第12話

「なんだこれは……」


 ミラーの目の前のコンソールで、システムが次々に起動し、ログが流れていく。

 常人には追えない速度だが、こと下世界でハガネを運用する為のあらゆる知識を叩き込まれたミラーには訓練で良く見た程度の速度である。

 しかし、ミラーが今見るログには、全く未知のシステムが構築される様が見て取れた。


「ニューロリンクの構築……神経パターンを同調……いや同化か?運動パターンを再入力、違う、読み込んでる、どこから?自律思考システムの再設定、未知の火器管制アルゴリズムを新規登録、主生体脳との概念リンク……生体脳?」


 ミラーはハッとしてライアの乗る前部座席が見えるように身を乗り出した。

 視界に入ったライアを中心に、彼女の視界内で劇的な変化がコクピットに起こる。

 ライアの身体が痙攣し、ライアのおさまるコクピットの座席が更に変形していく。

 まるで繭だ。

 彼の脚に縛りつくように展開していた脚部モーショントレーサーやフットペダルは今は彼の腹から下を覆う金属の帯の塊となっている。

 レバーを握っていた手は展開された腕部装着型と思しき機械類に包まれ、彼の頭と目に被さるようにどこからともなくヘッドマウントディスプレイが装着された。


「ハガネ、お前は……ライアを取り込むつもりなんだな」


 灰色の巨人は、片脚とは思えない程に力強く、そして俊敏に、地面を蹴り上げた。



 ***



 ハガネが、処理施設の縦穴を獣のように駆け上がる。

 垂直な壁だと言うのに、壁に張り付く片足と両手はピタリと吸いつき滑りもしない。

 重力に逆らうありえない姿勢であるというのに、その速度に些かの衰えも無く。

 開き出した縦穴から銃身が覗く。

 瞬間、ハガネの装甲に刻まれた蒼い光のラインが強く輝く……力場の展開だ。

 穴の側面が抉られる様にハガネから力場が展開され、覗いた銃身を削り取った。

 縦穴の壁に歪な溝が生まれ、ハガネはそこをレールに見立てるかの如く駆け抜ける。

 縦穴は巨大だが、ハガネの歩幅で見れば大した時間のかからぬ距離だ。

 数度呼吸する間、さらに言えば縦穴の開口部が開き切る前に最上部に到達。

 開口部は開き切っておらず、このまま進めばネズミ返しもかくやという程に無様に叩き落されるのが常だろう。

 しかし、ハガネはそうはならなかった。

 その壁に吸いつく手足は、動く開口部にも張り付き、逆さのままハガネは開口部の裏側を走る。

 すぐさま端を蹴って跳躍し、穴の逆側、その上空へ向けてハガネは高く飛び上がった。


「独特なマギウスの使い方だ……ライアがやっているのか?」


 ミラーは呟きながら、座席を離れ、ライアの傍へ移動する。

 コクピット内部の全周囲モニターには外の様子が、いつもと同じく映し出されている。

 跳躍したハガネが見下ろす風景。

 荒野の中にある機械帝国による、人の手によってはこうはならないという形の基地。

 その地表部のほぼ全ては、ここに到着した時にハガネによって破壊されている。

 ここを警備する大型無人機械も一緒だ。

 故に、開口部に陣取った無人機械はその生き残りか予備であり、数も少ししかいない。

 その数、八機。

 だが彼奴らはハガネの対策をしていたらしい。

 リークスの街の連中か、あるいは先ほどのモーテル街での戦闘か。

 どこからか、ハガネの力場はハガネから飛ぶ……弾丸の様な軌道を描くという情報か予測を得たのだろう。

 ここにいた無人機械は、その全てが一枚の装甲で出来た、肉厚のシールドを装備している。

 ミラーは、亜空間に相がズレている為、全くといって良いほど天地の変わらないコクピットで、機械に包まれたライアの頬を撫でた。


「ハガネのマギウスは面制圧兵器……確かにシールドを前面に押し出せば本体に力場は到達しない。どうする、ライア……」


 ハガネが、すっと片手を、そして指を伸ばす。

 手で銃の形を作っている。

 次の瞬間、シールドを装備しているはずの無人機械に、次々と力場による圧壊傷が生み出される。

 ハガネの指の先にいた無人機械だ。

 普段展開する力場が生み出す物よりも小さな傷。しかしそれがマシンガンの連射の如く次々と生み出され、やがてシールドに一切の傷を得ないまま、無人機械の一機は機能を停止する。


「上手いな。力場を弾丸の形に圧縮して、シールドで守り切れない隙間を狙ったか」


 ハガネが落下し、破壊された基地の敷地内に着地。

 左膝と右腕を地面につけている。が、もう片腕は空いている。

 立ち上がらずに左腕を横にそらし、指で照準。

 ハガネには無かったはずの照準用レティクルがコクピット内に表示される。

 十字に捉えられた無人機械、その兵装たる機関銃が圧壊する。

 衝撃でよろけた無人機械が躯体の数割程をさらす。

 間髪入れずに叩き込まれた力場の弾丸が、無人機械の胴体に穴をあけた。

 これで二機目が停止。

 ハガネは足と手で地面を叩き、軽い跳躍と共に瓦礫の中を転がる。

 直後に、ハガネがいた場所に数発の無誘導弾が叩き込まれた。


「防御にマギウスを使うのは、まだ難しいか」


 ライアの胸にしなだれかかるような体勢のまま、ミラーがライアの目の前、おそらくもう本人にも見えていないコンソールに手を伸ばす。

 マギウスの調整、そして起動。

 無誘導弾の爆発と共に、瓦礫の中に避けたハガネの位置に無人機械による銃弾の嵐が叩き込まれる。

 だが爆発もその衝撃で吹き飛ぶ瓦礫も、叩き込まれた銃弾でさえ、ハガネの展開した力場によって、ハガネの周囲数mの距離でその全ての運動を停止し落下する。

 その間にハガネは瓦礫の中を匍匐前進しながら、位置調整。

 両の腕の五指を伸ばした。

 今度はモニターに表示されるのはレティクルではない。

 視界内の無人機械にマーキングされる、ロックオンだ。


「そうか、ハガネのシステムを、お前の知識でアップデートしたんだな」


 五指、いや両の腕故の十指から力場の弾丸が放たれる。

 自らの意思が介在せず自然の影響を受ける銃弾とは違い、超常的な魔法によって発生する力場は、そのターゲッティングの通りに影響を与える。

 無人機械のクリスタルと処理装置が収められているボディが六つ、はじけ飛んだ。

 視界内に敵性体消滅。


「ライア、まだだ」


 ミラーの言葉に呼応する様にして、ハガネが左腕を顔を庇う位置に持ってくる。

 打突音、そして警告音。

 ハガネの左ひじに損傷が生まれ、見えないナイフによって切り裂かれようとする。

 だがこれを待っていたかの様にハガネが左腕を駆動させ、見えないナイフごとその使い手を絡めとった。

 灰色の装甲、そこに刻まれた蒼いラインが光をあげる。

 最初は音、何も無い空間に、硬い金属や機械が潰れる圧壊音。

 次は視界、何もいなかったはずの空間からハガネの左ひじにかけて、にじみ出るようにソイツは姿を現す。

 黒い人骨にも似た外見と、二対の目だけがある仮面の如きフェイスパーツ、そしてボディーと同じ黒い大型ナイフ。

 ハガネが目の前の無人機械を認識する。『TMI-1 エア』。

 隠密と暗殺を得意とする二本脚。


 ハガネが歓喜するかの様に獰猛な動きで、残る右腕で姿を見せたエアに掴みかかった。

 エアは力場による攻撃でシステムに異常が発生したのか、動きはぎこちなく、姿を隠す事もしない。

 ハガネはエアを殴りつける。

 何度となく、地面がハガネのパワーによって陥没する程に。

 ライアの身体が痙攣し、その鼻からつーと血が垂れる。

 ミラーは、ライアに魔法で治療をかけながら、そっと声をかけた。


「まだいる事を忘れるなよ」


 瞬時にハガネが、自らの左ひじに突き刺さる大型ナイフを抜き、真後ろを薙ぎ払った。

 ナイフは何にも当たらなかったが、振り回した腕の手甲に擦過音。

 もう一体のエアによるナイフだろう。

 ハガネは膝立ちになり、ナイフを逆手にして顔の前に構える。

 辺りをゆっくりと見回しながら、注意深く敵を探る。

 使えるのは左脚、そして右腕だけだ。

 右脚は膝上までしか残っていない。左腕は関節を切り裂かれたせいでまともに動かない。

 損傷がシステムにエラーを起こし、フルパワーも無理だ。

 もう基地を破壊した時ほどの出力も出はしない。

 だがハガネの動きは全くと言って油断はしていない、戦う者の構え。

 どれほど傷を負おうと、差し違える事など考えていない殺す側の。


「お前の武器は、そのナイフでは無いだろう」


 灰色の装甲、蒼いラインが光る。

 視界内、様々な場所がランダムではじけ飛ぶ。

 いぶり出すつもりか

 そうと思えば、ハガネが何も無い空間をナイフで切り、衝突音と共に見えないナイフを弾き飛ばす。

 ミラーは、ライアに寄り添いながら、眉をしかめた。


「おかしい。いくらなんでも本体に命中しなさすぎる。そこに寝ている奴は簡単に……」


 瞬間、モニターで足下を見たミラーは叫んだ。


「ライア!下だ!」


 ほとんど壊れかけのエアが、ハガネに全身で掴みかかる。

 パワーはエアの方が下だが、こうも組みつけられれば、人間と同じ動作をするハガネの動きは制限されるだろう。

 つまりこれは、捨て駒でありながら囮でもある。

 組みついてきた壊れかけのエアをどうにかしようともがけば、もう一体のエアによる攻撃を受けるというわけだ。

 ハガネが、何かを悩む様にしたのは一瞬だった。


 組みついてきたエアをそのままに、パワー任せに全身を旋回。

 見えないナイフが組みついてきたエアに当たる。

 壊れかけのエアはさらに壊れ、その片腕が完全に壊れた瞬間を狙ってハガネはエアを無理矢理引きはがし、壊れかけのボディを掴んで目の前に振り下ろした。

 何かが巻き込まれる。

 これは、エアの大型ナイフ。そしてナイフに無理矢理接続されたミラーには見慣れた装置。


「慣性制御装置……奴め、ナイフだけを別で動かしていたのか」


 ハガネがハンマー代わりに叩き落したエアから手を離し、身をたわませる。

 手刀の形。

 斜め左後ろの瓦礫が、一人でに形を変えた。

 ハガネは膝と腰をつかった劇的な動きで、瓦礫の方向に向けて手刀を突き出した。

 手に纏った力場によって、何かが貫かれた感触。

 やがて、黒い人骨染みた無人機械が虚空からにじみ出てくる。

 貫いた手刀から、ハガネはさらに力場を発生させた。

 二体目のエアは、何かを反撃しようとしていた姿勢のまま、まるで内側から引き裂かれたかのように分解していく。


 ──敵性体反応、消滅。

 ──マナジェネレーター、稼働耐久超過。

 ──全機能、稼働率30%以下まで低下。

 ──下世界救済次元連結魔機、ハガネ、機能停止。


 基地の瓦礫の中で、ボロボロになった灰色の巨人が、その目から光を失った。

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