第10話喜助の危機
一晩中街を走り回ってあいつらと徳の姿を探したが、街は人が多く道は入り組んでいて後姿さえ見つけることができなかった。夜が明けてきて、みんなとの約束の時間も迫っている。俺は走り疲れて路地の端に腰を下ろした。これからどうすればいいのか途方にくれていると、
「おい坊主。」
と声をかけられた。
顔をあげると、顔つきの悪い男がひとり立っていた。
「お前、確か昨日のガキと一緒にいたやつだな。」
昨日徳を追いかけていったやつらのなかまのようだった。不運なことに辺りに人はいない。まずいと思い逃げようとしたが、あっさりつかまってしまった。
「ちょうどいい。お前を頭のところに連れてって人質にしてあのガキをおびき出す
餌にするか。」
精一杯暴れてみたが、もともと体格のいい男にはかなわず、押さえつけられてしま
った。最後のあがきでお腹の底から叫んでみた。
「たすけて。」
「黙れ、坊主。誰か来るだろ。」
俺は力強く口をふさがれた。男に抱え込まれ路地の奥まで連れていかれそうに
なったその時、反対側から声が聞こえてきた。
「そこで何をしている。」
顔をあげてそちらを見ると、ひとりの男が数人の男を引き連れてこちらに向かっ
てくる。俺を抱えていた男が振り返ったせいで、俺は反対方向を見る羽目になり、彼らの顔を確認できなかった。
「なんでお前がここにいるんだ。」
「最近、どうしたことか物騒でな、見回りをしていたのだが大きな叫び声が聞こえ
てね。その抱えているものは何なのかね。」
「ちくしょう。分が悪いな。」
そう男が言うと、俺は地面に投げ捨てられた。男が路地の奥へと逃げていくのが見え、そのあとを二人が追いかけていく。
「そこのお前、大丈夫か。」
さっきの先頭の男が声をかけてきた。見ると30代半ばぐらいの男だった。
「助けていただきありがとうございます。」
「気にするな。これも仕事の一つだ。ところでお前は随分と若いが、どうやってここへ来たのだ。」
これはまずい質問をされた。状況から見るに、この男は自警団か何かの長でここ
で正直に話したら、俺だけでなく島に入るのを手伝ってくれた人たちにも迷惑がかかるかもしれない。
俺が返答に困っていると、
「私が彼らを島に入れたのです。」
と、そばにいた男が言った。優しい顔をしたその大きな男には見覚えがあった。
そうだ、汽車から降りるときに手助けをしてくれたやつだ。やつは男に近づくと何かを耳打ちした。それを聞き終えると男は俺に言った。
「なんだあの村のあれか。そういえばそんな時期だったな。しかし随分と面倒な時に来てしまったな。お前も先ほど分かったと思うが、今この島は少しばかり状況がよくない。早いところ仲間を連れて村に帰るのが得策だ。」
そういって男はこの場から一人立ち去ろうとした。この人たちなら徳を助けられるかもしれない。さっきの話を聞くに徳はまだ捕まっていないようだ。
「あの、一つお願いがあります。」
男は歩みを止めた。
「なんだ、言ってみろ。」
「友達が一人、あいつらに追われて行方が分からなくなってます。どうかそいつを助
けてやってはくれませんか。」
男はしばらく考えて答えた。
「期待に添えられるかどうかは分らんが、街を探してみよう。その子の名前は。」
「徳治です。みんなからは徳って呼ばれています。」
「そうか、徳治か。探してみよう。」
そういって男は路地から消えた。それから俺はその場で軽く傷の手当てをしてもらい、仲間との集合地点まで送り届けられることになった。その道の途中、彼にあの男について聞いてみた。
「さっきのあのお願いをきいてくれた人、自警団の長か何かの。」
「ああ、あの方はまあ、確かに長っていえば長だね。でも自警団の長ではないよ。
あの方はこの島の島主、種子島金衛門様だよ。そして、実は僕がこの島の自警団の
長なんだよ。」
それを聞いて俺は驚いた。宿屋でのうわさでは金衛門はもっと恐ろしく、非道な
老人だと聞いていた。
「あの人が金衛門だなんて想像と違ったな。おっさんもそんな優しそうな顔をして
自警団長なんてびっくりだよ。そういえば、なんでまた自警団長が俺らが島に入るのを助けてくれたんだ。」
「いやね、ほらあの村には汽車の駅や船着き場とかあっていつも世話になってるだろ。村の子供たちが毎年こんな度胸試しをしてると金衛門様が聞いてね、村との関係を良好に保つために一肌脱いでるってわけなんだよ。」
「ふーん、そうなんだ。」
「そんなことよりも、終電の時間になったら絶対に村に帰るんだよ。徳治君は必ず
おじさん達が見つけ出すからね。」
「わかってるよ。」
集合場所に行くと、ほかの6人は集まっていた。自警団長と別れて、合流するとす
ぐに徳の事を聞かれた。
「なんか島で徳の知り合いに会ってそれから別行動してたんだよ。なんか先に帰っていいらしいから、先帰っちまおうぜ。」
「なんだよそれ。報告会はどうすんだよ。」
健が眉間にしわを寄せていった。
「いいじゃん、別に。徳にはまた今度きこうぜ。」
みんなあまり納得していないようだったが、その場はうまく言いくるめた。
しばらくして終電の時間になった。みんな思い思いバラバラに汽車に乗ってい
く。俺も同じように汽車に乗った。まわりでは大人たちが席に座って煙草を吸いな
がら談笑していた。飲みすぎて顔色の悪い大人もちらほら見える。
そういえば、せっかくの徳との賭けも台無しになったな。金衛門はちゃんと徳を
探してくれているのだろうか。それに本当に俺はこのまま家に帰っていいのだろうか。親友の窮地に俺は何もしてやれないのか。なんだか悔しさが湧いてきた。
いてもたってもいらず、俺は汽車から飛び降りた。
「おい喜助、どこ行くんだよ。」
開いた汽車の窓から声が聞こえる。
「俺、やっぱ徳と一緒に帰るわ。」
「お前までいなくなってどうすんだよ。」
「悪い。始発で帰るからみんなでうちで待っててくれ。」
俺は全速力で街の方へ向かった。
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