第1話
10年前のあの時の事を、今も鮮明に覚えている。
あの日、まだ子供だった俺は親友のジェレミーと一緒に街中を走り回って遊んでいた。
パトロールのつもりだった。
いつも通りの街。挨拶を返してくれる酒屋のおじさんや、レストランの娘、タクシーの運転手……。
でも一瞬でその光景は変わった。
街角から、ソイツが現れた。
鈍色の鉄っぽさを隠しもしない、巨大な機械。
街はパニックになった。
三階建ての建物ほどもあるソイツは、大砲になってるらしい腕を振り回して、街を火の海に変えた。
俺とジェレミーは必死に逃げたもんだ。
振り向けば街は完全に火に包まれ、俺達は家と家族を失っていた。
今ではソイツらは“機械帝国”などと呼ばれてる。
世界に突如として現れた、目的不明の無人殺戮機械。
正体も分からない連中だったが、幸いこの世界の武器は効いた。
戦車やら戦闘機やら、色々と持ち出して人間達はその無人機共と戦った。
だがひとつ誤算だったのは、無人機共には人間に匹敵する戦いの知恵があった事。
そう、ソイツらは戦い慣れしていたのだ。
戦術を理解する、無人の機械兵器の軍。
人間は最初から……そして今も劣勢となり、その数を減らした。
人類は、今まさに滅亡の瀬戸際だ。
俺はそんな絶望的な状況で、人類の為に戦う兵士をやっている……。
***
「おい……おい!ライア!起きてくれ!」
「う……」
「良かった。ライア、無事だな」
「おおげさだなジェレミー……何がおこったんだ」
「お前が爆風で吹っ飛ばされたのさ。撤退命令が出てる、逃げるぞ」
ジェレミーがその金髪を泥と塵で汚したまま、ライアと呼んだくすんだ黒髪の青年の肩を支えて抱え上げた。
ライアはどうもまだ本調子で無い様子で、足下が覚束ない。
「ああ、くそ、耳鳴りがヒドイ……」
「あんだけ近距離で爆風を浴びたらそうだよなぁ」
「撤退ってのは」
「この街での戦闘はもうダメって事よ」
「また負けたのか俺達は……」
「そう言うなよ。生きてるだけ儲けてるだろ?」
「違いない……」
ライアは、瓦礫の重なる街中を半ばジェレミーに引きずられながら、後ろを見やる。
建物の向こう側から、空に昇る黒煙が見えた。
響くような巨大な発砲音も聞こえる。
あそこではまだ戦闘が行われているのだろう。
味方の部隊を逃がす為の、殿部隊がいるのだ。
「クソ……ッ」
絞る様についた悪態はジェレミーにも聞こえただろうが、彼は何も言わなかった。
ただ、背後を見ようとしなかった事が、彼の心情を物語っているのだろう。
「……撤退場所は?」
「Kポイント」
「なんだと!?そんなに追い込まれたのか?徒歩だと遠すぎるぞ」
「でも行くしかない。ここはもう機械帝国の勢力圏内になったのさ」
「なんてこった……」
ライアは一度首を振る。
ジェレミーも片頬だけあげた皮肉げな笑いをもらすのを見ると、似たような気持ちではあるのだろう。
二人は響く戦闘音から遠ざかる様に歩みを進めた。
「武器は何が残ってるんだ?」
「お、頭がハッキリしてきたみたいだな。俺とお前の腰についてるハンドガンだけさ」
「これか……」
「一応、無人機械の装甲は抜けるって話だ」
「お前こそちゃんと聞いていたのか?10m以内から関節を撃った場合の話だ。装甲は抜けない」
「マジかよ。近付く前に殺されるよなそれ」
「無いよりは良い」
「まぁそうだけどさ」
会話を続けながら、瓦礫と火にまみれた街を進む。
奇しくもその光景は、二人に10年前の故郷を思い出させた。
が、その思考もすぐに中断される。
銃声。続いて、ドンと響く爆発。
そして断続的な発光が二人が目指す先の建物の影から漏れ出していた。
「戦闘音……!?」
「ジェレミー、もう大丈夫だ。はなしてくれ」
「あ、おい、ライア!」
「行くぞ」
腰のハンドガンを抜き、安全装置を外す。
グリップの感触を確かめたライアは、建物の影からそっと顔だけを覗かせる。
ちょうど曲がり角の通りで、戦闘があった様だ。
通りでは煙を噴いた人型の上半身を持つ三脚の無人機械がひとつ停止しており、その周囲には肩に重火器を担いだ人影がいくつも見えた。
「対装甲ロケット!味方か……!」
背後で周囲を警戒しているジェレミーに手招きする。
「どう思う?」
「猟兵部隊だよな……無人機械と鉢合わせたんだ。味方だよ、合流しよう」
「よし……」
ライアとジェレミーは両手をあげて建物の角から姿を現した。
猟兵部隊からはすぐに銃を向けられるが、それが同じ人間だと分かると銃をおろした。
二人は胸をなでおろして、猟兵部隊へと小走りで近付くと、向こうからは髭面の巨漢が出迎える。
「人類軍第六連隊所属のライア軍曹だ」
「同じくジェレミー軍曹です」
「あんたは中尉?」
「ああ、マックスでいい。生きた味方に会えて良かった」
ライアはマックスと握手を交わす。
兵士として鍛えてるはずのライアの手よりも、二回りもゴツい、熊みたいな手だった。
「じゃあマックス、あんた逃げないのか?」
「本気で言っているのか?」
「撤退命令が出てますよ」
「だ、そうだ」
「我々の後ろにはもうフォートグリップしか残ってないんだ。ここで撤退しても、どこで戦うと言うのだ?」
「なんだって?フォートグリップしか残って無い?ビディストは?マクリガーナだって要塞があっただろ!?」
「んん?聞いてないのか?」
「おいジェレミー!」
ジェレミーはバツの悪そうな顔で、観念した様に口を開いた。
「だってライア、教えたら絶対戦うって言うじゃん」
「当たり前だろ。クソッタレが、人類の最後の都市まで戦場に出来るか!」
「無茶に決まってる。ハンドガンしか残って無いのにどうやって戦うんだよ?」
「それは……」
「ははははは!」
マックスは二人のやり取りに笑い倒し、ライアの肩をバン!と思い切り叩いた。
思わずライアがよろめくほどの強烈な平手だった。
「良い仲間を持ったな………私の部隊は最期までここで敵を喰い止める。なぁに、もう既に部隊員の2倍の数は倒してる。ただの相討ちなんかで終わらせはせんよ」
ライアは言葉を返せなかった。
「さぁ行け。お前達はまだ若い。撤退し、決戦に備えろ。そして機械帝国に勝ち、生き残るんだ」
ジェレミーがライアを促して、移動を始める。
ライアは黙ってそれに従った。
猟兵部隊の面々は皆二人よりは歳上に見え、前を通り過ぎる度に崩した敬礼や挨拶をしてくる。
ジェレミーとライアが猟兵部隊がいる通りを過ぎて角を曲がり姿が見えなくなるまでそれは続いた。
通りを曲がった所には、数台の装甲車があり、女性の兵士がひとりその前に立ち二人を待っていた。
「待ってたよひよっこ共」
「あんたは?……少尉?」
「隊長から装甲車を一台渡す様に言われててね。アレックス少尉だ。よろしく頼むよ」
「ジェレミー軍曹です」
「じゃあこっちのタメ口坊主がライア軍曹か」
「ああ。あんたの名前、あの隊長とそっくりだな」
「あっはっは!ホントに上官にタメ口きいてる!」
「悪いな」
「いいよ別に。指定時間までもう余裕無いからね。Kポイントまで遠いからコイツを使いな!」
「恩に………」
ライアが口を開いた瞬間、背後から爆音。
そしてそれに伴う爆風……衝撃波が三人を襲った。
「何!?」
「あんた達、早く乗れ……ちょっとライア軍曹!」
「装甲車を起動させておいてくれ!」
ライアはすぐさまとって返すと、通りに飛び出した。
先程、通りで沈黙していた無人機械が動いているのが見える。
倒しきれていなかった。再起動したのだ。
マックスとその部下の猟兵部隊はすぐさま散開し通りの脇の建物に潜り込んだが、先程それでやられたのを分かっているのか、無人機械はマックス達が飛び込んだ建物に次々と砲撃を浴びせていた。
猟兵が建物に隠れて攻撃する事を理解した行動だった。
生身の人間は建物の瓦礫に簡単に潰されてしまう。
ライアがとった行動は迅速だった
「おい!」
ハンドガンを連射しながら、無人機械に走り寄っていく。
弾の数を数えながら、注意を向ける為に大声を出す。
無人機械は個体によって使っているセンサーが違う事が分かっている。
ライアの銃弾か、声か、体温か、他の何かに反応してくれればそれで良い。
機械帝国の尖兵は、新たな状況が発生すると一瞬動きを止めるからだ。
そしてライアの望む通り……無人機械は動きが固まった。
「クズ鉄野郎め」
ライアはぐるりと回り込むように走り込む。
マックス達が潜り込んだ建物から無人機械の射線を外す為だ。
さらに言えば
「有効射程は10m……」
……ハンドガンの射程に潜り込む為でもある。
無人機械の内部に貫通した後にこのハンドガンの弾は炸裂し、奴らの内部機器をズタズタにする。
無人機械にハンドガンのサイズでもなんとか有効なダメージを与えようとした技術開発員の努力と情熱に、今ばかりはライアも感謝した。
どんな厳しい条件だろうと、効くなら倒せるはずだからだ。
素早く弧を描きながら、無人機械の懐に滑り込む。
しかしその頃には、無人機械の一つ目もこちらを見ていた。
「お前、光学認識なのかよ」
一呼吸の間もなく引き金をひく。
攻撃も着弾もこちらの方が早かった。
吸い込まれるように弾頭が無人機械の脚部関節に直撃する。
外部フレームを貫通した。そして内部で小爆発。
無人機械の身体が傾いでいく。
だが腰から上の上半身を回転させた無人機械のバズーカになった腕から、砲弾が発射されていた。
ライアは機敏な反応で横っ飛びに瓦礫に飛び込むものの、放たれた弾の爆発と衝撃で空中へとふき飛ぶ。
警鐘を鳴らす脳内に、しかしどうにも出来ず、瓦礫でバズーカの弾頭から身体が守れたからまだマシだなどと思考が流れる。
ライアは、地面に激突する衝撃を予想した。
だが衝撃の代わりに聞こえたのは、女の声。
『思ったより無茶をする男だな』
ライアの身体は空中で止まっていた。
正確には、空中で受け止められていたと言うべきか。
巨大な鋼鉄の手の平に、おさめられていたのだ。
そのままゆっくりと地面に降ろされると、ようやくライアは、自身を受け止めた者の全体を見上げる事が出来た。
それは人型の巨大な機械。
だが機械帝国の物とは違う、ある種の趣味的な見た目を、そう、人の手によってデザインされたと分かる姿の
灰色の……鋼の巨人の姿だった。
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