第8話
灰色の巨人が荒野を走る。
装甲に流れる蒼いラインを光らせて、その大きさからは想像も出来ない滑らかさだ。
荒野に足跡を刻みながら、どことも知れぬ場所を目指し駆けていく。
「方角はズレていないか?」
「自律走行だ。問題ないさ。人とは違って方角を間違える事は無い」
「そうか、ならいい」
「疲れたか?」
「いや……」
ライアはコンソールの横に地図を開きながら、大戦前の地理を確認していた。
この荒野はおそらくはクラッド地方と呼ばれる地域だ。
とすれば、かつての都市間をつなぐ長い長い道路や、そこに中継する為の街……の跡があるはずである。
自分達のいる現在地に確信が持てない以上、地図上に存在するランドマークをどうにかして探し出すしかない。
ちなみに持っていた方位磁針は二本脚との戦闘の衝撃で壊れたので、方角はハガネの内部センサー頼りにしか出来ない。
「まぁ、ほら、水でも飲め。私印の清い冷水だぞ」
「すまんな」
「ツッコめよ」
飲み干した水筒を差し出すと、華奢な指が差し出される。
幾何学的な光の線が灯り、指先数ミリ先の空間から、水筒に水が注がれた。
魔法だ。おそらく、この世界では唯一彼女しか使えないだろう特殊能力。
水を受け取りながら、ふとライアは聞きたい事があったのを思い出した。
「そういえば、ハガネの、あの見えない力場の事なんだが」
「ああ、『マギウス』か」
「マギウス?」
「魔法を機械的に再現するシステムさ。人間ほど汎用性は無いがな。ハガネは、任意の方向に力を発生させる……正確に言えば機体から飛ばすマギウスが発現している。あとはまぁ、ある程度の物なら浮き上がらせたりできるな。ハガネの自重もこれで支えている」
「……随分凶悪な能力だな」
「ああ。上世界との繋がりが無ければ使えない、強力な能力を持たせている。まぁ、想定より、出力が無かったのは誤算だがな」
ハガネの、上世界で製造された時のカタログスペックであれば、あの二本脚程度の攻撃では傷一つとしてつけられなかったはずだ。
だが、高空からの落下攻撃程度で吹き飛ばされているのだから、カタログスペックは役に立たないと見るべきだろうと、ミラーは考えている。
その点で言えば、純粋な機体運動だけで二本脚を相手にしたライアが、自らの相棒なのは幸運と言えるか。
思案にふけりそうな彼女の意識を、ライアの声が引き戻す。
「あの二本脚共も……魔法、違うな、マギウスを使うのか?」
「うん?いや……ハガネの戦闘ログには、そんな記録は残って無いな。スレイヴン……あの二本脚はどんな兵装をしていたんだ?」
「おそらくはジェットエンジンみたいな推進装置による飛行と、あとは高振動ブレードを持っていた。全身を振動させる事もできたみたいだが」
「なるほど」
ミラーはハガネに保存されたデータベースを呼び出す。
鳥型に変形する二本脚、『SVW-22 スレイヴン』、そのスペックデータだ。
可変しての飛行性能、高振動ブレードによる攻撃力、装甲を振動させる事による防御力。
ライアの話とは矛盾しない。
「データベースを確認したが、上にいた時の性能とあまり違いが見られないな。確か、二本脚はこちらの世界では戦争初期から生き残ってる連中だったか」
「ああ。初期に現れた連中の中でも、図抜けて強かった連中だ。他は……ぱっとしないという話だったが」
「ふむ……」
ミラーはデータベースを閉じた。
ここから先の話には、必要が無いと感じたからだ。
「おそらく、機械帝国は魔法を使えない。私は、それを確認してからこちらの世界に来た」
「それは……つまり、上の世界との繋がりが無いという事で良いのか?アイツらには」
「ああ。機械帝国の転移装置には、そういう機能は付いて無かったし、よしんば隠されていた機能があったとしても、私達は全てを徹底的に破壊した。まぁ、上世界は異常気象ばかりの過酷な環境だ。10年も経てば、何かあっても吞み込まれてる。だから考えるならば……魔法の有無ではない」
「そうなのか?俺達の世界には、高振動の概念はあっても技術は無いぞ。あれは魔法じゃないのか」
「違う」
ミラーは首を振って否定した。
ライアの座席からは見えないが、それでも否定の気配はハッキリと分かっただろう。
「スレイヴンに使われてたマギウスは、飛行能力だ。高振動制御はマギウスじゃなく、私達の世界の技術だ」
「は?だが奴は……普通に飛行を」
「それだよ。世界の法則が違うんだ。元々スレイヴンに積まれてたジェットエンジンは、補助的な役割しか求められてなかった。だがこの世界では、それをメインで使っていたんだろう。いや、使える世界だったというべきか……」
ミラーは思案気な声を漏らす。
いや事実、なにがしかの思案に入ったのだろう。
上世界と下世界、繋がってはいるが、法則は所々で違うらしい。
ライアは水を飲みほして、自らの見解を出した。
「つまり、なんだ。出現直後の機械帝国のうち、二本脚として生き残ったか、そうじゃないかを別けたのは……この世界の法則上でも高度な性能を誇っているかどうか、って事か」
「そうなるだろうな」
「それはまた……面倒な話だな」
「全くだ。データベースの内容を、改めて精査しないといけないだろう」
「俺にも見せられるか?そのデータベースって奴は」
「ああ、それは勿論。だが……」
「なんだ?」
ライアの目の前のコンソールに、ミラーの操作によってデータベースが呼び出される。
まず例のスレイヴンのデータを、ライアは見つけ出すが
「……あー、なんだ、その」
「読めないだろう?」
「ああ……」
いや文字は、ライアも読める物だった。
世界が違うとはいえ、繋がっている世界だから故の現象か。
よくよく考えたらミラーとも話が出来ているし、コンソールの字も読めたから今更だ。
あるいはハガネが下世界に送られるにあたり、組み込まれている翻訳機能かもしれない。
しかし、それだけだ。
データベースに乗っている言葉、というよりも用語か。
それは全くと言っていいほど、ライアが知らぬ言葉ばかりで綴られていた。
端的に言えば、専門用語ばかりで何も分からない。
「必要になったら、私の方で嚙み砕いて教えてやるさ」
「……そうしてくれ」
返事をし、ライアはデータベースを閉じた。
そうして再び、コンソールにハガネのレーダーを表示させる。
これが周辺の地形を確認する、唯一の手段だった。
「お前はとにかく、街を見逃さない様にしてくれよ、ライア」
「そうする事にする」
「まぁ、私はお前とこうして一つ屋根の下に居続けるのも、構わないがな」
「……」
ライアは無言を貫いた。
どうも夜の会話からこっち、彼女は妙に距離を詰めてくるというか。
まぁ有り体に言って好意を示してくる。
悪い気分では無いが、一々反応に困るというのが正直なところだ。
「おい、何か言えよ。女のアプローチだぞ?」
「生憎とその手の経験には疎くてな。そもそも……自分自身みたいなものだぞ」
「ふーむ。そう言われればそうだな……」
「そう言われなくても、そうだと認識してくれ。俺に事実を教えたのはお前だぞ、ミラー」
「つれない男だな、本当に」
「結構なことだと、思うんだがな……ん、何か反応があったな」
「敵か?」
ミラーが瞬時に、ハガネのコンソールを叩き出す。
搭載されたセンサーが呼び出され、幾つもデータが視覚化されていく。
ハガネは視界に映った敵機には識別を行ってくれるが、センサーに引っかかっただけの曖昧な情報にはなにがしかの判断を下す事はない。
だからこそそれは、乗り手の仕事となる。
「違うな。これは……建物か?」
「街が近くにある?」
「行ってみよう」
***
ハガネを向かわせた先には、このクラッドの荒野を通る長い長い幹線道路の一つがあった。
センサーが反応したのは、その道路の脇にあるモーテルの一つだ。
そこそこな大きさで、良く見れば他にもショップなどの建物が集まり、小さなモーテル街として機能していたのだろう。
クラッド地方の様な、幹線道路だけが通る荒野には、よくある光景の一つだった。
ライアとミラーはそこでハガネを降り、人のいない廃墟と化したモーテル街に入る事にした。
「モーテル街か。物資が残っているかもしれないな」
「へぇ、私は初めて見るな。モーテルか……」
「ああ。まぁ、この辺では良くある光景だ」
ミラーの世界にはもう残っていない光景だ。
ここでも確かに戦闘があったのだろう、建物が一つ大きく崩れていた。
巻き込まれる様に、繋がった建物にも損壊がある。
無人機械の残骸は無い。
それどころか
「……戦闘の跡はある。でも死体も何も残っていないんだな」
「無人機械共が、制圧したエリアにおいて人や他の生物を綺麗に掃除するのは有名だ。理由は分かってはいないが……おそらくは腐敗の影響などによる機械の劣化を嫌っているのではないかとは言われている。ああ……ミラーなら分かるか?」
「ふむ。燃料か何かにするくらいしか思いつかないが」
「……そんな事が出来るのか?」
「出来る。上世界にはそういう技術がある。とはいえ……」
ミラーは目の前のモーテルを見上げる。
このモーテルは、木造だ。
「燃料にするなら、こういう建物も持って行くはずだが」
「……」
人類軍による、機械帝国の解析は進んでいない。
そんな事よりも、どこもかしこもが生存圏の確保に注力せねば、人類が滅びかねない状況だった。
あるいは、今ならばそれを知る事も……。
そこまで考えてから、ライアは首を振って思考を振り払う。
余計な事を考えた。人類にはもう、フォートグリップという最後の大都市しか残っていない。
戦う為に必要な事以外に、時間を割く余裕など無い。
「探索をしよう。食料だけは見つけておきたい。缶詰なんかはどこかにはあるだろう」
「そうだな。目下、食べ物だけが一番の問題だ。無ければ人類軍の下に戻るまでに、餓死してしまうよ」
「ああ。一応、ここは無人機械の勢力圏だ。必ず二人一緒に動くぞ」
「心配してくれるのか?」
「そうだな……まぁ、お互いにな」
「ふっ……」
ミラーはライアから受け取ったハンドガンを一度構えてから、身に着けたホルスターに戻す。
白いワンピースにゴツいホルスター。アンバランスなファッションだ。
だが彼女自身は銃器の扱いには手慣れている様で、ライアがハンドガンの仕様を教えたならばそれで理解したらしい。
いざとなれば魔法もあるから、どうにかするとも言っていた。
ライア自身も、あの猟兵部隊から受け取ったサブマシンガンで武装している。
大型には役には立たないが、小型には十分だろう。
「あ、そうだ」
ミラーが突然を声をあげる。
何事かと思ったライアに、ミラーは微笑みを返して
「もしも本当に餓死しそうになったら、私の肉を喰って生き延びろよ。私はお前を食べられないからな」
「……縁起でもない事を言うな」
「合理的だと思うのだがな」
ミラーは、憮然としたライアを笑い、モーテル街に進んでいく。
彼女の後ろをつきながら、ライアはため息をつき、そして本気で祈った。
どうか食料が見つかりますように。
彼女を食う事になるのは、絶対にごめんだった。
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