さよならのハガネ

プロローグ

 そこは、飾り気の無い無骨な空間だった。

 床も壁も天井も鋼鉄で出来たその場所は、まさに格納庫と呼ぶに相応しい寒々しさがある。

 その格納庫には、その広大なスペースとは裏腹に、たった一機の巨大な人型のロボットだけが鎮座していた。

 灰色の身体に蒼い光のラインを走らせたそのロボットは、静かで寒々しさを与えるこの空間に、唯一色彩と動きを感じさせる存在だった。

 そんな空間の中、スピーカーからと思われる反響した声が響く。


『……シールドの展開を視認。の完全起動確認。バイナリーワン、応答せよ』


 答えたのは、ロボットに乗る青い髪の少女だった。


「こちらバイナリーワン。準備完了」

『準備完了、了解。リフトシステムの最終チェックを行え』

「了解……リフトシステムは異常なし」

『異常なし、了解』


 少女とのやり取りに、格納庫のスピーカーから響く声は無機質に答えた。

 この会話も、ハガネと呼ばれたロボットの集音マイクや拡声器のチェックを兼ねている。

 これから行くでは、ハガネの規格による無線通信が通じるとは限らないからだ。


『それではこれより、下世界への転移を実施する。プログラム、スタート』


 スピーカーの声にひとつ遅れて、静かで寒々とした格納庫が急に騒がしくなる。

 あちこちからアームや鋼鉄のブロックや突起物がせり出し、その全てがハガネへと向かっていく。

 この格納庫は、ハガネというロボットたった一機が行う計画の為に用意された格納庫だった。


「……」


 ハガネに乗る少女は、その青い髪をピクリとも揺らすこと無く、ただただ落ち着いている様子を見せる。

 その視線は、このコクピットの前方にある、へと向いていた。

 今は誰も乗っていないその座席に目を向けたまま、少女は格納庫の騒音を耳にしていた。


『転移装置の展開完了。バイナリーワン、我々の業を下世界に背負わせるな。転移開始』

「……転移、開始」


 その一言を最後に、少女とハガネはこの世界から姿を消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る