背後で瓦礫を吹き飛ばしながら現れる。
力場によって加速し、保護された拳が赤い装甲の巨人に叩き込まれた。
先ほどまで戦車砲ではビクともしなかった二本脚は、逆側の建物へ吹き飛ばされ、危うく溶かされかけていた戦車が全速力で後退していく。
ライアはそれを見もせず言った。
「お前が死んだら、俺も困る」
彼は相変わらず無愛想な顔で、ミラーの前に立っている。
「俺にはお前が必要だ」
「一人で突っ込んでいく癖にか?」
「今のお前に言われたくは無いな」
「……耳が痛いな」
ズシン、と地面が揺れる。
ライアの背後で、ハガネが膝をついた。
胸部の三層になった装甲が上下左右に開き、中の見えないコクピットへ、二人を誘う。
「行くぞ、無人機械は皆殺しだ」
「誘い文句にしては血生臭いな」
「他にあるか?」
「お前の大切さを知った、とか」
「そういうのは後にしろ」
「そうだな……ん」
ミラーが手を差し出す。
ライアが眉をしかめてから、その手を握った。
ミラーは、笑った。
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