不夜知島

蓮本 丈二

第1話プロローグ

 草木の緑は濃くなり、肌を刺すような日差しを少し感じ始めた。風や波の音にかすかに蝉の声がまじっている。


 正面を海に残り三方を山に囲まれた僕の村に初夏が訪れつつある。子供たちにとって胸躍らせる季節だが、僕にとって今年は少年として過ごす最後の夏になる予定だ。


 僕の住む村には、15歳つまり立志の時に行われる度胸試しがある。村の少年全員が参加するわけではなく、毎年有志が集まり決行しているのだ。


 今日はその作戦会議のため、村と海を一望できるここらでいちばんの見晴らしの秘密の場所にみなで集まっていた。


 今年あそこへ冒険するのは僕をふくめ8人いる。


 僕らは風の通り抜けるいい塩梅の場所に座り込み、円になって話し合いをしている。その中には幼馴染の喜助の姿もあった。


 ふと喜助と目が合う。


 ガキ大将の健が熱心に話している中、喜助はその場で立ち上がりこちらへやってきて僕の隣に腰をおろした。


「お前も参加するんだな、徳。てっきり参加しないと思ってたよ。」


 と喜助が小声で話しかけてきた。


「お前がけしかけてきたんだろ。そうじゃなきゃ参加してない。」


 僕も同じように喜助に向かってそうかえす。


 僕ははじめこの度胸試しに参加する気はなかった。


 けれどもこの間、喜助と遊んでいたときにふとその話題になり、喜助から度胸試しの結果で賭けをしようと勝負を挑まれていた。勝負といっても可愛らしいもので、勝った方が駅前のうどん屋の絶品鴨葱うどんを奢るという約束をしたのだ。


「賭けの件、ちゃんと憶えてたんだな。まあ流石の徳でも俺には勝てないだろうから鴨葱うどんはもらったもどうぜんだな。」


 そう言って喜助はすこしふざけたように笑った。


 勝負をけしかけられた手前うけてしまったが、実のところ僕は喜助に鴨葱うどんを奢る気でいる。


 なんせこの賭けは喜助が少し有利におもえて仕方ないのだ。


「よし。じゃあ決行日はこれで決まりや。あとは各々しっかり準備してくれよ。せっかくやし、このまま解散するのももったいない。本番に向けて決意表明していこうや。じゃあ、俺から…」


 当日の流れや必要なものの話し合いが終わり、健が決意表明をしはじめた。


「なあ、徳。このままふけちまおうぜ。」


 変わらず小さな声ではなしかけてきた喜助に賛成し、僕と喜助はここから抜け出した。


 喜助は気の強い健の事をあまりよく思っていない節がある。たぶん性格的に似て

いるからだと思う。だからたまにこうして和を乱すことがあるが、健はそんな喜助に一目置いていて、この程度の事なら暗黙しているみたいだ。


 秘密の場所から海の方へ下る道の途中、遠くにあの島が見えた。


 不夜知島。


 まわりに他の島はなく、青黒い海の真ん中にポツンとしている。島のまわりは潮

の流れが激しく遠くからでも島の岩肌に打ちつける波しぶきが見てとれた。島のお店が客を迎え入れる準備をしているのかぽつぽつと明かりが灯りはじめている。


 僕たちはあの島で度胸試しをする。


「お、不夜知島が見えるな、徳。来週にはあそこにいると思うとなんだかワクワクしないか。」


 と喜助は言うが、僕のほうは楽しみな気持ちもなくはないがどちらかというとワクワクというより不安のほうが勝っていた。


「心強いな、喜助は。僕はちょっと不安だな。」


「なんで。」


 僕はうまく答えられない。


 僕は島に父の仕事の手伝いで何度も訪れたことがあったのだが、今回は僕たちだ

けで、しかも正面から入るのなんて初めてだった。だからか僕は言い知れぬ不安感に襲われていたのだ。


 僕らはしばらく黙って島を眺めながら坂をゆっくり下っていく。いつもは綺麗に見える明かりの灯りだしたあの島が今日だけすこし不気味に見えた。

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