第4話

「敵機撃破」


 ライアとミラーの乗るコクピット、そこに映る外の光景には、破壊され尽くした無人機械がゴロゴロと転がっている。

 ハガネは、足下に転がる、今しがた破壊したばかりのそれを邪魔だとばかりに足でのけ、リークスの街の大通りを進んでいく。


「ふぅ、これで何機めだ。全く、手間のかかるやり方をさせるものじゃないか、ライア?」

「すまんな。街に、あまり傷はつけたくない」

「ふふ……分かっているさ。街への被害を気にしなければ一瞬で方がつくのにな。可愛い男だ」

「たまに言われるな、そう言う事」

「それは若いからだろう。可愛くない男の方が珍しいのさ」


 確かに年上にばかり言われるな、とライアは思った。

 動かせないコンソールの上、ライアが広げた地図には、幾つもの印がついている。

 敵を撃破した地点だ。

 今そこに、新たな印がついた。


 ハガネは、近接戦闘で無人機械を破壊していた。

 ミラーの言によれば、リークスに存在する程度の敵勢力ならば、遠距離から一方的に破壊も可能らしい。

 数十機はいるだろう無人機械の主力型を一斉に破壊する事も出来る。

 だが、それは街の損害を気にしなければの話だ。


「リークスでの戦闘はほぼ無人機械の勝利で終わっている。連中の大部隊は、もうこの街にはいないはずだ」

「残るは残党狩りの部隊という訳だ」

「ああ。街に散った小型機械は友軍に任せる。俺達は、残党狩りの主力である、敵大型無人機を殲滅する」


 小型の無人機械は、嫌らしい戦法や機能を持っている事があるが、人類軍の歩兵にとってコイツらは敵ではない。

 生身の人間のスペックと軍人が使う携行火器は意外に強烈で、小型機械共は正面からでは軍人に勝てる性能をしていない。

 それは機械としての機能を詰め込むスペースが無い事もあるだろう。

 故に、機械帝国は同サイズ以上なら人類軍のものより性能で上回る、主力の大型機械で蹂躙してから、小型の無人機械を戦場に解き放つという定石を取る。

 人類軍側が敗北、あるいは撤退した後ならば、残る軍人は少ない。残っている民間人なぞ言わずもがな。

 敵になる数が少なければ、勝てるだけの数の小型機械で押しつぶすという訳だ。


「ふぅん、そうなっているのか。では」

「……?なんの話だ?新種でも見た事あるのか」

「いや、強いて言えば旧種だな」

「旧……?」


 気にするな、と言ってミラーの声がしなくなる。

 ライアは、ハガネが走り抜ける街を見ていた。

 誰もいない街。かつては多数の人が行きかっていた大通り。

 これを取り戻したい。


「ミラー、もし歩兵に対抗できる小型機械がいるなら……」

『こちらジェレミー。ライア!敵をマークするぜ!』

「……ああ、了解した」

『どうした?疲れたか?あともう少しのはずだぜ、頑張ってくれ』


 ライアは、後ろを振り向いた。

 ミラーの顔はコンソールで塞がれ、何も見えない。

 彼女も、何も言わなかった。


「いや、大丈夫だ。この街から連中を叩き出そう。なるべく綺麗にな」

『その意気だぜ相棒。通信終了』

「……」


 ライアは、顔を正面に戻す。

 すると通信を終えるのを見計らってか、ミラーの声がした。


「相棒だとさ。今のお前の相棒は私だよな?」

「……そうだな」

「つれない男だ。安心しろ、こっちで見ていないなら、お前が気にしてるような小型はいない」

「そうか」


 今は、それでいい。

 そう答えたライアに返ってきたのは、鼻で笑うような吐息の音だけだった。



 ***



 ハガネが地面を蹴りつけて走る。

 正面にいる、逆関節かつ足先がキャタピラになった大型が、そのボディについた機関銃を放ってくるだろう。

 大型は5機。

 数では圧倒的に不利だ。

 その5機全てから放たれた機関銃の雨の中に向けて、ハガネは真っすぐに突撃する。

 放たれた無数の銃弾は、ハガネの前面1m程の空間で、その全てがピタリと止まっていた。

 ハガネの装甲には、傷一つない。


「豆粒如きではな」


 ミラーが、その透き通る様な声で、敵を嘲笑った。

 ハガネが片腕を横薙ぎに振るう。何もない空間だ。

 しかし、その直後、5機の無人機械全てが、見えない何かに衝突されたかの様に轟音をたてる。

 1機は完全にボディが抉れ、機能を停止していた。


「ん?」


 ライアは、機能を停止した無人機械が倒れ伏した瞬間、その奥にいる存在を見た。

 球体がゴムボートに乗った様に見える姿。

 タイプは大型で、他の無人機械よりも大きい。

 しかし、それに見合ったパワーのある武装はぱっと見では見当たらない。

 あれは……


「指揮官機か!ミラー!その4機は無視するか、一瞬で潰せ!奥に指揮官機がいた!」

「ほう。つまり、ソイツをやれば」

「ああ、少なくともリークスの街は取り戻せる」


 破壊できた1機は、おそらく背後にいる指揮官機に被害がいかない様に盾となったのだろう。

 だから、ハガネの見えない力場による直撃を喰らったのだ。

 無人機械は戦術を解する。人間とてそうだ。

 その為に必要なのは、強力な通信設備を前線に持ってくる事。


「その指揮官機は、通信に特化してるという訳だな」

「ああ。奴を潰せば、この戦場に存在する機械帝国は孤立する。あとは烏合の衆……とまではいかないが、人類軍で何とかできるはずだ」

「お前達は、大規模なネットワークを世界に構築しなかったのか?」

「何を言ってる?そんなもん、無人機械が利用すると分かった瞬間に、全部壊したろう」

「ふぅん、そうか。、正しいな」


 ライアは、そんな事も知らないのか、とは口にしなかった。

 ミラーが世間知らずにしても度を越して知らなすぎるという事は、これまでで分かっていたからだ。


「お前は何者なんだ」

「言っている場合か。少し派手でもいいな?」

「……まぁ、この場合は仕方ないか。だが最小限にしてくれ」

「はいはい」


 次の瞬間、大通りとそれに面した建物の前面部分が一瞬で圧壊した。

 その場にいた4機の大型も同様に。

ついでに言えば、道の先にいた指揮官機も、ペシャンコのガラクタになっている。

 なるほど、圧倒的な力だとライアは目の前の光景を見て改めて理解した。

 街への被害を気にしないのならば全滅させられると言った彼女の言葉を、ライアはこの時に完全に信じた。


『どわぁ!?おい、そう言う事やるなら先に言え!危ねぇだろ!』

「ふん、そんなヘマはしないさ」

「ミラー」


 ライアの咎める様な言葉に、コンソールの向こう側から、白い華奢な腕がヒラヒラと振られた。

 そっちで適当にしろ、という事だろう。

 ライアは無線機に向かい


「ああ、すまん……悪かったな。だが、指揮官機をやったぞ」

『え?』

『こちらマックス。確認した。よくやった!おそらく、ここに敵が固まっていたのは、指揮官機を守る為だろう』

「たった5機でか?」

『大通りとはいえ、限られた空間で全軍を広げる事は出来ないからな。道に広げられる数でハガネへの迎撃に出すしかない。ここに展開できるだけの戦力で固めていたはずだ』

「なるほど。ならこれで全部か」

『そのはずだ。本当によくやってくれた』

「だそうだ、ミラー」

「ふふ、悪い気はしない……?」


 コクピットに、ブザー音が響いた。

 いや、アラートか。

 ミラーが即座にコンソールを弄る気配がする。

 直後、圧壊していたはずの指揮官機が、さらに見えない力場で圧壊させられた。


「どうした?」

「チッ……潰し方が甘かった。どこかに通信を送った様だ。悪足掻きだな」

「それは、面倒な事になりそうだな……ジェレミー、マックス」

『どうした?』

「新手が来るかもしれない」

『何?いや、待て……なんだこの音?』

「音?」

『響く様な感じの』

『コイツはジェット音……空からか!?』


 ハガネが、頭上を見上げた。

 青と雲しかない空に、ハガネのメインカメラが補正をかける。

 黒い点の様に見える機械の鳥が、飛行機雲を作りながら飛んでいた。


『アレは……ヤバイ!だ!!』


 マックスの叫びと同時、鳥の様に見えるソイツの形が変わる。

 機首が折りたたまれ、翼が複雑に分割される。

 やがて現れたのは二対の目と、人の様な二本の足と腕。

 多少機械なりの歪さはある。

 だがそれはまごう事無き

 それを見たミラーは叫んだ。


逃亡機種フュージティヴか!」


 次の瞬間、人間型の機械が、ハガネを目がけて落下してきた。



 ***



 二本脚と呼ばれる無人機械が、機械帝国には存在する。

 機械帝国の出現の際、最も初めに現れた機械は、その全てが人間と似た二腕二足歩行だったからだ。

 人に類似する形態をとっていると言えば良いのか。

 そうは言っても、二足歩行などこの世界では非効率な兵器だ。

 人類側も、そう言った最初の無人機械共は幾つも討ち取っている。

 機械帝国も学んだのか、それからは人間に似た二足歩行の新型兵器は ─逆関節や二脚のフロート型などはあるものの─ 投入してきていない。

 そうであるから、二足歩行の機械が恐れられている理由は単純なのだ。

 つまりそいつらは、この戦争がはじまる、というだけ。

 人類軍に破壊されもせず、逆に被害を与えて消えていく、最も最初の無人機械群……の生き残り。

 人類はその全てを『二本脚』と呼び、恐れている。

 彼らは生き残ってきただけの強烈な戦闘力を持って、戦場に現れるから。


 奴らは機械帝国のエースだった。



 ***



「ミラー!!」

「……っ」


 鳥型から変形した二本脚が、ハガネの展開する力場に激突する。

 高高度から落下する、巨大質量による突撃だ。

 迎え撃つハガネは、しかし耐えきれずその巨躯を吹き飛ばされた。

 コクピットの中は酷くシェイクされ、映し出される外の光景もグルグルと回り続ける。

 やがて、一際大きな衝撃と共に回転がおさまる。近場の建物に衝突したのだろう。

 頭をふったライアは、外の光景を見やる。

 同程度の衝撃を受けたはずの二本脚が、無傷で地面に降り立っていた。


「くっ、おいミラーしっかりしろ!」


 ライアが慌てて自分の座席からミラーの方を覗き込めば、彼女は青い髪を無造作に投げ出して失神していた。

 顔の横を、血が一筋流れている。

 おそらくは、今の衝撃で頭をうったか何かして気を失ったのだろう。

 ライアは一瞬だけ眉をしかめると、すぐに自分の座席に戻り、コンソールの上に広げてある地図なんかのツールを全て乱暴に ─今の衝撃でほとんど吹き飛んでいたが─ どけた。

 正面の映像では、二本脚がその二対の目をこちらに向けるのが見える。


「このままじゃマズい……」


 ライアは、自分の座席のコンソールを弄り回す。

 どうにかしてハガネを動かさないといけない。


『ライア!ミラー!二人とも無事か!?おい!』

『ジェレミー軍曹!二本脚の相手をするぞ!』

「何?待て!」

『くっそう!了解!』

「おい、待てって言ってんだよ!クソが!マイクが故障したのか!?外には……外部スピーカーはどれだ!?」


 建物の窓から、ロケットランチャーが二本脚に向けて放たれる。

 不意打ちだ。直撃。

 しかし、二本脚には傷一つない。

 二本脚は、その人に近い構造の足を止め、建物に顔を向ける。

 そのまま腕を動かし、変形した翼の片翼が片腕に装着された。

 まるで巨大な剣の如き威容、まさに翼剣。

 やがてヒュィィィインと甲高い音が翼剣から鳴り響きはじめ、マックスとジェレミーのいる建物に叩き込まれた。


「ジェレミー!マックス!!」


 崩れた瓦礫から、発砲音がする。

 誰だ?

 見覚えのあるヘルメット……こぼれおちた金髪。

 足が瓦礫に巻き込まれている。

 二本脚が、翼剣を振り上げた。煩わしい蝿を叩き落とすように。

 瓦礫から微かに見える横顔が、ふとこちらを向いて、ゆっくりと口を動かす。

 次の瞬間、叩き込まれた翼剣に、彼の姿がかき消えた。


──ライア


「ジェレミィイイイイイ!!ちくしょう、やりやがった!やりやがったな!!」


 コンソールに表示された知らない画面に拳を叩きつけると、ライアが座る座席の脇が稼働し、彼を席に縛り付ける。

 同時に彼の横にレバーが飛び出し、足下の席が変形しペダルの様なものがくくり付けられる。

 ライアは、無意識にレバーを左右の手で握った。

 ハガネの瞳に、そして灰色のコクピットと装甲を流れる蒼いラインに、光が灯る。


「動けぇえええええええええええええ!!!!」


 轟音と共に、ハガネの拳が二本脚の顔面に叩き込まれた。

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