第3話
「よし、チームを再編する。ミザレ、クリスは動ける人間を引っこ抜いてアルファとブラボーのチームを結成しろ。アルファリーダーはミザレ、ブラボーリーダーはクリスだ」
「了解しました」
「了解!」
「怪我で前線での活動が怪しい連中はガンマチームだ。指揮車両の護衛を担当させる。オペレーターチームとガンマチームの指揮はアレックスがやれ」
「了解です、隊長!」
「ライアとジェレミーは俺と一緒に来い」
「分かった」
「了解であります!」
「巨人の嬢ちゃんとの通信はどうだ?」
「繋がりません」
「無線を積んでないと言うことは無いだろうが……」
「直接聞く」
それを聞いたライアが、即座に指揮車両後方のドアをあける。
迷いのなさにマックスが困惑の顔でジェレミーを見るが、彼は肩をすくめるだけだ。
外に半身を出すとライアはすぐ真横を並走する灰色の巨人を見上げる。
「改めて見るとデカいな……」
『ライアか?何か用か?』
「作戦が決まったが、そっちに無線が通じない」
『ふむ、やはり規格が違うか……?少し待ってくれ、チャンネルは?』
ライアが口頭で伝えると、彼の装備する無線にジジ…と音が走る。
だが、それだけだ。
「どうした?」
『通じない様だ。規格が合ってない様だな』
「そんな事があるのか?」
『目の前にあるさ。そうだライア、お前も一緒に乗れ』
「なんだって?」
ライアが声を上げると同時に、ミラーが乗る巨人の正面にある胸の装甲が開いていく。
内部は暗く、見通せない。
ミラーが乗り込んでいった、コクピットがその大口をあけている。
『お前がその無線を持ってこっちに来れば、それで解決だろう?』
「ふむ……」
ライアは後ろを向き、マックスとジェレミーを見やる。
聞こえているはずだ。
ライアは二人に頷き
「分かった。そうしよう」
『そうこなくては』
巨人の手が、走る車両に向けて伸ばされる。
ライアがその巨大な掌に飛び乗ると、後ろから慌てた声をかけられた。
ジェレミーの声だ。
「おいライア!」
「心配ない」
「そういう問題じゃねぇだろ!」
「ジェレミー軍曹、構わない」
「中尉……」
「坊主!お前さんにソイツの監視を任せる。俺の指示には従えとミラーに言え!」
「了解」
マックスが開いた装甲からコクピットに乗り込むと、そこは立ち上がる事も出来ない程に頭の低い、やはり武骨で装飾の無い内装が広がっていた。
ただ、曲面で丸く構成された様なコクピット内部の灰色は、巨人の表面を流れる蒼い光のラインと同じ色のラインが走る、不思議で未来的な光景となっている。
ライアは、これが自らの知る技術で作られている物なのか、疑問に思うほどに。
それに外から見ると真っ暗で何も見えなかったのに、コクピットの中はこんなにも明るいというのは、どうにも受け入れがたい。
そんなライアに、ミラーは少し笑って声をかけた。
「マックスに、私も了解したと伝えてもらえるか?」
「何?」
「指示に従えと言っていただろう?」
「ああ……」
「座ったらどうだ」
ミラーは、自らの前方に位置する座席を示した。
このコクピットは、前後に二つのシートが設置されている。
まるで誰かが、いや、ライアが座るのが分かっているかの様に用意されたシートに、彼は腰を下ろした。
ミラーはライアの背後から、声をかけた。
振り向くが、シートの正面に設置された機器のせいで彼女の顔は見えなかった。
「座れたか?」
「ああ。コイツは複座型のマシンなのか」
「そうだ。一人でも動かせるが、まぁ座席が空いてたらもったいないだろう?お前がいてちょうどよかったよ」
「何よりだ……ハッチを閉めてくれ」
「了解」
ライアの正面に見える、コクピットへとつながるハッチが閉じて再び装甲となった。
直後、曲面を描く周囲の壁が、灰一色から転じ、流れる風景を映しだす。
「これは外の風景を?」
「勿論」
「ヘッドマウントディスプレイで見せる技術は知っているが……凄いな。それにコクピットが、外から見るより広い」
「内部の空間を亜空間と連続させている。人が乗るには狭すぎるから、広げているのさ」
「なんだそれは……本当に人間の作った技術なのか?」
「当然だろう?人間が動かしているんだからな」
「コイツは一体なんなんだ」
「“ハガネ”だ」
間髪入れずに、ミラーが答えた。
「コイツの名前は“ハガネ”。無人機械から世界を救う、鋼の巨人さ」
***
乗り込んでからやや遅れて、指揮車両へとライアから無線が繋げられた。
「“ハガネ”よりマックス。こちらは問題ない」
『その巨人の名前か?』
「ああ。そうらしい」
『了解だ坊主。“ハガネ”の二人は、以降こちらの指示に従え』
「分かった」
「分かっているさ、隊長殿」
『よし』
しばらくすると全車両が部隊再編の為に停止する。
ものの一分と経たず再編がなされる中、マックス達は装備の点検を行う。
マックスは、手元の通信機からライアとミラーに作戦の概要を説明していた。
『アルファとブラボーは、これから横道にそれて友軍部隊の側面に回る』
「機械共は戦術を解する。小型の機械が、その友軍部隊の側面に移動しているはずという事だな」
『そうだ。分かるのか?』
「勘だよ、隊長殿」
『それは良い物を持ってるな。ハガネを敵だと誤認させない為、友軍部隊にはガンマチームとオペレーターチームを接触させる。我々は最後に戦闘に介入するぞ』
「了解した」
ふと、ライアの持つ無線にジェレミーの声が混じった。
『おいライア』
「どうしたジェレミー」
『しっかりやれよ』
「ああ」
***
リークスの街は長く伸びた形をしていて、非常に細い。
だが、それが街の大きさとは一致しない。
この街は、非戦闘員の人々が暮らしていた都市のひとつであるからして、大きさだけはある。
ただ、戦闘の舞台となる事を想定した作りではないこの街は、微妙に歪んだ大通りが街のど真ん中を突っ切っており、そこから枝葉の如く小さな道が街中をぐねぐねと練りまわるように広がっていた。
戦闘車両がマトモに行き来できない街だ。
当然、人間が操る兵器よりも巨躯である無人機械共にとっては、非常に動きづらい街である。
軍勢で進行するには大通りを通るしかなく、逆に大通りから伸びる小さな道には体躯の小さな無人機械が少数しか行動できない。
ただ兵器の大きさは、その機のパワーの強さも表す。
故に、機械帝国の主戦力は、極めて当然の如く大通りを進行する。
これを迎え撃つのは、人類軍の砲撃部隊だ。
大通りを進む無人機械に対してアウトレンジからの砲撃を行い続け、奴らを足止めする。
そうする事で、このリークスの街から人類軍の仲間達が撤退する時間を稼ぐのが、砲撃部隊の役割だった。
本来なら、彼らはその側面に展開しはじめていた、小型無人機械の攻撃を受けるだろう。
機械帝国は無人の機械の集団だが、戦術を解する故に、力押しだけに頼ったりはしない。
だが、砲撃部隊が攻撃を受ける事は無かった。
リークスの街から撤退せずにいた部隊、第3猟兵小隊のアルファとブラボーのチームが、これを迎撃した。
彼らは生身で戦うが故に、街中での戦闘は得意中の得意だった。
自走砲台を使わなければならない混成部隊とは、小回りが違う。
さらに言えば、無人機械が小型であればある程、彼らにとっては攻撃の通しやすい獲物に成り下がる。
『アルファチーム、右側面、敵第一波、クリア』
『ブラボーチーム、左側面、同じく。後続する第二波を確認、狩りに行く』
また、砲撃部隊には猟兵小隊のオペレーターとガンマチームが合流している。
増援らしき味方の姿に、砲撃にかき消されない様に殿軍の指揮官が叫んだ。
「味方か!?何故戻ってきた!」
「勝てるらしいですよ!」
「何だと?」
次の瞬間、彼らの頭の上に影がかかる。
巨人だ。灰色の鋼鉄で出来た巨人が、部隊の頭上を跳びこしていく。
「なんだコイツは……」
「味方です!撃たないで!」
アレックスは、巨人を見送りながら言った。
「鋼の巨人とミラーか……希望を映す鏡にしちゃ、些かドラマチックすぎるね」
***
着地。
ハガネの脚部が、大きく曲げられ、片腕を支えとして地面につく。
戦闘で剥げていた道の舗装がさらにめくれ上がり、巨大な陥没を作る。
直後、ハガネは滑らかに立ち上がり走り出した。
『こちらマックス。敵をマークする』
「了解。ミラー!」
「任せろ……」
ミラーが何がしか操作する。
ライアは、目の前のコンソールに広げた地図やタブレット端末、アナログなツールを使ってマックスから送られた情報にターゲットする。
コンソールの操作が分からず、それを悠長に聞く暇も無かったが故の、ライアの苦肉の策だった。
「その曲がり角の先だ。すぐ目の前にいるぞ!」
ハガネは、着地の時にめくり上げた道路のアスファルトを、最早傷一つ付けもしない。
思い起せば、ライアが助けられた時も、周囲に殆ど影響を与えていなかった。
この機体の滑らかな挙動には、何らかの力場を使っているのだろう。
何らかの力場……ライアには全く想像がつかない技術だ。
(今考える事じゃないな)
この機体を支えるよくわからない技術、力。
それは最も頼りになる攻撃手段にもなる。
「見えた!」
「ひねり潰しにいく。捕まっていろよライア」
ハガネが身体を、側面方向に斜めに傾け、道を曲がる。
曲がり角の先で開けた視界の中に、両腕がバズーカになった虫の様に放射状に広がった四脚を持つ無人機械。
彼奴の頭部は巨大なカメラになっている。
光学認識タイプ、おそらくは照準精度を高める為か。
だが、その精度を求める目付きが、行動の遅延を生む。
ハガネが、灰色の装甲に流れる蒼い光のラインをいっそう強く輝かせた。
次の瞬間、四脚の両腕が圧壊する。
(同じだ。俺を助けた時と)
攻撃手段を失った無人機械は、素早く後退する為に脚部を蠢かす。
「逃がすものか」
ミラーはそれに即座に反応した。
ハガネが跳躍し、上方から四脚を蹴りつける。
その特徴的な脚の一つを折った。
多少バランスを崩した隙をつき、ハガネが四脚のボディに抱き着くようにしがみつき、その無人機械特有の巨躯を、力任せに地面に引きずり倒す。
直後、ミシッという音を一瞬だけ響かせ、無人機械のボディが完全に圧壊した。
まるで見えない掌に叩き潰されたかの有り様だ。
「力任せだな」
「ふん?悪かったな」
「いや……良い。無人機械がこれほど簡単に倒せるなら、それで良い」
ライアは、コクピット内の視界を塞ぐ、無人機械の残骸に目をやりながら、無線機を手に取った。
「マックス、ジェレミー、次の指示をくれ」
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