第15話島と金衛門の真実

 壁を建設し始めたころ時を同じくして、不治の病に伏していた私の妻がとうとう亡くなってしまった。私は喪失感にさいなまれ、これ以上何かを失うことに耐えられそうもなかった。せめてふたりで幸せに暮らしたこの街を失ってしまわないよう手をうったのだ。


 不死草には副作用があった。それを私は利用した。


 薬を作り始めて間もないころ、島のなかで流れる時と島の外で流れる時が少し違うことに気がついた。


 不死草の種を煎じた薬を服用している人はしてない人に比べ島のなかではゆっくりと時が流れているようだった。老化も遅く、人によっては若返りさえも見られた。


 そこで試しに最初のころから種の薬の開発に体を貸していてくれた罪人に島の外に出てもらうように頼んでみたのだ。


 はじめ何ともなかったらしいが島からある程度離れたとき、彼の体に異変が生じ始めた。急激な老化がはじまり、ついには干からびて死んでしまったのだ。


 その悲惨な報告を聞き、その時の私はすぐに種の研究を取りやめたのだが、再びその種に手を付けてしまった。その種を街のみなに与え、この島から出られないようにしたのだ。種を一度でも服用したものはもう外では生きていけない。そしてこのことは思いもよらない効果をいくつかもたらしてくれた。


 まず、逃げ出そうとする罪人がほとんどいなくなったのだ。罪人のなかにはこの副作用について気がつく者もいたが彼らのうち、口をつぐむ者にはなにもしなかった。しかし、それを広めようとしたものは、残酷におもえるかもしれんが容赦なく処分した。街を守るためにだ。


 そうしているとこの島で私に逆らうものは居なくなったのだ。それから随分と長い年月がながれ、薬について知っているものも随分と少なくなった。だからか近頃新しく来た罪人たちはこのことを知る由もなく、勘兵衛たちのようなものも現れるようになってしまった。


 それと、いつからかこの島の間違ったうわさが本土で流れるようになってしまった。この島にくれば厄介な病気が治せるのはもちろんの事あまつさえ若返りまでできる妙薬を手に入れられると。その噂を聞きつけた遊女たちがこの島に集まるようになった。実際、妻の為に作った薬は彼女たちの忌々しい病気への懸念から解放することができた。それに不死草の種には人によっては若返りの効果があった。が、それを使うということはこの島から出ることはできなくなるということなのだ。


 女というものは恐ろしい。私はそのことを説明したが、それでもかまわないと。自らの永遠の美を求め薬を使い、その秘密を守りながら街に居続ける代わりに、街の一角に花街を作ることを私は提案された。


 表向きに花街を作るには、中央の役人に許可を取らなければならなかったのだが、この島は特別扱いされていた節もあり、汽車を使わず海路で秘密裏に運ぶことを条件に許された。


 そこではじめ罪人を運んでいた連絡船を、ここに働きに来る遊女たちをのせるためのものに変えた。徳治、これがお前の家が今の仕事に就いたいきさつだ。


 島の秘密は幸運なことに守られ続けたが、この島のいろいろなうわさは広まっていった。若返りの島。不老不死の島。不死の草の生える島。いつしか島は不死野島や不野死島と呼ばれるようになっていった。しかしその噂を伝えるものも死に絶え、うわさは錆びれてゆき、そんな言い伝えを知る者もいなくなった。勝って好き好きに呼ばれた結果、今では不夜知島と呼ばれるに至ったのだ。


 私は業の深い人間だ。愛する妻との思い出を守るためとはいえ、自らのわがままで街のみなをこんなことに巻き込んでしまった。この島すべてにかかわる人々に申し訳ない気持ちでいっぱいなのだ。しかし今も昔も私にとってこの街がそれほど大事な存在だということはわかってほしい。それゆえ自分の名前に深い戒めの意を込めて種子島とつけ、そう名乗るようになったのだ。


 徳治、お前にも謝らなければならないな。すまない。こんな私を許しておくれ。

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