第7話奴らとの遭遇

 街に入ってすぐは飲食街になっていた。屋台のような店からは威勢のいいおっさんの声が聞こえる。出店なんかも出ていて、みんな客を呼び込むのに必死だ。このあたり一帯に何かの焼ける香ばしい匂いが辺りに充満している。


 すでに街の中はたくさんの人でにぎわっていて、屋台で仕事仲間と酒を酌み交わし盛り上がっている集団や、歩きながらどの店に入ろうかと物色している人たちであふれていた。


 となりを歩く徳も例外ではなく、どの店にはじめ入ろうかと物色しているらしくきょろきょろとしきりにあたりを見渡していた。俺と徳は目的の場所までしばらく行動を共にしていた。


 店の名前や雰囲気を見ながら歩いていると、名前に聞き覚えのある店があった。へんてこな名前のその店は、よくうちに泊まりに来る役所のお偉いさんが安くてうまい酒の飲める店だと教えてくれていた。


「徳、ここにしようぜ。」


 そういって徳の返事も聞かないまま店の中へ入っていった。


 店に入ると中は狭く、背の高い卓が4つほどあり椅子はなかった。みんな立ちながらお酒とつまみを楽しんでいた。


「いらっしゃい。空いてるところへどうぞ。」


 奥の机には誰もいなかったのでそこにした。壁に品書きが貼ってあり、店主がこ

ちらをうかがっている。入る前から頼むものは決まっていた。


「なんにしやすか。」


 店主が大きな声で注文を聞いてきた。


「麦酒2つ。」


「あいよ。」


 店主は足元から茶色のガラス瓶を2つ取り出しこちらに持ってきた。


「見ない顔だがこの島は初めてかい。」


 少し枯れた声で店主が話しかけてきた。


「ああ。まあね。知り合いがこの店の常連で、よくこの店の事聞いてたんだよ。こ

の島で一番うまいっていってたから、ぜひこの店に来ようと思ってね。」


「そうかい。そりゃ嬉しいね。ゆっくりしていきなよ。」


 麦酒の瓶を机に置くと店主はもとの位置へと戻っていった。


「徳。これが麦酒だ。もちろん初めてだろ。」


「うん。喜助は飲んだことあるの。」


 徳はしげしげと瓶を見つめながら答えた。


「当たり前だろ。俺は宿屋の息子だぜ。」


 実のところ飲んだことはなかった。しかし、強がりでそう答えてしまった。徳と

二人で乾杯し初めての麦酒を口に含んだ。


「うぇ苦い。」


 徳は眉間にしわを寄せた。


「徳はガキだな。」


 確かに苦かった。おいしくない。これをうまいというやつの気が知れない。さっきは飲んだことがあるといった手前、口が裂けても苦いなんて言えない。俺は麦酒を我慢し一気に胃に流し込んだ。そうしてみると案外そののどごしは悪くない。


「さっきの知り合いって、宿屋の常連さんのこと。」


 徳が相変わらず苦そうに麦酒を飲みながら聞いてきた。


「そう。この店が、安くて、うまいって、言ってたんだよ。」


 お腹の底から湧き上がる空気を少しずつ発散させながら答えた。


「急にお店に入るからびっくりしたよ。」


「そのおかげでうまいもん飲めただろ。」


「確かにね。」


 そういって徳は麦酒をまた苦そうに、しかも次は大げさな顔を作って口に運んだ。


 それから口直しに刺身や鳥串を何品か頼んだがそれは素直にうまかった。酒にあまり酔うとこれからに支障が出ると思い最初の麦酒以外酒は頼まなかった。


「これからどうする。」


 徳が鳥串を食べながら聞いてきた。


「食べ終わったらいよいよ遊郭街に潜入だ。気合い入れろよ。」


 おれは自分自身に気合いを入れるつもりで両頬を同時にはたいた


「分かった。でも、そういえば喜助は遊郭街の場所は知ってるの。」


「いや、知らん。徳が知ってるだろ。」


 徳はきょとんとした顔をした。


「僕も知らないよ。」


「前に、仕事場だから知ってるって言ってなかったっけ。」


「運んできた遊女は、金衛門邸に届けるから遊郭街は行ったことないよ。」


 誤算だった。てっきり徳が知ってるものだと思っていたから、場所をはっきり聞

いてこなかった。さっき入れたばかりの気合いが少し抜けるのを感じた。


 これは困ったことになったが、知らないものは仕方ないし程よく時間も経ってい

たので最後の串をほおばり店を後にした。


 店を出るといっそう人が増えている。2番電車や3番電車に乗ってやってきたのだろうか。


 これから右に行くべきか左に行くべきかきょろきょろ悩んでいると、ちょうどガキ大将が目の前を通った。こちらには気づいていない様子だ。徳の肩をたたき、あいつの方を指さす。


「まあ、遊郭街は適当に歩いて探してみるとして、それよりあいつが何するか気になるし探すついでにつけてみようぜ。」


 おれが指さした方をみて徳も理解したらしく、賛成してくれた。二人であいつの後を見つからないようにつけていく。あいつはきょろきょろしながら飲食街を抜

け、真っすぐ賭場の密集する一角に入っていった。


「賭場か。彼らしいな。」


 徳は苦笑いしながら言った。


「そういえばあいつの父ちゃんも賭け事が好きらしいぜ。たぶん賭場の場所も親父

からきいたんだろ。」


 相変わらず徳は苦笑いしながらうなずく。


「よし。決まりだな。」


 俺と徳は、あいつが入っていった賭場の一角を覗きにいった。一角にはいくつもの賭場があった。名前はそれぞれ違ったがどの賭場も赤っぽい灯りに包まれている。なんだかみてるだけで興奮してきそうだ。


 賭場の中からは、威勢のいい声とたまに怒号が聞こえてくる。俺はあいつが入っ

ていった賭場がどれかしらみつぶしに探してやろうと思っていたが、徳が偶然ある賭場の外の格子窓からあいつの姿が見えるのを見つけてくれた。


 ふたりでならんで格子窓を覗き込む。


 あいつは脂汗混じりの目の血走った大人たちに混ざって丁半博打に興じていた。

はじめは負けているように見えたが、じきに胴元の癖を見抜いたのか連勝するようになっていた。


 おれとしてはあいつが勝ち続ける姿を見続けるのは面白くない。きっと明日の報告会では買った金を見せびらかして自慢するに違いない。やな奴だ。やな奴だがしかし、あいつのこの圧巻の勝ち方に俺は尊敬の念をおぼえた。


 しばらく夢中になってあいつの勝負を徳と二人で見守った。あいつが勝ったら一緒に喜び、たまにあいつが負けると今のいかさまじゃないかと疑った。そうしていると不意に雑踏に交じって声が聞こえた。


「おいお前、この間のガキじゃねえか。」


 後ろの方から聞こえた気がする。俺は気にしなかったが、徳は振り向き声の主を探っていた。すぐに声の主を見つけたのか、反射的にこちらへ向きなおった。徳の様子をうかがってみると、先ほどまで楽しそうに笑っていた徳の顔色が全く違うものに変わっている。俺は後ろを確認してみた。数人の男たちがこちらの方へ向かっ

てくる。


「徳、知り合いか。」


 小さな声で聞いてみたが徳は答えなかった。


「おい、無視してんじゃねえぞガキ。」


 やつらが歩調を速めてこちらに向かってきた。まずいと思ったその時、徳が


「逃げよう。」


 と言って急に街のさらに奥の方へと走り出した。


 何が何だかわからず俺は出遅れた。やつらは俺には目もくれず徳だけを追いかけ

ていった。すぐにあとを追いかけようとしたが、酒のせいで頭がくらくらしてすぐに走り出せなかった。深呼吸をすると少し落ち着いた。徳たちが向かった方へ行ってみたが、徳とやつらの姿は街の中に消えていた。

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