第11話
見えない敵に対して力場が放たれ、地表部分がさらに崩れる。
しかしハガネが空けた大穴が広がるだけで、肝心の目標には当たった手応えがない。
崩れた施設の瓦礫が、視界の端で微かに崩壊する。
崩壊は連続して発生しており、それはまるで幽霊の足跡の様でもある。
ライアは、自らの腕をあげるかの如き滑らかさで、瓦礫が崩壊する方向にハガネの腕部装甲を向けた。
擦過音と火花、一瞬だけ見える刀身。
ハガネの装甲に流れる蒼い光のラインが強く輝き、目の前の空間そのものが圧し潰される。
ミラーの操作による力場の展開。。
ただそれによって起こったのは足下の瓦礫が吹き飛ぶ程度の現象で、目標の敵はすでにそこにはいない事を示していた。
「思ったよりすばしこいじゃないか、透明人間め」
「言い得て妙な例えだ」
「マナジェネレーターのリソースを攻撃に回す。範囲を広げればひっかかるくらいは……」
直後、ハガネの空けた穴、つまり地上部分からハガネに向けて激しい銃撃が加えられ始めた。
見やれば、大型タイプが幾つも並び、しかしこちらには決して降りてこず、ただひたすらハガネに向けて弾雨を注いでいる。
放たれた銃弾は、瞬時に反応したミラーが展開した防御力場によって運動を停止し、その装甲にはひとつ足りとも届きはしない。
ただ、この状況にミラーは思い切り顔をしかめた。
「やられた。リソースを防御に割かざるを得ないぞ、これだけ撃ち込まれるとな」
「なるほど。上世界製の装甲なら耐えられないか?」
「上世界製たる二本脚の大多数が人類軍の兵器で破壊された事から察しろ」
「ハガネも耐えられない、か。誘い込まれた訳ではなさそうだが……対応がはやいな」
今のところ、透明な二本脚……エアの攻撃には耐えられている。
聞けばエアは、本来その乏しい火力を補うのにマギウスを使うらしく、それが使えない今、下世界で隠密機能だけが生きている。
武装も自らのステルスに対応した大型ナイフと思われる装備ひとつだけ。
今、ライアがやっている様に、狙われた関節を庇う形で装甲を持ってくれば問題は無い。
スレイヴンの高振動ブレードとは違い、特殊な機能は無いのだ。
だが、あらゆるセンサーに反応しないエアに対する決め手を、ハガネ側も欠いていた。
あるいはこの状況に持ち込むのを、狙っていたのかもしれない。
「少しずつでいい、上の連中を削ってくれ。そのくらいのリソースはあるな」
「問題ない。だがライア、向こうもそれは分かっているはずだぞ」
「ああ。何らかの手段で、短期決戦を挑んでくるはずだ」
「策はあるのか?」
「とびっきりのがな」
次の瞬間、ハガネが側面に向けて蹴りを放った。
何も無い空間だ。
しかし、重苦しい衝突音が響き、何かが蹴り足の直撃を受けた事をミラーに悟らせる。
ほんの一瞬後、離れた位置の瓦礫が甲高い音をたてて吹き飛んだ。
ライアが、見えないはずの敵機を蹴り飛ばしたのだ
「これだけ撃ってくれれば、位置が分かりやすい」
銃弾が飛んで来る位置を見れば良い。味方……つまりエアに当てない様にしているのだから、飛んでこない位置にいるはずだ。
あるいは、銃撃によって生まれた弾煙の流れを見れば良い。透明になってようと、移動する時には煙や風の流れを生み出さざるを得ないから。
今のは、そうやって少しずつ当たりを付けただけの結果だった。
だが確実だ。
それに相手が必ず突っ込んできてくれるのも、好都合だった。
そうして、蹴り飛ばしたエアに向けて加速しようとハガネを動かした瞬間。
ハガネの右脚、その膝から下が斬り飛ばされた。
「は……?」
「……っ!!踏ん張れ、ライア!」
ミラーが力場を展開し、ハガネを強制的に移動させる。
何かに弾き飛ばされたかの不自然な動き。
自らの意識出来ない動きを行われた事で、ハガネを操作するライアに負担がかかる。
しかしライアは食いしばる程の緊張を巡らせ、転倒しそうになるハガネにどうにかバランスを取らせながら着地姿勢を取らせる。
左膝と左手をついて地面にブレーキ、瓦礫を削り、軽いスピンをしながらハガネの動きが止まる。
ミラーとライアは、その瞬間にそれぞれの手で持って状況の確認を開始した。
「機体チェック、まだ動けるが……右脚が完全に持ってかれたか」
「切断されたか。最初の奴だけじゃないな」
「なんだと?」
「間違いない」
ライアは一拍置いてから告げた。
「もう一体いるぞ、透明人間がな」
***
片脚を失ったハガネが、地下施設に侵入する。
力場によって移動を支えた状態だ。
ハガネの動力炉から生み出されるエネルギーリソースが既に攻撃に割けないところまで来ている。
あの場に居続けると、ジリ貧で負けるだろう。
「ぶち破れミラー!」
「結局こうなるんだな!」
大型タイプ用の通路、その側面の壁を力場でぶち抜く。
そこを突っ切れば上層からの射線は遮られる。
代わりに身動きがほとんど取れないはずだが、ハガネには常識外れのパワーを実現する力場がある。
ハガネが通れないルートだろうと無理矢理破壊して道を作るだけだ。
残る左脚と、力場に引っ張られる形で、ハガネは何とか移動を継続する。
ミラーは、少しだけ笑っていた。
危機と緊張で彼女の情緒もおかしくなっているのかもしれない。
ハガネは破壊して空間を確保した施設内に転がりこむと、片膝と腕を丸めて胸と顔を守る姿勢を取る。
直後、膝の装甲から火花が散る。
エアのナイフによる攻撃だろう。
「この空間内なら!」
ミラーが力場によって展開した空間圧潰を前面に放つ。
だが、やはり今度も壊れたのは施設だけだ。
崩れた瓦礫が、ハガネが侵入した入口を塞ぐ。
「また避けられたのか……?だが、入口は潰した。逃げたのなら、好都合だな」
「ミラー、今のうちに移動しよう。ここは連中の腹の中だ」
「分かっているさ」
一時的に周囲に敵がいなくなり、力場に割くエネルギーリソースが自由になる。
これを使い、通れない通路を破壊して拡張、通れる通路にしてしまう。
とはいえ無理な事をしているのは間違いない。
ハガネが完全に立てるほどの隙間は無く、這うような姿勢で施設内を移動していた。
施設内には、先程スキャンで引っかかった様々なオブジェクトがある。
「これが研究材料か。奴ら、本当に節操無く集めていたみたいだな」
「加工した材木に、動物?それにこれは……車の残骸?いや分解したのか?役に立つのか、こんなもの」
「さてな。検討もつかないが……この世界に適応した物を生み出そうとするなら、この世界にある物を分析すれば良い。道理だよ」
「確かに。だが……」
ライアは、ハガネを移動させながら、施設内を見渡す。
「……人間の事は、研究していないんだな」
「連中にとって人間は殲滅の対象だからだろうさ」
「……」
さらに一枚、施設の壁を力場で崩す。
そこは一種の格納庫染みた大きさを誇っており、台座らしき機器が幾つか並んでいる。
その機器の上には、生物的な意匠の内装を晒した無人機械達が、動く事なく寝かされていた。
人型、動物型、昆虫型、デザインは様々だが内装を晒しっぱなしという共通点はある。
まるで皮を剥いだ死体の様だった。
「これは……ここは、なんだ?」
「全部違う機体だな。実験室か?とすると、コイツらが例の新型……の試作機か」
「なるほど。破壊するぞ」
「そうだな。残しておいて良い事は無いだろう」
ハガネが、力場を義足のように扱う事で、機器へ向けて移動する。
多少天井に機器などがあって狭いが、ハガネが動き回る空間がここにはあった。
動かない無人機械に向けて腕を突き刺そうとする。
その瞬間、今まさに攻撃を行う予定だった無人機械の新型の腕が持ち上がり、ハガネの腕を掴んだ。
ゆっくりとその首が動いていく。
「おい、動くのか……っ!?」
「振り払うっ!」
ハガネの蒼いラインが光る。
腕を掴んだ試作無人機械のマニュピレーターが圧壊し、拘束が解ける。
片脚で立つハガネが、自動的にバランスを取ろうとする。
システムの動作に身を任せながら、ライアは周囲を見渡す。
見れば、他の試作無人機械も稼働をはじめようとしていた。
目の前の人型もまた、台座から降り、立ち上がろうとする。
だが、それはかなわず、足から崩れ落ちた。
床面に降りた他の試作無人機械も同じだ。
「コイツら、自分の自重に耐えられないのか」
「なるほど……生物の構造を模したんだな。そのまま兵器の大きさにしてしまっては耐えられないだろうに……」
「新型が中々生まれない理由が分かったな」
自重で崩れた人型を、ハガネの拳でたたき壊す。
念入りにだ。
ふとそれで、ライアは気付いた。
「コイツ、人間に似せたのか……?」
「待て、あとにしよう。ライア、他のが来るぞ」
何の動物を真似たものか、四足の獣型がハガネに襲い来る。
自重の影響が他よりも少ないらしい。
片脚の無いハガネでは、格闘戦は厳しいものとなる。
ライアは舌打ちをしてから、自ら地面に膝をつく形をハガネに取らせる。
右脚とて太ももくらいは残っている。
左脚で膝をつけば、支えられる程度にはなる。
そうして支えを得た事で、ハガネは獣型を迎撃に移る。
両腕を交差して突進を受け止めつつ、そのまま腕で持って抑え込み、地面に叩きつけた。
装甲が無い試作無人機械は、少しのダメージでも内装が耐えられるはずがない。
案の定、それだけで獣型は動作を停止した。
「よし、ミラー。後は頼む」
「ああ」
力場が展開され、部屋の中にいる試作無人機械の全てが圧壊するだろう。
彼らを製造したと思われる機器も破壊され、しばらくの後、ハガネの視界の中で動く物はいなくなった。
ライアは、破壊した試作無人機械をそれぞれ見て回ると
「これは犬や猫に近い、人間の置いていったペットを解析したのか。こっちは植物っぽいが、これでどうやって動かすつもりだったんだ」
「全体的に有機生物を模倣している様だな」
「ああ。だがとなると……」
一番最初に破壊した試作無人機械を見る。
これは、完全な二腕二足の人型だった。
「コイツは、明らかに人間を模している。だが、解析されたはずの人間の死体すら見当たらないのはどういう事だ?」
「……心当たりはあるが、見ない方が良いと思うぞ」
「ミラー」
「分かった分かった。この部屋の南東側だ。スキャンの結果によれば、それなりに広大な空間がある。施設としても大きな作業をする場所らしい。おそらくはそこを見れば良いだろう」
「確かに縦穴があるな。随分深い……」
ハガネをこの部屋の南東に進ませる。
一応シャッターらしきものがあり、施設が繋がっているのが分かるが、シャッターの大きさは小さなものだ。
作業用の無人機械しか通れないだろう。
「後悔するなよ」
力場によって壁が破壊され、通路が出来る。
ハガネはそこを覗き込むようにして、頭から進んだ。
巨大な縦穴だ。施設全体が稼働していない影響か、薄暗い。
ライアとミラーのコンソールに熱量の警告が出る。
不思議に思ったらライアが、縦穴の底を見る。
赤い、灼熱の炎が視界に入った。
「ここは……ゴミの処理施設か」
人の死体が燃えていた。
それが幾重にも積み重なり、さながら地獄絵図にも見える。
そしてここには、人の死体しか無かった。
死体処理場なのだ。専用の。
「酷い光景だ。だから見せたくなかったんだ」
「連中にとって……俺達はただのゴミという訳か。残して研究する価値も無い……」
人型の試作無人機械は一機だけだった。
つまりそれは、研究価値が低い機体だという事になるだろう。
機械帝国は、人間の肉体に対して高い価値を認めていないのだ。
これだけでも、機械帝国と人間が一切相容れないというのは分かるというもの。
ライアはつとめて顔から表情を消しながらも、自らの中にさらなる怒りが溢れるのが分かった。
「分かっていた。分かっていた事だ」
「ライア?」
「だが……俺の中に、激情が生まれるのを、どうしてこうも止められない!?」
ハガネが、ライアの怒りにあわせて、その拳を真横の壁面に叩きつける。
その時、処理施設の上部が開き始めた。
地上への開口部。つまりそこには敵がいる。
ライアは笑った。ちょうどいい。
今は、この怒りのはけ口が欲しかった。
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