第5話

 不思議だった。

 身体の動かし方が分かる、という不思議に似ている。

 レバーを握った瞬間、灰色の巨人の動かし方が、ライアには手に取るように……いや、手を動かすように理解できた。

 だからこそ、それを不思議に思う理性が浮かんだのは一瞬だ。

 無意識に動かせるなら、意識に浮かび上がる情動に脳内を支配されるのは当然。

 ライアの頭の中を埋め尽くした怒りの感情に。


「うぉおおおおお!!!」


 コクピットという密閉空間に、ライアの叫びが木霊する。

 まるで自分の身体の様に動くハガネの巨躯は、滑らかな動作で持って、目の前の二本脚に拳を叩き込んだ。

 一撃、二撃、いやそれ以上。

 ベースにあるのは軍隊格闘術か。

 息もつかせぬ拳の連打。

 だが、質量によるものか何か、二本脚の体勢を崩す事は出来るものの、その装甲に傷一つとしてつけられない。


「空飛ぶ癖に、そんなに分厚い装甲してるかよっ!」


 怒りの中で、ライアの中の冷静な部分が思考を開始する。

 二本脚が、その片腕につけた翼剣で斬りかかってくる。

 ハガネの手甲の如き腕で受け止めようとし、わずかに装甲へ喰い込もうとした剣身を見て咄嗟にいなす。

 甲高い音と共に地面に深々と翼剣が突き刺さっていき、やがて音の停止と共に完全に突き刺さる途中で止まる。

 それを見やった刹那、ライアはハガネの両手を二本脚の肩に置き、その上で逆立ちするかの如き挙動で、置いた両手を支えに両足を空に向けて跳び上がる。

 二本脚の姿勢が、ハガネの自重により崩れ落ちる。

 同時に、鷲掴みにしているはずのハガネの両手も二本脚の装甲の上を滑り出した。


「………っ!!」


 ライアはそれに構わず、ハガネの巨躯を地面に向けて叩き落す。

 片脚を曲げ、かかと落としの構え。

 狙うは、地面に突き刺さる翼剣と装着している二本脚の腕。

 翼剣を狙う動きに気付いたか、自由の効く片腕でハガネを払おうとする二本脚だが、そもそも片腕が地面に突き刺さったのと同じ状態であり、無理な姿勢だ。

 人間型であるなら、そのバランスの欠き方は命取りになる。

 ライアは、自分から両手を離して二本脚の片手をやりすごすと同時に、狙いの片腕と翼剣へ向けて、脚を振り下ろした。


 轟音。


「避けたか、器用な奴」


 翼剣と腕の接合部は砕いた。

 しかし、直前で切り離したのか、そもそもの奴の腕は無事だ。

 ハガネは地面に伏せる様に着地し、突き刺さった翼剣を乱雑に抜きながら立ち上がる。

 二本脚は、もう片方の腕に翼剣を装着していた。


「俺が持っても地面に突き刺さらない。そういう機能がついてるのか」


 再び甲高い音が、二本脚から鳴り響く。

 正確には翼剣か。

 ハガネの持つ方からは鳴らない。

 ライアは、瓦礫を二本脚にぶつける軌道で蹴り上げると、ぶつかる瞬間を見届けずに突撃する。


「その音、高振動か!」


 二本脚が盾にする様に、剣の腹を瓦礫に向けた。

 剣身に触れれば瓦礫が削れるように弾け飛ぶ。

 よく見れば、二本脚の身体にぶつかった瓦礫の欠片も滑るように弾き飛ばされている。

 全身が ─翼剣程の高振動ではないにしろ─ 振動しているのだ。空を飛ぶ時は、この振動を利用してこの巨躯と出鱈目な変形に、飛行能力を与えているという所か。


「だが……」


 ライアはそうやって敵を見定めながらも、突撃には一切の躊躇を見せない。

 翼剣を構え直し、まるでハガネの進む方向に置きに来る様な斬撃をする二本脚を、ライアは瞬きすらせずに見つめた。


「見え透いた動きじゃあなぁ!」


 ハガネが持つ翼剣の残骸を、二本脚の翼剣にあわせる。

 弾き飛ばされそうになるのをハガネの膂力で持って抑え込み、切り裂かれそうになりながらも翼剣でもって翼剣をいなす。

 ライアは口元に笑みを浮かべた。

 高振動に耐えられる構造のなら、ハガネの装甲よりも翼剣の盾にするのにちょうどいい。

 今までこういう相手と戦った事が無いのだろう、二本脚の動きはワンパターンで単調だ。

 再びいなされた翼剣を地面なぞに持って行かれないように、二本脚は甲高い音を止める……つまりは厄介な高振動の停止だ。

 ライアは、いなすのに使った翼剣の残骸を正面に滑らせるようにして、振動を止めた翼剣とその腕に叩き込んだ。


 二本脚は全身を振動させる事で、攻撃を全ていなすのだろう。

 だが、質量や運動エネルギーの大きさからくる影響は受け止めるしかない様で、ハガネの拳を受けた時は傷は付かずともよろめいていた。

 つまり、弾きづらい速度で質量武器を叩き込めば奴にはどうあっても効く。

 さらに言えば、奴の身体に手を置いた直後は、奴の身体は振動していなかった。

 エネルギーか何かは知らないが、振動させ続けるのにも限界がある事は分かる。

 であれば、先ほどと同じ状況……翼剣の振動を止めるかどうかする状況に持ち込めばいい。

 よしんば予想が外れても、奴の全身を飛び上がらせるだけの翼は、十分な質量兵器となる。

 パワーはこちらの方が上だ。


「とったぞ」


 ハガネの膂力と翼剣の残骸で持って、ライアは二本脚の片腕を叩き折った。

 今度は翼剣ごと。


「これで厄介な武器は消した」


 ハガネの持つ残骸を投げ捨て、ライアは二本脚に飛び掛かる。

 腕を失ったせいでまたもやバランスを崩した二本脚を、その慣性を利用して地面に叩き落す。

 上向かせた足裏を踏み潰し、両脚を奪う。


「まともに立てるって事は足の裏も振動しない、そうだよな!」


 折れた片腕の断面にハガネの両手を突き刺し、内部の機械を握りつぶしながら捻りだす。

 装甲以外には振動しないらしいが、精密機器で詰まってるのだから、これは当たり前か。

 ライアは冷静な思考を同居させながら、怒りのままに二本脚の破壊を開始する。

 壊れかけの腕を引きちぎり、さらに脚を踏み砕き、そうして背部の飛行用と思われる推進装置に手をかけようとした時。

 抑えつけていた二本脚の片腕が、高い音をたてる。


「なにっ」


 二本脚は身をよじり、ハガネの肩部装甲に指をつけると、ボーリングの玉に空いた穴の様に振動で穴をあけ、その装甲を掴み上げる。

 直後、残る身体部分が変形していき、破壊された脚が不格好な鳥爪の形を取り、ハガネを固定する。

 推進装置が轟音ともに噴射された。

 二本脚はハガネを掴んだまま、みるみるうちに地面から遠ざかる。

 ライアの身体が、加速によるGでシートに押し付けられた。


「コイツ………っ、まだ飛べるのか!」


 あっという間に霞んでいくリークスの街を尻目に、ハガネは何度も二本脚の拘束を振りほどこうとする。

 だが、その度に振動により弾かれ、攻撃部位を探そうと隙を見せれば振り落とさんばかりの機動で暴れられ、上手くいく事はないだろう。

 そのまま雲の様子が見える程に飛び上がり続けると、そこでようやく二本脚はその指と鳥爪をハガネの装甲から離した。


「落下死を狙ったか!?この!!」


 ハガネが二本脚に掴みかかる為に手を伸ばすが、装甲の振動に滑り落とされ、地面に自由落下していく。

 怒りの色に染まった視界の中で、ハガネの腕は空しく空を掴もうともがき、怨敵たる二本脚は遠ざかろうとしていった。

 死ぬのか、こんなとこで、コイツも倒せず。

 ライアは叫んだ。


「クソぉおおおお!!」


 ふと背後から、透き通った、彼女の声がきこえた。


「………まだだ、ライア!」


 ミラーの、強い叫び。

 瞬間、目の前にいる二本脚の推進装置が圧壊……いや、圧壊とまではいかないが、押しつぶされる様にその形を歪ませた。


「チッ、やはり耐性があるか」

「ミラー、奴を追いかける方法は無いか!?」

「全く、人使いが荒いぞ。寝起きなのに……」


 不満そうな言葉とは裏腹に、その声音は楽しそうですらある。

 二本脚は自由の効かなくなった推進装置を何とか噴かしながら、地面へ向かって墜落していく。

 ミラーはそれを追いかけるようにハガネに落下コースを取らせる。

 ハガネは着地する寸前に驚異的な減速をしていき、やがてあの高度から落ちたとは思えない程の軽やかな音をたてて、見渡す限りの荒野に着地した。


「危ない所だったな、ライア」

「ああ、本当にな」

「まさか、何も教えてないのに動かせるとは。やはりお前で正解の様だ」

「聞きたい事はある。だが後だ。今は奴をやる……ジェレミーとマックスをやりやがった」

「……そうか」


 ミラーは、自らの顔に流れる血を拭った。

 着ているワンピースにつくと困る、一張羅だ。

 彼女は自らの頭部に手を当てると、その

 ライアからは見えていない。

 ミラーは、何事も無かったかのようにライアに声をかけた。


「よし、寝ていた分は挽回させてもらうよ」

「そうしてくれ。行くぞ!」

「お前が動かすのか……?」


 ライアの操縦で、ハガネが走り出す。

 目の前、離れた位置に黒煙が噴き出す地点が分かる。

 二本脚の墜落地点だ。

 ハガネの巨躯からもたらされる移動速度ならば、視界の中で遠かろうとあっという間だ。

 二本脚は、墜落地点から動いていなかった。


「当然と言えば、当然か。脚もやったからな」

「ほう、私の力も無しにここまでやったか」


 二本脚はまだ生きているが、ほとんど虫の息と言えるだろう。

 ミラーは感心していた。


(マギウスの展開すら無しに、逃亡機種フュージティヴを追い詰めたのか。この世界の法則のなせる技か、それともこの男のセンスか)


 どちらかと言えば後者であってほしいとミラーは思う。

 ハガネが動き出すが、すり足の様にじりじりとした間合いのはかり方だ。

 ミラーは首を傾げ、ライアに聞いた。


「どうした?何をしている?そのまま叩き潰せばいいだろう?」

「奴の推進装置がまだ生きている。隙をつかれるのはごめんだ」

「そんな事か。そう言う事はさっさと言え」


 ミラーがハガネを動かし、片腕を二本脚に向ける。

 向けた手を握りつぶす様に動作させれば、今度こそ完全に二本脚の推進装置が圧壊した。


「どうだ?」

「……上出来だ」


 彼女の自慢げな声に、ライアはつとめて無感情に返した。

 二本脚は推進装置がやられたと見るや、甲高い振動音を全身から鳴らしはじめる。

 しかし外から見るライアにとってそれは、無駄な足掻きにしかならなかった。


「根性だけはあるな」


 ボロボロになった二本脚の身体が、振動によって地面を削り出す。

 それで身を守るのか、移動するつもりなのか。

 ライアは、近づいたハガネに掴みかかってこようとする二本脚の動作を回避させ、墜落の衝撃で装甲が剥がれ落ちた部分に、ハガネの貫き手を加えた。

 ハガネの腕が二本脚の内部に叩き込まれると同時、ミラーはその腕の周囲に力場を発生させる。

 二本脚の内部がズタズタになり、甲高い振動音が消えていく。

 ものの数秒と経たず、二本脚はその動作を停止した。


「敵機破壊。私達の勝ちだ」

「ああ……そうだな」


 ライアは、息を吐いた。

 重いため息だった。


「やったぞ、ジェレミー、マックス……」


 聞こえた呟きに、ミラーは何と返すか考えたが……結局何も返す事は無かった。

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