第14話

 じゃり、とミラーの靴底が音をたてて何かを踏み潰す。

 ガラスの破片が室内に散乱していた。

 戦闘の余波で壊れたのだろう。

 ミラーは窓から外を見て警戒しながら無人の家屋を探る。

 ボトルに入った飲料水と保存食が幾つかあり、それをモーテル街で手に入れたバックパックに入れた。

 魔法は水で作れるが、無限に出せる訳ではない。そして食料は作り出せないのでもっと重要だ。


「食べ物が残っているのは、ありがたいな」


 爆発音が耳に届く。

 くぐもった音で遠く、おそらくは通りを幾つか隔てた向こう側で戦闘が行われているのだ。

 ミラーは眉にしわを寄せ、その方向を睨みつける。


「……ハガネ」


 窓のすぐ外に、灰色の巨人が歩を進めて現れた。

 その胸の装甲は開かれており、いつでも乗り手を待っている。


「いい子だ……やるぞ」


 ミラーはハガネに乗り込み、戦場へと向かった。



 ***



 機械帝国は電撃的に戦場を押し上げている。

 今となっては人類軍、いや人類の最後の拠点として残っているのは大都市フォートグリップだけだ。

 しかしそれは、人類がフォートグリップにしか存在しないという事ではない。

 あまりにも電撃的に戦場を進めたせいで、機械帝国の勢力圏内にポツポツと、水玉模様を描くように生き残りの人類勢力が残っていた。

 機械帝国は彼らを狩り尽くす事に積極的だが、残された人類も無抵抗ではない。

 その様な事情で、機械帝国前線の後方では、こうして散発的に戦闘が行われている事があった。

 ミラーは、エアから奪ったメモリクリスタルを解析した結果、機械帝国が把握してるそれらの所在を掴んでいた。

 彼らを助ければそれなりの戦闘勢力となり、人類軍と機械帝国の主力部隊を挟み撃ちに出来るからだ。


「マナジェネレーター戦闘稼働。マギウス……展開!」


 ハガネが戦場に介入した。

 大型の無人機械の一機が一瞬で鉄くずになる。

 ハガネをセンサーで捉えていた別の無人機械が大型ライフル砲を放ってくる。

 しかしそれは、ハガネの装甲1m程の距離で運動エネルギーを相殺され、ピタリと止まってやがて落下して攻撃力を失う。


『なんだ!?新手か!?』

『いや無人機械と戦っているみたいだが……』

『あのロボットは一体……敵じゃないのか……?』


 集音マイクが、無人機械と戦闘していた人間の声を捉えた。

 ミラーはニヤリと笑った。


「いい反応をしてくれる。ライアとは大違いだな」


 ハガネから力場が展開される。

 それは細長く伸び、銃弾の飛翔にも似た軌道を描き、ライフル砲を放ってきた無人機械の胴体に風穴を空けた。

 ハガネの足は止まらない。


「自己修復された脚部の稼働効率は73%か……まだ本調子では無い、が」


 モニターに照準用レティクルが出現。

 無人機械をロックオンしていく。


「雑魚相手に苦戦する道理はない」


 マギウスにより力場が展開される。

 それらは足下で戦っていた人類を巻き込まない様に細心の注意を払って展開され、無人機械だけを圧壊させた。


「リークスの街でこの機能があればな……」


 ライアを一時的に取り込んだハガネには、彼の戦闘技術を読み込んだと思しき様々な機能がアップデートされていた。

 この照準や細かなロックオンもそうだ。


「終わりか?……おっと」


 緊急回避機構 ─これもまた新たに追加された機能だ─ が作動し、ハガネがその場で少しばかり身体をズラす。

 直後、先ほどまでハガネがいた場所を高速で砲弾が通りぬけた。


「滑空砲か、特殊弾頭だな」


 音速を突破した轟音と共に駆け抜けていった弾頭は、その速度を加速しながら背後へと抜けていった。

 弾頭自身に推進装置があるタイプだ。

 運動エネルギーを常に追加し続けるタイプの攻撃は、ハガネの防御システムと相性が悪い。

 その動きを停止しても、新たに加えられた力で押し込まれるからだ。

 格闘攻撃などを防ぎ切れないのもこれが理由である。

 これをハガネが防ぐには、回避するか、攻性力場によって攻撃手段そのものを撃破するかしかない。

 後者は燃費も効率も悪い上に周囲を巻き込みかねない。

 マナジェネレーターが本調子ではないハガネには選ばせたくない選択肢だ。どっちにしろ攻撃手段が減れば対抗できない。

 必然的に回避を選ぶ事になるのだが


「厄介だな」


 脚の稼働効率が落ちているハガネにとって、回避しなければいけない攻撃というのは鬼門だ。

 マギウス頼みの操縦をするミラーにとってもそうであるから、ライアのおかげで追加された緊急回避機構は彼女にとって頼みの綱となる。


「まぁ、突っ込むしかないか」


 ハガネが視線を向けた先にいるのは、球体型のホイールに支えられた戦車とも言うべき見た目の無人機械だ。

 ミラーはハガネを走らせるが、ハガネはそれに従わず、瞬時に建物の影に伏せる。

 次の瞬間、斜め上から幾つものクラスターボムが降り注ぐ。

 ハガネは自ら展開したマギウスによる防御により、クラスターボムの動きを乱し、周囲に散らした。


「なんだ!?」


 ハガネが解析結果を表示する。

 戦車型の背部ユニットが展開し、そこに装備されたミサイルランチャーから攻撃を受けた事をミラーは理解した。

 あのまま突っ込めば、滑空砲とクラスターボムの飽和攻撃を受け続けるハメになったに違いない。

 防御にリソースを割けば耐えられるかもしれないが、余波で抵抗している人間達が死にそうだ。


「頼もしくなったなハガネ……それもライアのおかげか」


 ミラーはハガネに、戦車型へ影から接近する指示を出した。

 ハガネが地形をスキャンし、一つの行動を開始する。

 すなわち、建物を蹴っての跳躍。


「おいおい、行動もアイツそのままだな。影からって指示は無視か?」


 上空なら戦車型の滑空砲は射角の修正が効かない。

 瞬時にミサイルランチャーから、クラスターボムを放つ為の垂直ミサイルが発射されようとする。


「なるほど、そう言う事か」


 自動で照準レティクルが展開される。

 狙いは展開したミサイルランチャーだ。


「終わりだ」


 ハガネの力場なら、ミサイルよりも速い。

 発射されようとしたミサイルが圧壊し、内部のクラスターボムが停止する。

 その行動はミサイルランチャーの発射口を潰し、続けてミラーは力場をそこへさらに叩き込んだ。

 ミラーだからこそ出来る細やかなマギウスの操作により、クラスターボムそれぞれが無理矢理誘爆させられる。

 戦車型は装甲は大したものなのだろうが、内部爆発は想定していないだろう。

 案の定、戦車型は内側から煙を噴き上げ停止した。

 念のため力場をもう一度叩き込むが反応は無し。

 戦車型を圧し潰すようにその上にハガネを着地させた。


「よし、これで終わりだな」


 ハガネのセンサーには他の無人機械の反応は無い。

 ついでに戦車型のメモリクリスタルを探るが、これは戦闘の衝撃で破損していた。

 仕方ない、とため息をついたミラーは、ふと集音マイクから聞こえる声に気付いた。


『おい!おーい!ハガネだろ!?あたしだよ!』

「……?」


 ミラーが意識を向けると、そこには抵抗勢力に混じりながら、こちらに向かって大きく手を振る軍服の女性の姿。

 ミラーはその姿を確認すると、目を見開いた。


「アレックス!?」



 ***



 ハガネから降りたミラーを迎えたのは、リークスの街で共に戦った第三猟兵小隊のアレックス少尉だった。

 彼女は、最初にミラーを見た時に浮かべていた猜疑心のあった表情も無く、嬉しそうにミラーを見た。


「ミラー!あんた無事だったんだね!」

「あ、ああ……そっちこそ、どうしてこんな所に?人類軍が押し返したのか?」

「それもある。二本脚が主戦場から消えてね。ある程度前線が拮抗したのさ。あたしらは、あんた達の捜索部隊って事になるかな」


 ミラーは怪訝な表情になった。

 機械帝国の勢力圏まで、突然現れたハガネを?


「捜索?」

「ああ。上に話を通してさ……ハガネの事を伝えたんだよ。それで上を説得して、二本脚に連れ去られたあんたらを捜索してたんだ、機械帝国の勢力圏に入ってね」

「そこまでする必要があるのか?」

「あるさ。リークスの街を解放した英雄じゃないか。あたしらはあそこで死ぬはずだったんだ。でもそうはならなかった。命の恩人を探さない訳にはいかないだろ?……ってのは本音だけど、建前は別」


 だろうな、とミラーは鼻で笑った。

 どれだけ危機的状況でも軍隊だ。

 街一つ解放した不確定要素を捜索する為だけに部隊を動かしたりはしないだろう。


「それで、人類軍の目的は?」

「実はね……二本脚が、どうも機械帝国の勢力圏内部で集結してるらしいんだ」

「本当か?どうして……いや、分からないか」

「その通り。人類軍はおそらく、この行動が機械帝国が人類を叩き潰す最後の攻勢に出る為の何かを準備してると予測してる。その調査の為、幾つもの部隊が送り込まれたのさ。リークスの街の奪還で、機械帝国の勢力圏に食い込める道が出来た事だしね」

「そう言う事か……ふぅむ」


 ミラーは考え込むが、おおよその予想はつく。

 おそらくはハガネの出現と、そのハガネがよりにもよって機械帝国の勢力圏内で暴れた事がきっかけだろう。

 例の基地で手に入れた情報により、機械帝国は勢力圏の割にその兵力の総数に余裕がない ─それでも人類軍よりは多いが─ 事が分かっている。

 しかもハガネは二本脚を二種も撃破した。

 このまま後方基地や二本脚を各個撃破されるよりは、集中攻勢に出ようと言うのだ。

 判断は素早く的確だろうが分かりやすいな、とミラーは微かに口の端を上げる。

 機械帝国は上世界製と思われる兵器をことさら警戒しているのだろうが、そのハガネは一機しかいない。

 敵がまとまってくれればやりやすい。単純であればなおさらだ。


「そういやミラー、あんた、ライアはどうしたんだい?ハガネの中かい?」


 その言葉で、ミラーは固まった。


「ミラー?」

「あ、いや……ライアは……」


 次の瞬間、誰も乗っていないはずのハガネが急に動き始める。

 右手でミラーとアレックスを庇う様に覆い、左手を空に向けた。

 直後、ハガネが展開した力場と衝突する様な形で巨大な斧が振り下ろされる。

 斧を振り下ろしたのは、バイザー型の頭部に二対の目を光らせた、人間と同じ二足二腕の無人機械。


逃亡機フュージティヴ……二本脚」


 ミラーが呟いた瞬間、ハガネが力場によって斧を押し返しながら、立ち上がる。

 灰色の巨人は二人から離れる様に、街の建物を破壊しながら二本脚を急激に押し込んでいく。

 しかし、そもそもハガネは自律稼働で動作するシステムなど無いはず……いや、緊急回避機構がそれだとミラーは思い至った。

 ならば、それに類する新たなシステムが構築されているのか?

 だが今はそこまで思考は追いつかず、ミラーは叫んだ。


「ま、待てハガネ!私を置いていくな!」

「ちょっとミラー!」


 制止するアレックスを振り切ってミラーは駆け出した。

 何が何でもハガネに乗りこむために。


「機械が勝手に戦うなら……それは、無人機械と同じ存在になるだけだぞ、ハガネ……っ!」


 今のハガネの状態は、上世界での無人機械の末路までの道筋を、ミラーに思い起こさせた。

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