第3話父の仕事

 僕の住む家は駅のある村の中心からあるいて四半刻ほどの場所に位置するちいさな漁港にあった。秘密の場所から坂を下るとちょうど村の中心と漁港の間ぐらいにでる。


 僕の家と喜助の家とは反対方向にあったが、喜助は作戦会議から抜け出した足でそのまま僕の家までついてきた。日もちょうど水平線上に消え、東側の空は徐々に夜へと変貌しつつある。


 途中で喜助に暗くなるから帰れよといってみたが、結局喜助は家までついてきた。家につくと母が夕食を作っているらしく、おいしそうなにおいが玄関先にまで香ってきた。


「賭けの件、実は徳にも勝算はあると思ってるんだ。徳自身はどう思ってるんだ。おじさんの仕事柄、徳はあの島に入ったことがあるわけだし。みんなは知らないけど。」


 喜助は玄関先にある長椅子に座って急にそういった。


「まあ、確かに何度か島には入ったことあるけど、僕たちは裏手からしか入ったことないし、仕事に関係する場所以外は行ったことないんだよ。」


 隣に座って暗くなった海を眺めながら答えた。


 父はこの村の漁業組合の頭をしていた。昔から僕の家がこの職に就くのが慣わしになっている。これは、僕の家が代々あの島と密接に関りを持っていたからなのだ。


 父はこの村と不夜知島とを結ぶ唯一の連絡船の船長だった。けれどもこの連絡船は一般的な島の連絡船とは違い特別なものだった。島に行く客を乗せるものではなくこの連絡船は、これからあの島で働くことになる遊女たちを乗せて島へ送るための船なのだ。


 遊女たちは様々な理由を持ち、不夜知島に渡っていく。食料の少ない山村の口減らしや、はやくして両親を亡くし身寄りのなくなった娘。もともと別の遊郭街で働いていたがそこにいられなくなり、ここへやってきた遊女。毎年多くの遊女を父は運んでいたが、よほど島の待遇が良いのか、島から戻ってくる遊女はいなかった。


 父の仕事はこれだけではない。もう一つ大事な仕事があった。


 島のまわりは潮の流れや、岩場の関係でいい漁場なのだが、昔から、島の周囲に船で近づくことは禁止されていた。しかし、時々不漁が続いたりして、どうしても島の近くで漁をする必要があることがある。そんな時に、連絡船の船長が島に遊女を送ったついでに島の島主である男に会い、島の周囲で漁をする許可をもらうのだった。


 これが父が漁師でもないのに組合の頭をしている理由だった。不漁で困った時には村の漁師たちが父のところへ訪ねてきて、許可をもらってきてほしいとお願いするのだ。


 村の中には父の仕事を気持ち悪く思う人もいた。特異な仕事だったし、あの島に関わる仕事だから仕方のないことであった。だからか、僕は喜助以外の友達に父の仕事を話すことはなかったし、一部の村の人たちも僕の家にはなるべく関わらないようにしていた。組合の頭になってるはもしかするとそれも理由の一つなのかもしれない。

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