第12話彼らの計画

 しびれるような頭の痛みで目が覚めた。辺りを見る。どうやらここは暗い倉庫のようなところの中らしい。土っぽい匂いが辺りに充満している。


 僕は立ち上がろうとしたがうまくいかなかった。その時初めて手を後ろで縛られていることに気がついた。どうにか外れないものかと腕を動かしていると入り口らしい扉から声が聞こえてきた。


「誰があんなに荒っぽく連れて来いといった。あの坊主が死んだら計画が台無しだろうが。」


「すまねえ、頭。けどよ、なんだか自警団の奴らが街中うようよいやがって、こうでもして黙らせないと連れてこれねえと思ったんだよ。」


「聞く話によると仲間が一人捕まっちまったらしいじゃねえか。ここがばれるのも

時間の問題かもしれねえな。とりあえず水と飯もってこい。」


 扉が開いた。


「お、坊主起きてたか。すまねえな手荒なことして連れてきちまってよ。」


 僕は男の予想外の対応に驚いた。男はやはりあの時の男だった。


「俺は勘兵衛ってんだ。よろしくな。」


 男は僕に手を差し出してきたが、当然それには答えられない。


「おお、すまんすまん。まだ手を縛ったままだったな。すぐにほどいてやる。」


 そういうと男は小刀を取り出し縄を切った。


「お前、名前は。」


 これまでの行動が不自然で仕方なかったが名前ぐらいならと僕は答えた。


「徳治。」


「そうか、徳治か。よろしくな徳治。腹、減ってないか。いま手下に飯を頼んでるから、飯でも食いながらゆっくりはなそう。」


 そういうと勘兵衛は部屋の隅から座布団を二つ持ってきた。僕は様子をうかがいつつ逃げるスキを探していたが、よくよく考えるとこの部屋を出ても手下がいるはずだから逃げれるわけがなかった。僕はあきらめてごはんが来るのを待った。


 しばらくして手下の男が二人お膳を持って部屋に入ってきた。二人はお膳を荒っぽく僕らの目の前に置き部屋から出ていった。


「よし、食うか。」


 勘兵衛は勢いよくご飯をかきこみ始めた。どうやら怪しいものは入っていないようだ。米に焼き魚に何かの野菜、そしていたって質素なみそ汁。僕は野菜から箸をつけはじめた。


「それで話っていうのは。」


「そうだったな。」


 勘兵衛は箸をおいた。


「お前が女たちを運んでる連絡船の船長の息子だってのは知ってる。だからそんな

お前に折り入ってお願いがあるんだ。どうか俺たちがこの島から出るのを手伝ってはくれないか。」


 勘兵衛は頭を下げた。僕はそのお願いが不思議におもえて仕方なかった。


「汽車で出ればいいんじゃないですか。」


「それができればこんなことをしちゃいない。徳治は知らないと思うがここの住人は誰だろうとこの島から出られないんだよ。あの金衛門でさえな。」


「どうして。」


「それは、知らん。」


 その言葉に僕はあきれた。そして、焦りも感じた。あの金衛門さえ島から出れな

いのだとしたらお菊ちゃんを島から連れ出すことは不可能なのではないか。島から

出れない理由が知りたくてしょうがなかった。


「それで僕は何をすればいいの。」


「おお。手伝ってくれるのか。」


「まだ手伝うとは言ってないけど、とりあえず。」


 勘兵衛はその計画とやらを話し始めた。


 俺たちはどうしても島から出たいが、あの汽車を使って出ることはできない。そ

うなれば方法は一つ。海から出るしかない。しかしこの辺りは潮の流れが速いから

泳ぐのは無理だ。


 そこで俺たちは船を造った。これでここから出られると思ったが一つ問題が起き

た。どうやっても潮の流れでもとの場所まで戻されちまうんだ。どうにかして潮の流れをよける方法はないものかと考えたとき、ふと連絡船の事を思い出したんだ。あの連絡船の船長なら潮の流れを知ってるだろうと。


 だが、お前の父ちゃんは金衛門と大の仲良しときた。俺たちとしても金衛門と正面からぶつかるのは避けたいんだ。あいつはおっかねえからな。そんなときに徳治、おまえを見つけたんだ。おまえもあいつの息子なら潮の流れくらい知ってるんじゃないかってな。


 勘兵衛の言ってることは正しかった。この島の潮の流れのほとんどは渦を巻いている。その潮にのると必ず島に戻される。だから島から船で出るのは容易ではない。しかし、ある海路を選べばその流れをよけて進むことができるのだ。僕はそれを最近父から教わっていた。


「わかりました。それくらいなら協力します。」


「よし来た。おまえならそう言ってくれると思ってたよ。」


「ただし、条件があります。」


「難しい条件以外なら何でも言ってくれ。」


「島の海流からでたらそこで僕を解放してください。小舟に乗せて切り離してくだ

さればそれで大丈夫ですので。」


「よし。分かった。」


「それと。」


 僕は言うべきか迷った。


「それとなんだ。」


「もうひとり女の子を乗せてください。」


「それは構わないが、その女の子って誰だ。まさか金衛門邸の女中じゃないだろう

な。」


「花街の橘太夫の小間使いです。」


「ああ、あの可愛らしい嬢ちゃんか。誘拐か。」


「違います。彼女とは昔この島から連れ出してあげる約束をしたんです。」


「なんだ、おまえかわいい顔して隅に置けないな。わかったよ。」


 勘兵衛はニヤニヤとしながら了解した。彼と固い握手を交わしご飯の残りを胃にかきこんだ。食べ終えると手下を紹介するといわれ僕らは空いたお膳をもって部屋をでた。


 部屋をでると洞穴のような道が続いていた。小さな明かりで照らされた薄暗い道を少し行くと目の前に階段が現れた。階段を上ると平屋の床下にでた。どうやら勘兵衛たちが自分たちで床下を掘り進め、お手製の地下室を作りそこに閉じ込められていたようだ。


 今まで地下にいたから気がつかなかったが外は日が昇り、とうに終電の時間は過ぎてしまったようだ。帰ったらみんなに謝らないといけないな。


 お膳の片付けの手伝いをしていると突然平屋の戸がドンドンと鳴った。あたりに緊張が走った。勘兵衛が手下の一人に合図を送る。手下はゆっくりと戸に近づき隙間から外を確認しようとした。


 その時大きな音とともに戸が倒れてきたのだ。そこから数人の男たちが部屋の中へなだれ込み、あっと言う間に勘兵衛たちは取り押さえられた。


 外から一人の男が入ってくる。間違いない、金衛門だ。そしてその後ろには島に

入るのを手引きしてくれた男の姿があった。


「ちくしょう。放しやがれ。なんでここがばれた。」


 勘兵衛は怒鳴り声に近い声で叫んだ。


「ふん。お前の仲間が簡単に吐きよったわ。それよりもお前たちがさらったわしの

大事な友人を返してもらうぞ。」


 そういって金衛門が僕に近づいてきた。僕は内心ほっとした。これで彼らに協力する必要もなくなり、安心して帰れるのだ。金衛門が僕の前で立ち止まる。


「む、徳治、お前、もしやこの島の食べ物を食べたか。」


 金衛門の訳のわからない質問に僕は困惑した。いつもの優しい声色ではなく怒りがこもった声だった。


「島に来て親友と一緒にお店で晩御飯を食べました。」


 僕は恐る恐る答えた。


「そうではない。店のものではなくこの島の植物か何かだ。」


 僕に心当たりはなかった。


「いえ、食べていませ」


「嘘をつくな。」


 すべていい終わる前に金衛門が怒鳴った。こんなにも恐ろしい金衛門は初めてだ

った。僕は黙り込んだ。


「徳治、お前を村に帰すわけにはいかなくなった。こいつらと一緒に屋敷に連れていく。」


 そういうと金衛門は部屋から出ていった。島に入る際に手引きをしてくれた男に連れられ金衛門邸に行くことになった。途中、彼は喜助の話をしてくれていたが僕の耳には全く残らなかった。


 屋敷につくとすぐに僕は勘兵衛たちとは別々の地下牢へと放り込まれた。何度か牢番の男に金衛門と話をさせてほしいとお願いしたが聞き入れてはくれなかった。


 冷たい地下牢の中にどれぐらいいただろうか。ガチャガチャと鍵の開く音がして牢番の男がひと言、出ろ、とだけいった。僕は素直に従い牢から出た。


 牢を出ると男は僕を座敷に案内した。そこには金衛門が先に座って僕を待ってい

た。僕は金衛門の正面に準備された座布団に座った。


「徳治、さっきはすまんかったな。ちょっと気が立っててな、お前に強く当たってしまった。」


 金衛門がそう謝ってきた。


「いえ、大丈夫です。それよりも僕はこれからどうなるのですか。」


「うむ。寛治の息子のお前をこんなことに巻き込んでしまって本当にすまんと思っ

ているが、やはりお前を寛治のもとへ帰すわけにはいかないようだ。」


「どうしてですか。」


「牢で勘兵衛が話したのだが、徳治お前、あやつと一緒に飯を食べたそうだな。」


 確かに食べたがそれがどうしたのだろうか。


「この間お前が来た時にきちんと話しておくべきだったな、この島の真実を。このことを知っているのはこの島でも僅かだ。おまえの父にはお前の祖父から仕事を受け継ぐときに話している。本土でも知ってるのは中央の僅かな人だけだ。いいか徳治。このことは決して他言してはならない。いいな。」


 金衛門はゆっくりと話し始めた。何かを懐かしむように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る