第10話
無人機械が、煙の中から姿を現す。
数は3機、いずれも大型無人機械。
三脚の脚部になっている下半身が特徴であり、脚先には丸い車輪がついている。
膝は曲がるようになってはおらず、いわゆるデカいキャスターがついた様な印象を受けた。
代わりに腰回りが柔軟に稼働し、360度上半身を回転する……あるいは下半身そのものがその場で回転する事で平地での戦闘では無類の走行性を見せる。
上半身はいびつな四角形の胴体に三門の機関砲を装備し、人類軍には解析不能な射出機構により弾丸を高速で発射する。
また、脚部には脚一本につき一つ、低位置を攻撃できる二連装ミサイルランチャーを装備。
その正面戦闘における機動力は人類軍の主力戦車を優に上回り、戦車の数倍はあるはずの全高すら物ともしない性能を誇る陸上兵器。
人類軍コードネーム『トライウィーラー』。
潜伏していた人類を殲滅し終えた彼らは、モーテル街へ敵対人類の殲滅に向かった一機の通信途絶を確認する。
再結集した彼らは目標をさらに再設定。
状況の確認のため、その進路をモーテル街へ向けようとしていた。
直後、中央にいた一機が、モーテル街から来る巨大な反応を捉えた。
灰色の巨人型機械……。
その躯体表面には蒼い光のラインが常に流れ、人類に近しい動き方をする為の構造が各部に見て取れる。
鎧騎士に似たデザインのソレをセンサーに捉え、トライウィーラーのコアプログラムが警鐘をあげる。
それは、機械帝国をこの下世界に墜ちるまでに追い込んだ者達と同じ反応があったからだ。
彼ら天敵のことを、機械帝国は絶対に忘れなかった。
危険性を認識した瞬間、即座に射撃する。
だがその全ての弾丸は、灰色の巨人から1mほどの距離で、その運動を停止した。
まるで逆向きの力で、引っ張られたかの様な挙動。
その瞬間、灰色の巨人は跳躍した。
全身を流れる蒼い光のラインが強く瞬く。
トライウィーラーの高さすら超え、巨人は太陽を背にし、二対の目だけが逆光の中にギラついた。
巨人の名は、ハガネ。
魔法と機械技術により作り出され、異なる世界の二名により操られる、複座型戦闘兵器。
どちらかだけではその性能の真価を発揮する事は無い。
故に、合金の代表格たる鋼の名を冠するのだ。
「死ね」
脚を曲げ、トライウィーラーの上に勢いをつけてハガネが着地する。
下世界ではあり得ない動きをするハガネに、下敷きとして潰されたトライウィーラーは何一つ反応が出来なかった。
ハガネは敵のコア部分と思われる胴体がスクラップになっているのを見て取ると、そのガラクタを蹴りつけながら回避行動をとるだろう。
直前までハガネがいた場所を、他の二機のトライウィーラーが放つ銃弾とミサイルが通りぬける。
数発は下敷きになったトライウィーラーに当たり、最早残骸と言っても過言ではない有り様へと変じさせた。
だがハガネに乗る者にとっては、トドメを刺す手間が省けたな、という程度の感想しか湧かない。
「落ち着けよ、ライア」
「分かってる。防御用に力場を展開しろ、突撃する」
「……ああ」
ハガネを動かしているのはライアだ。
変形した座席に縛り付けられながら、それを通して巨人の巨躯を自在に操作する。
だがライアには、マギウスなどという理屈の分からない兵装だけは満足に扱えなかった。
こちらを担当するのはミラーだ。
ハガネの操縦自体は、軍人として実戦を走り回ったライアの方がミラーよりも得手だった。
だからミラーは、ハガネの操縦権をライアに渡し、自らはマギウスの調整などに集中する事にしたのだ。
「マナジェネレーター出力変調。マギウスフィールド、リプローシヴベクトルで展開。行け、ライア」
「ああ」
ハガネが加速する。
騎士染みた躯体を半身にし、肩部装甲を前面に。
タックル。
「コクピット内、慣性制御。耐ショックプログラム、起動」
ハガネのタックルにより起こされた結果は一方的だった。
トライウィーラーは壊れたブロック塀の如くバラバラになり、吹き飛んだというのに、その事象を起こしたハガネは一切の無傷。
ミラーにより完全に制御されたシステムは、無茶苦茶な行動を起こしたはずのハガネのコクピット内すら微々たる衝撃で抑え込む。
「次だ」
ハガネが地面を強く蹴りこむ。
足先が地面にめり込み、三機目のトライウィーラーへ向けて方向を転換。
トライウィーラーは後退しつつ、射撃姿勢へ。
「ライア、無茶をするな。あとは力場で……」
返事は、ハガネの加速だった。
人間と同じ二足歩行であるからこそ出来る急加速。
圧倒的なまでのトップスピードへの移行速度。
これが機械には無い人間の利点だと、軍でライアは徹底的に叩き込まれる。
ハガネにもまた、同じ事が言えた。
そして人間とは違う兵器であるハガネは、最高速度も段違いだ。
トライウィーラーはこの変化に対応できない。
かろうじて放った数発の弾丸とミサイルはあらぬ方向に飛び出し、その原因となったハガネの貫き手が引き抜かれる。
ハガネの手にはトライウィーラーのコア部分が握られていた。
「三機分のクリスタル、ここにあるんだろ?」
「……格闘戦はこれが狙いか?」
「ああ、力場だと破壊しちまう。基地の情報を徹底的に取得してくれ。位置、戦力、弱点、全てだ」
「道理だな。分かった」
ミラーはトライウィーラーからクリスタルを引き抜き、ハガネにセットする。
メモリクリスタル認識のメッセージ。
極めて破損が少ない。
情報の取得にはうってつけの状態だ。
ミラーは思わず、ライアのこれを実現に持ち込んだ腕に舌を巻いた。
「きれいなものだ、やるな。メモリクリスタルから情報を分析する。基地の位置は分かったが……」
「ナビを頼む。まずは移動を開始する」
ミラーは、ちらりと足下を見る。
シェルターとでも言えば良いのか。
デカいマンホールのような蓋が破壊され、煙が中から上がっている。
ハガネのセンサーでも、内部に生体反応が残っていないのが分かる。
ここに来る理由は、クリスタルの確保だけでは無いのだろう、とミラーは感じていたのだが。
「その……足下のは良いのか」
「………助けられなかったからな。死んだ奴に引きずられて、時間の猶予を失くしたくない」
だが機械帝国を一つ残らず消し尽くすまで許しもしない。
そう付け加えたライアに、ミラーは静かに目を伏せた。
「そうか……なら行こう」
コンソールに表示されたナビに従って、ライアはハガネを走らせた。
彼はシェルターを一瞥もしなかった。
コンソールの横に、クレオ伍長のドックタグだけが揺れていた。
***
荒野の中にその基地はある。
まぁ、無人機械のプラントにしては小規模と言えるか。
だがその実態は地下にある研究基地だ。
広大な地下空間を使って、機械帝国は研究を行っていた。
彼らは自己保存プログラムを第一に活動している。
そして、自己保存を行うのに最も適した行動とは、環境に適応する事だ。
この下世界にある物質や、その人間達が扱う道具も含めて、機械帝国にとっては未知の存在だった。
特に人間達の扱う兵器は独特だ。彼らが元々いた上世界ではキャタピラもなければ航空機も一部を除いて存在しない。
航空機に関しては、機械帝国単体での再現が困難であった為、量産化はされず、逆に対空兵装を充実させる事で人間達の制空権を破壊した。
有用だと思われる兵装は、とにかくコピーした。
そうして、上世界の法則で生産された二本脚に変わる新たな無人機械を生み出した。
総合的な技術力では、機械帝国が有利だ。
人間達を追い詰め、滅ぼし、自らを保存する。
その目的がため、優位にたった今、新たなこの世界の法則に完全に則った兵器を開発していた。
何を素材にし、どんな構造が効率的で、どんな兵器ならば作れるのか。
その研究をする基地の一つがここである。
機械帝国とて、この未知の世界では余裕が無い。
改めて世界を観測し直し、物質を解析し、理解しなければ、自らを増やすプラントを作ったところで意味がないのだ。
上世界製の設計図からは新たな機体は作れない。
前線で戦ってる無人機械は無尽蔵に見えるが、それはこうした基地での警備を割り切った機械帝国が、保有する戦力の大多数を前線に送っているからだった。
これは殲滅戦。彼らが進んだあとに人間はいない、あるいはいても少数しか生き残っていないのだから。
どうとでもなるはずだった。
どうとでも。
その日の午後、地表基地が一瞬で圧潰した。
ここに機械帝国の基地は、人類とその兵器の侵入を許したのだ。
「地上部分に大した重要性はない。この基地の本質は地下施設部分にある」
「まずは地下に行く道を見つけないといけないか」
「その必要は無いさ」
ハガネが発生させた力場によって、基地の地表部分は完全に圧潰させている。
ではあとは、地面に向けて力場を投射するだけだ。
この下が基地になっているなら、足場を崩すことは容易い。
ハガネの足下から放射状に地面が崩れ落ちる。
ハガネが横になっても余裕で入れそうな巨大な穴を、自由落下する。
地面を崩した影響で真下の施設は完全に瓦解したが、それでも残る基地部分の方が大きい。
「ライア、情報を収集したい」
「俺もだ、これだけの基地なら、機械帝国の重要なデータが調べられるかもしれない」
「ああ、人類軍に有利な情報があれば越したことは無い。な?」
「まぁな……」
崩れた施設部分をセンサーで観測しつつ、残る地下施設へ侵入していく。
大型タイプ用の搬入路……らしき通路。
ここならばハガネも通れる。
慎重に索敵を重ねながら施設内部を進む。
人間の手が入ることを想定していない造りのはずだが、所々に人類の建築物と似た構造がある。
機械帝国が人間の製作物を参考にしているからだろう。
とはいえそういった細かい場所を直接見て回る必要は無い。
欲しいのはデータ、そしてそれが納められたデータサーバーだ。
「施設用のメモリクリスタルが、そこにあるはずだ」
「その宝箱の形状は?隠蔽されている可能性があるだろう」
「さて、私といえども想像はつかないが……」
ハガネのコクピット内に映し出される外の風景に、ミラーはぐるりと首を巡らす。
天井のレール、懸架用だろうか?人間の設備であれば横に通路があるものだがここにはない。なんなら灯りすらない。
おそらくは作業ボットの様な機械が出入りする人間サイズのシャッター。
それっぽいものは無い。というよりもこの施設、演算処理装置すら無い。
「妙だな。この施設、どうやって動かしてるんだ?頭がないぞ」
ハガネのセンサーの感度を上げ、施設内をスキャニングする。
どこからか回収された人類軍の兵器、あるいはおもちゃ、家の残骸、動物の死骸、木材が並べてある部屋。あるいはパーツ単位で製造を行うライン。またあるいは何かの機械が部屋にみっちりと詰まった動力炉の一つ。
演算処理施設が見当たらない。
コンソールに表示される情報を手当り次第いじるミラーに、ライアが
「視線を感じる」
「なんだ?私の熱い視線か?残念だがコクピット内だとコンソールに隠れて見えないぞ」
「そういう意味じゃない」
ハガネが挙動を変えた。
施設内の探索ではない、敵を警戒する動きだ。
「何かいるな」
「センサーには反応が無い」
ミラーが感度を上げていたセンサーの結果を見ていく。
だがそこでふと、思い浮かぶものがあった。
「まさか……」
彼女が開くのはデータベース、そしてそれと同時に、ライアが動いた。
「そこか!」
ハガネが左腕を跳ね上げる。
甲高い金属音。一瞬、火花が手甲型の装甲から散る。
擦過傷、何か刃物らしき物とぶつかったらしい。
「見えない奴がいる、ミラー!」
「あったぞ、あった!データベースにある!」
ライア側のコンソールにデータを表示する。
『TMI-1 エア』。
隠密用に開発された上世界の機体。
光学迷彩と強力なステルスシステム、そしてそれらを支える強力な演算機能を持つ人間型の機械。
コイツだ。コイツがこの施設の核だ。
ライアは自らの中にさらなる怒りと確信が巣食うのを感じ、分かりきった事を叫んだ。
「二本脚か!!」
無人機械は全て滅ぼす。
二本脚ならば、なおさらだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます