第2話

 世界は2つある、って話を知ってるか?

 なんでも、この2つの世界はコインの表裏の様になっており、この世界の裏側には誰も見た事の無い世界があるらしい。

 バカバカしい。

 誰も見た事が無いなら、なんでもうひとつの世界があるなんて分かるんだ?

 小さい頃によく聞かされた、ただのお伽噺さ。

 そう、思っていた。


 

 ***



 ライアを助けた灰色の巨人。

 巨人は今、その片膝をついた姿勢で、傾いだ体勢の無人機械と至近距離で向き合っている。

 手を伸ばせば届くような ─巨人にとってはだが─ 距離だ。

 巨人がその身の表面に流れる蒼く光るラインを一際強く輝かせると、ライアの見ている目の前で無人機械の両腕のバズーカが圧潰した。


「は……?」


 巨人の仕業か?

 だが巨人は指一つも無人機械には触れていない。

 ライアは状況どころか起こった事実をすら呑み込めずに声を出した。

 直後、下にいるライアを潰さない様にだろうか。

 上半身だけを滑らかに動かした灰色の巨人が、無人機械の頭部を掴み、地面へと叩きつけた。

 ライアは両手で顔を庇い衝撃と風圧によろけるが……それ以降の衝撃は無い。

 おそるおそると目を開ければ、ライアの目の前には彼を守る様に広げられた巨人の手の平がある。

 やがて巨人が手をどけると、そこに見えたのは頭部どころか上半身すら巻き込んで破壊された無人機械の残骸だった。


「やったのか……?」

『やったとも』


 答えた声に、ライアは反射的に灰色の巨人を見上げた。

 妙に耳に透き通る女の声。

 ライアは初めて聞く声に、どこかで良く聞いた様なデジャヴを感じた。


「その声、やっぱり女か?と言うかコイツは有人機なのか……?」

『そうとも

「なん……何故俺の名前を……いや、味方なのか?」

『そうだぞ』

「そうか……なら、瓦礫に埋まった奴がいるんだ。助けてくれないか」


 透き通る声の持ち主は、ライアの言葉を一度鼻で笑うと


『冷静だな。それに図々しい』

「味方なんだろ?」

『そうだったな……』


 再び灰色の巨人の、その表面に流れる蒼いラインが一際強く輝く。

 すると、周囲の瓦礫が不自然に空中に浮かび上がっていくではないか。

 ライアはやはり、その光景を酷く冷静に見つめていて。

 そして、瓦礫の下に、目的の人間を見つけた。


「いた、マックス!無事だな!」

「坊主……なんで逃げなかったんだ……」

「言ってる場合か」


 マックスを始め、瓦礫を浮かび上がりその下から姿を見せた他の猟兵達にライアはすぐにかけより、浮かぶ瓦礫の下から連れ出した。

 マックスは瓦礫に潰されていて、怪我を負ってはいたが無事な様子だ。

 他の猟兵隊員も、大小の怪我はあるが生きている。


「誰も死んでない……」


 ライアは、彼らをどうにか瓦礫の無い地面に運びながら、傍らの灰色の巨人を見上げた。

 あの巨人がいなければ、間違いなく誰も彼も死んでいるはずだ。


「助かった」

『ん?私に言ったのか?』

「ああ、おかげで全員助けられる」

『ふふ、律儀な男だ』

「よく言われる」


 彼らを手当てし始める内に、エンジン音が響いてくる。

 置き去りにしていたジェレミー達が乗る装甲車だ。

 戦闘音が無くなったから、こちらに来たのだろう。

 彼らが装甲車を停止するとほぼ同時に、トンッと言う軽い着地音が聞こえる。

 ライアが振り向けば、そこには白いワンピースを着た、青い髪の少女が立っていた。

 瓦礫と煙の戦場であるこの場所に、酷く不釣り合いな格好だった。

 しかし、ライアはまるで自分自身を見たかの様な錯覚を覚え、眉間に皺を寄せた。


「お前があれに乗ってたのか」


 ライアが口に出せば、少女はさも愉快そうに口の端を上げると


「まぁそうなる」


 とだけ答えた。

 ライアが再び口を開こうとすると、いつの間にか装甲車から降りていたアレックスが、銃を少女に突き付け


「知り合いかい、ひよっこ?」

「いや……」

「連れない事を言うなよライア」

「向こうは知ってるみたいだねぇ……名乗りな小娘」


 やはり愉快げな目をして、青い髪の少女はアレックスを見やった。

 アレックスが長身なのもあり、その目線は見上げるようになるだろう。

 だが、まるで余裕なのは少女であった。


「ミラー」

「何?」

「私の事だよ。ミラーと呼んで欲しい」


 ライアはどうにもミラーと名乗る彼女の言い方にしっくり来なかったが、アレックスはひとつ頷くと銃は降ろさないまでも、納得した様だった。


「ミラー、ね。何者だい?」

「味方だよ、ただの」


 アレックスの問いに、ミラーはおかしそうにニヤッと笑い答えると


「こんな話をしていて良いのか?お前達の仲間は怪我をしているんだろう?」

「チッ。その言葉信じるよ?」


 アレックスは銃を降ろすと、すぐさま隊員達に近寄り、ライアより余程手早く手当てを行う。

 ここは任せていいかと思ったライアは立ち上がり、妙な顔でミラーの横に立つジェレミーの元へ移動する。


「何があったんだよ?」

「この……ロボットと女が、突然現れて俺達を助けてくれた」

「そうとも。感謝して欲しいな」

「なんだそりゃ……」

「それよりミラー。ひとつ聞きたい」

「なんだライア?」

「それだ」


 ライアはミラーと目を合わせると、疑問に思っていた事を聞いた。


「何故、俺を知ってる」


 ミラーは不思議そうな、あるいは愉快そうな顔で答えた。


「それは重要な事なのか?」

「……そう言われると自信は無い。ただ気になるだけだ」

「ふふ、正直な男だな」


 ミラーはライアの額を人差し指でコン、とつつくと


「名前しか知らんよ」

「なんだそりゃ……」

「だが信じて欲しいな。私はお前達を助ける為に来たのだから」


 白いワンピースの少女はそう言うと、灰色の巨人に乗り込んでいく。

 三層の装甲が上下左右に展開され、巨人の胸が開いていた。中にあるコクピットは暗く見えない。

 再び装甲が閉じ、ミラーの姿が見えなくなると、ライアは言った。


「おい、ミラー。最後に聞かせろ」

『なんだ』

「この街にいる無人機械を倒せるのか。お前と、この灰色の巨人は」


 それは、強い決意のこもった声だった。


『倒せるとも』

「俺達は勝てるのか」

『勝てる』


 ミラーは事も無げに言った様に思える。

 だがライアは、自分の言葉と同じ強い決意を彼女の言葉に感じた。

 だからこそライアはその言葉に頷き


「ジェレミー、装甲車の準備をしておいてくれ」

「戦う気か?」

「マックスと話をしてくる」

「話聞けや」


 ライアがマックスに向かうのを見て、やれやれとジェレミーは首を振りながら装甲車に乗り込む。


『苦労するな、お前……えーと』


 だが、そこでミラーに声をかけられたジェレミーは、身体を半分だけ乗り出した。


「ジェレミーだよ。ま、勝てる、なんて言われたらな」

『それだけでか?』

「あんたマジでどっから来たんだよ?今まで人類軍は負け続きだったろ。俺達が故郷を失ってからずっとな……だから余計にな。勝てるって言われたら」

『賭けてしまいたくもなる、と言うことか』


 みんなホントは勝ちたいのさ。ジェレミーはそう毒づくと、装甲車に完全に乗り込んだ。

 ミラーは、それ以降は何も言わなかった。

 灰色の巨人からは、彼女の表情は、うかがえない。



 ***



「マックス。相談がある」

「……戦うのか坊主。ホントにやれるのか?」

「分からない。でもやる価値はあるだろ、どうせ死ぬ気だったんだからな」

「言うじゃ無いか」

「力を貸してくれ。あんたの部隊が必要だ」


 ライアが座り込むマックスに手を伸ばした。

 頭と腕に包帯を巻いたマックスはニヤリと笑って彼の手を取り、立ち上がる。

 猟兵隊の手当てを終えたアレックスも、ライアと巨人に助けられた猟兵達も、二人を見ていた。


「良いだろう坊主!」


 マックスは、ライアが思わず顔を顰める程のデカい声で答えた。


「俺の部隊に腑抜けはいねぇ!俺達はなんだ!?」


 アレックスが、他の猟兵達が、叫んだ。


「「「猟兵だ!」」」

「そうだ!俺達はちっぽけな生身で、無人機械をデカいスクラップにする!それが俺達の使命だ!」


 マックスは、耳がキンキンと響いてしかめっ面のライアに、言った。


「勝てるってんなら勝とうじゃねぇか坊主。俺達は無人機械をぶち殺すスペシャリストだ。アイツらをぶち殺せるってんなら乗らない理由があるか?」

「無いな」


 そうだろう、とマックスは子供が泣きそうな面に笑顔を浮かべて頷いた。

 だが今は、頼もしい。


「ミラー、決まったぞ」

『ほう、何が決まったんだ?』

「機械帝国を、この街から叩き出す」



 ***



 マックスが率いる第三猟兵小隊の指揮車両内に、ライアはいた。

 オペレーター及び索敵はアレックスの分隊が担当しているらしく、彼女とその部下達は指揮車両内の端末や運転席の前に座っている。

 他にはマックスとジェレミー、分隊の隊長が二人ほど、この車両内に存在した。

 指揮車両はかなりの大型で、ギリギリではあるが、彼らはこの中に揃う事が出来た。

 指揮車両の壁に展開されたモニターには、作戦地図や外の様子が映し出されている。

 他の分隊は装甲車に乗って、そしてミラーは巨人を走らせて、猟兵小隊が隊列を作って移動する様が見えた。


「それで?どうするつもりだ坊主」

「まずは殿の部隊を救援する」


 作戦地図に映された街並みが拡大される。


「このリークスの街は元々防衛に適した構造はしていない」

「ああ、だから俺達は負けたんだろ?」

「そうだジェレミー。ただ街の構造上、無人機械共の主力サイズだと移動するルートが限られる」


 示されたのは街の大通り。

 そこを、猟兵部隊の背後に向けて長い矢印が描かれた。


「敵のメインの進行ルートは大通りを真っ直ぐだ。だから、殿の連中はこの大通りで遅滞戦術を展開してる」

「それじゃ、砲弾が尽きた瞬間に殿軍は全滅するな」

「お互い織り込み済みだろう。機械帝国は、殿の弾薬が切れた瞬間に攻め入ってくる。それまでの時間を命を賭して稼ぐのが彼らの役割だ」

「マックスの言う通りだ。だから、この事態を解決するには純粋に敵を全滅させる必要がある」

「その戦力が、あの巨人という訳か」

「そうだ、俺達はアイツに賭ける」

「本当にやれるのか?」


 車内にいた誰もが、指揮車両に並走する巨人を見た。

 灰色の巨人。目的も装備も戦力も不明。

 だが味方だと、ミラーは言った。


「やるしかないんだ。人類は、もう悪魔にでも賭けるしかない」

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