第9話

 ライアはモーテル街の角に潜んでいた。

 ブゥンという独特の機械音を耳にしながら、息を殺す。

 まぁ、息を殺したところで連中の感知センサーが何を積んでるか分からないから、どこまで効果があるかは不明だが。

 とにかく、ライアのすぐそばの通りには、小型タイプの無人機械がいた。

 見た目は球体から板状の脚が突き出た……何というか蜘蛛とくす玉の合の子の様なデザイン。

 大きさは小型犬程で、その気になれば蹴り飛ばしても破壊できるだろう。

 球体の一面だけレンズが付いていてるから、光学認識装置 ─つまりカメラだ─ を積んでるのだけは間違いが無かった。

 機械帝国が安価に量産する情報収集用マシン、人類軍コードは『スキャナー』。


(何故こんな所に……と言いたいが、機械帝国の勢力圏だからな。当然いるか)


 ソイツは、そのままカサカサとモーテル街を彷徨っている。

 時折建物の前でスキャニング光を発し、そうした寄り道をしながら街中をぐるぐると周回していた。

 スキャナーの名前の通り、この機械は物体の構造やルートの解析を担当していると人類軍では思われている。

 つまりコイツはここで何かの情報を集めていると推測できるだろう。


(何をスキャンしてる?別に俺達やハガネを探してる訳では無い様だが……)


 ライアがサブマシンガンの安全装置を外した。

 スキャナーは非戦闘用の雑魚だが、一応武装はついている。

 弾数は少ないが、ボディアーマーを貫通する小型高速弾を撃ってくる単発機銃。

 唯一の兵装ではあるし、人体を貫通するから見た目よりひどい怪我にはならないだろうが……今は多少の怪我すら命取りだ。

 何せ味方は近辺には存在しない。

 人間なんぞ大体どこを撃たれても致命傷だ、治療の期待が出来ない場合は死ぬだけだ。


(ルートは見えた。他に無人機械は見当たらない。やるか……3、2、1……!)


 ザッと地面を足で削り角から飛び出す。

 スキャナーが音に反応し、球体についたカメラが瞬時にこちらへ向けられた。

 トリガー。


「くたばれ、蜘蛛野郎」


 サブマシンガンから放たれた無数の弾丸がスキャナーの躯体を抉る。

 通常弾だが、この蜘蛛に似た無人機械を停止させるには十分だ。

 十分に撃ち込んだと見るやライアは引き金を戻し、銃を構えたまま無人機械の残骸に接近する。

 油断なく銃でスキャナーを狙いつつ、その残骸を蹴り転がす。

 動かない事を確認し、息をついて銃を降ろした。

 そのライアの頬に、つん、と何かがつつく感触。

 瞬時にライアはナイフを抜いて振り向いた。

 青い髪の女が、両手をあげて目をそらしている。

 ライアは顔を引きつらせてナイフをしまった。


「ミラー……お前マジでふざけんなよ。反射で殺したらどうするつもりだ、勘弁してくれ」

「すまない、可愛い顔があったのでつい。代わりに食べ物を見つけたぞ、ほら」


 ミラーはどこで見つけて来たのか背負っていたリュックサックを広げてライアに見せる。

 中には缶詰と瓶詰めらしき保存食が無造作に突っ込まれていた。

 それを見たライアは、こちらをじっと見つめるミラーに視線をうつす。

 ミラーはウィンクを返した。


「これで許してくれ。お前は見つけて無いんだろう?これでトントンだ、な?」

「……」


 鼻から息を吐き、ライアは頷いた。

 食料を見つけてないのはその通りではあるからだ。

 それを見たミラーはニヤリと笑うと、即座にしゃがみ込み、ライアが破壊したスキャナーの残骸をつついた。


「で、コイツはなんだ?」

「小型タイプで、人類軍がつけたコードネームはスキャナー。情報収集用のマシン……と思われている」

「ほうほう」


 穴だらけになった球体を持ち上げ、彼女はしげしげとそれを眺める。

 そんな彼女にライアは


「目的は分からん。別にハガネを探知して動いていた訳ではなさそうだ。建物をスキャンしてただけだった」

「知りたいか?」

「何?」

「コイツの目的だよ」

「……分かるのか?」

「いや、分からん」

「おい」

「だが」


 ミラーはおもむろに壊れたスキャナーのボディを地面において立ち上げると、それを思い切り踏みつけた。


「待て、その足でやるのは……」

「まぁ見ていろ」


 彼女は白いワンピースに似合う白いサンダルを履いている。

 足首の辺りを紐で固定するレースアップサンダルだ。

 ほぼ素足がさらされた状態の彼女の足で、機械を踏みつけるのは勿論、破片が刺さる可能性が高く危険だ。

 ライアはそれで止めたのだが、とうのミラーは気にせず何度もスキャナーのボディを踏みつけて、やがて踏み抜く程の勢いでボディが割れた。

 フレームは尖り、彼女の足を強くひっかけたはずだが、その洒落たサンダルにも足にも、傷一つ付いていない。

 ただし、彼女の足は薄い光を放っていた。


「……魔法、って奴か」

「そう言う事。お前の足よりも硬いさ、多分」

「曖昧だな……」


 呆れたようなライアの言葉にミラーを肩をすくめた。


「さてさて、お目当てのものは……おっ、これだ」


 ミラーは割れたスキャナーのボディをあさると、指先程のクリスタルを基盤らしき部品から引っぺがす。

 ライアは首を傾げた。


「それがなんだ?」

「私達の世界の記憶媒体さ」

「記憶媒体……?この小さなクリスタルがか?」


 人類軍は機械帝国に対抗する為、勿論のこと破壊した敵無人機械を分析している。

 だがそのどれにも、記憶媒体らしき装置を見つける事が出来なかったとライアは軍事教練で教わっている。

 ライアはその時の教官が言った言葉、そして上世界の事を話すミラーの言葉を思い出した。

「法則が違う」という言葉を。


「……電気的に記憶する装置は見つけられなかったと俺は聞いている」

「電気?お前達は機械の記憶装置を電気で運用してるのか?」

「ああ。やはり、そっちの世界では違うのか」

「少なくとも電気では無いな。ほら、クリスタルをよく見てくれ」


 ライアに見せつけるように、ミラーはクリスタルをその目に近づけた。

 正八面体、色は透明だが若干青く見える。

 良く言えば宝石の様だが、そうでなければありきたりな人工水晶の土産物のようにしか見えない。

 だがこのクリスタルは良く見ると、その内部が薄ぼんやりと光っているのが分かるだろう。

 それに気づいたライアは


「光ってる……いや、光が渦巻いてる?」

「上世界では、光を用いて記憶情報を保存する技術が一般的だ。この小さなクリスタルの中には、莫大な光情報が眠っているはずだ」

「どうやって解析するんだ」

「ハガネにセットするだけさ」

「そうか。ならすぐにでも戻……」


 ──きゃあああああ……


 悲鳴。

 ライアとミラーが顔を見合わせたあと、即座にライアが走り出す。

 出遅れて彼を止められなかったミラーが叫んだ。


「こら、ライア!一人で行くな!」

「ハガネを動かしてくれ!俺は悲鳴の聞こえた地点に行く!」

「コイツめ……お前が死んだら私も死ぬんだからな!」


 ライアは銃を保持する手とは逆の手を上げてミラーに返事をした。

 もう声がハッキリとは届かない位置だ。

 ミラーは少し逡巡すると、リュックを背負いなおし、スキャナーのクリスタルを握りしめてハガネに向けて走り出す。


「あのバカ、今ならジェレミーの気持ちも分かるぞ……!放っといたらすぐ死にそうだ」


 口をついて出たのは、ただの愚痴だ。


「全く、支えがいのある奴だこと」



 ***



(悲鳴をあげた奴はどこだ……)


 ライアはモーテル街を駆け抜ける。

 地面を蹴り、慣性に引っ張られそうになる身体を力任せに制御してカーブ、その後に続けてダッシュ。

 目の前に無人機械。球体のついた蜘蛛みたいな奴、スキャナー。

 奴の銃身周りの空間が歪んでいる、発熱の証。


「発砲したのか!機械風情が!!」


 ライアはスキャナーがこちらを向く前にサブマシンガンの引き金を引いた。

 モードはバースト。3連続で発射された弾丸は1発は外れ地面へ穴をあけ、2発目はボディへ、3発目は運よく板状の脚の一つをひっかける。

 銃撃により体勢を崩したスキャナーへ走り込み、横へ蹴り飛ばす。

 そのまま蹴り飛ばした方向へ銃を向け、トリガー。

 あっというまにスキャナーは穴だらけになる。


 ライアはスキャナーから目を外し、周囲を見る。

 人が一人倒れていた。

 女性だ……人類軍の制服を着ている。

 生き残りがいた、ライアはそう思えば駆け寄った。


「無事か……っ」

「み、かた……?」


 女性軍人は胴体を数発撃たれていたが、特に酷いのは左胸……心臓に銃弾が貫通していた。

 処置は出来ない。

 ライアは眉間にしわを寄せると、女性軍人のドッグタグを見やり


「クレオ伍長、遅くなってすまん。俺はライア軍曹だ」

「ぐん、そう」


 クレオと言う名の軍人は、その手を持ち上げる。

 ライアは握ろうとしたが、彼女は軽く首を振って、とある方向を指差した。


「ひと、こどもたちが、いるの……」

「人が残っていたのか……?」

「おねがい」


 クレオは次第に呼吸がかすみはじめながら、ライアの目を見ていった。

 苦痛と、他の何かを想い、彼女は涙を流していた。

 ライアは一も二も無く頷いた。


「任せろ」


 クレオは微笑もうとして、咳き込み、吐血する。

 ライアは歯を噛みしめると、彼女の額に銃口を向ける。


「介錯してやる。よく市民を守った。お前は軍人の誇りだ」


 銃声。ライアは、クレオの瞼に手をあてるとそっと閉じる。

 クレオが示した方向をライアは見た。

 煙があがっている……その後に銃声と爆発音。

 数秒でそれらは聞こえなくなるだろう。

 そして、彼は地面に拳を叩きつけた。


「クソ!クソ!!クソが!!!何が軍人の誇りだ!その俺は何も守れちゃいないのに偉そうに!!」


 ずん、とした揺れ。

 ミラーの駆るハガネがライアの下に来ていた。

 しばしの沈黙のあと、ミラーが外部スピーカーを通してライアに声をかけた。


『……ハガネの近くに大型が一匹いた。始末した』

「そうか」

『で、だ。スキャナーと大型のクリスタルを、ハガネに読み込ませた』

「そうか」

『連中、新型を作っている様だ。この世界にさらに適応した新型をだ。その為に、この世界に自然に存在する……有機的物質をスキャンして解析しているらしい』

「そうか」

『ライア。連中の基地が近くにある。どうする?』

「決まってる」


 ライアは、ハガネを見上げた。

 ハガネの胸部が開き、三層の装甲が展開してコクピットへの入り口が現れる。

 ライアはハガネに乗り込むため、巨人のもとに向かいながら、言った。


「叩き潰す。機械帝国であるものは全て。この地上から、ひとつ残らず」


 ミラーは何も言わなかった。

 彼女の目的とて、もともと同じ事だったから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る