第2話不夜知島
日が落ち始めると同時に島のいたるところで色とりどりの明かりが灯りはじめる。島は巨大な歓楽街になっており、夜になると島にある様々な店が一斉に明かりを灯し営業を始める。酒呑み処や食事処、賭場、遊郭などありとあらゆる店がこの島にはある。
朝方日が昇り始めるまでこの明かり達は消えることはなく、夜の間島はまるで昼間のように明るく照らされているのだ。
夜を知らない島、だから不夜知島。
誰が呼び出したか定かでないが、いつからか島は不夜知島と呼ばれるようになった。
島には僕たちの住む村から橋が架かっていて、夕方から朝方にかけて数本の汽車が往復している。この汽車が島にいける唯一の移動手段だった。村の大人たちは仕事が休みになると、きまって汽車を使ってこの島に渡り、朝まで遊びまた各々の家へと帰っていく。
島の客はこの村の大人に限った話ではない。隣村の炭鉱夫や、遠くの町の商人、はては中央の役人さえもはるばるこの村にやってきて島へと渡る。ぼくたちが今度島に侵入する際にも、もちろんこの汽車を使う手はずになっている。
島には一つ不思議なことがある。
遠くからわざわざ来たり、連夜この島で遊ぼうとする男たちはたくさんいるがなぜか島の中には客の泊まる宿がないのだ。僕はむかし父にその理由を聞いてみたことがあったが、えらい役人さんが昔にそう決めたらしいとあいまいな返事が返ってくるだけだった。僕もさほど興味がなかったのか、それ以上深くは聞かなかった。
島に宿がないかわりに、僕たちの村の中心部にあるこの汽車が発着するためだけの駅の前には何件か旅籠があり、遠くからきたお客たちはここで宿をとることがほとんどである。
喜助はそんななかでもとりわけ大きな宿、春眠亭の4人兄弟の末っ子だった。生意気だが愛想のいい喜助はよく宿の客に気に入られ、彼らの宴会の席や寝室にお呼ばれされることが多いそうだ。
そんなときにお客から島の面白い話を聞きねだり、そこで得た島の噂をよく僕たちに披露してくれた。聞きかじった島の知識だったら喜助にかなうものはおらず、だからか自然と今回の度胸試しでも何かやってくれるのではないかと皆から一目を置かれている。
僕は喜助の話してくれる噂話はやはり噂話でどれもちっちゃな事実に尾ひれがついた程度の話だと知っていた。例えば、島の裏手には島の住人が死んだときに埋葬される墓地があり夜な夜な死者たちも酒を飲んでいるだとか、島に行く客の中には島の魅力に憑りつかれ汽車に乗って帰ることができずそのまま廃人になってしまう客もいるとかそんな話だった。
喜助も馬鹿ではない。その程度の噂話なら嘘がほとんどだと理解していた。だからこそそれをさらに面白おかしく脚色し、僕らに聞かせてくれていたのだ。
僕は父に連れられて何度か島に入ったことがあった。だけれども、島の裏に墓はないし廃人になった人を島で見たことは一回もなかった。たしかに、たまに島に行ったきり戻ってこなくなった大人もいるらしいがそれは別の理由からだろう。嘘だと分かったうえで喜助の話すそれはとても面白く、楽しそうに話す喜助の姿が僕は大好きだった。
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