第19話自らの無力さ

 汽車から飛び降り、健たちと別れてだいぶ時間が経った。日もすっかりのぼり、島の住人たちは仕事を終えみなどこかへ行ってしまった。街のなかはひっそりとしていて夜の島がまるで幻のようだ。


 金衛門は徳を探してくれるって約束したが、この街を見る限りその様子はない。俺は路地までくまなく探してみたが全く見つけることができなかった。


 それどころか入り組んだ路地のせいでどっちから来たのかわからなくなってしまったのだ。


 仕方なく勘でうろうろしていると、門の近くの街とは違って平屋ばかりの地区に出た。平屋のなかからはいびきが聞こえる。俺が必死に徳を探しているっていうのに、そんなのん気ないびきに腹が立って仕方ない。


 しばらく平屋の間を歩いているとなんだがまわりが騒がしくなってきた。どうもむこうで何かあったらしい。


 俺は駆け足で騒ぎのする方へと走り出していた。


「あっ。」


 騒ぎの起きている方にあの自警団長のおっさんの姿が見え俺は焦って平屋の陰に隠れた。物陰から様子をうかがってみる。


「ひとまずこれで全員だ。さあ、金衛門邸へ行くぞ。」


 おっさんは十人ほど縄で縛り、一列に並ばせてどこかへ向かう。


 俺がその列を目で追っていると、最後尾を歩く者に目が留まった。


 徳だ!


 遠目でみても徳の身に何かあったらしいことがわかる。下を俯きこころそこにあらずといった表情だ。


「畜生。徳を助けてくれるって約束してくれたはずなのに、なんで。」


 俺は唇をかみしめた。ここで出ていけば徳と話ができる。最悪おっさんにお願い

すれば、徳は解放されるかもしれない。


 俺は覚悟を決めて、物陰から飛び出そうとしたその時、後ろから誰かに肩をつかまれた。


「坊主。やめておけ。今出て行ってもお前には何もできない。」


 後ろをふりかえると、初老の男が険し気な表情で騒ぎの方を眺めている。


「放してくれ。俺はあいつの友達なんだ。今助けなきゃ後で後悔する。」


「なんだ。お前、徳治くんの友達なのか。」


 男の口から徳の名前が出るとは思わなかった。


「あんたも徳を知ってんのか。」


「ああ、よく知っているよ。とりあえずここではなんだ、うちへ来い。そうすればじきにこの島で何が起きているのかわかる。」


 そういって男は俺を引きずるように連れて行った。


 一軒の平屋に入る。


「まあおすわり。茶でも飲んで落ち着きなさい。」


 俺は出された熱いお茶に苦戦しながらひとくち口に運ぶ。


「それよりおっさん。なんで徳の事を知ってんだ。」


「たまに会うんだよ、門でな。」


 なんのことだかさっぱりわからないが、とりあえず敵ではなさそうだ。


「おっさんは、なんで徳が捕まったのか知ってる?」


「いや、わしにもわからん。島主様は徳治くんをなぜ連れてってしまったんだろうか。」


 どうやらこいつも徳の事が心配らしい。


「そういえば坊主、なんでこの時間にここにいるんだ。もうとっくに終電は終わっとるだろ。」


 ドキッと心臓が跳ねた。しかし、この男になら話しても大丈夫な気がする。


「徳が昨日の夜さっき捕まった奴らから追いかけられたんだ。それから朝まで探したけど見つかんなくて、仕方なく終電の汽車に乗ったんだよ。けどさ、おれにとって徳は小さなころからの数少ない親友なんだ。そんなあいつをこの島に残していくのがどうしてもいやになったんだ。それで汽車から飛び降りて今の今まで探してたんだよ。」


 まとまりのないへたくそな話を聞かせた。


「そうか、徳治くんの親友なのか。」


 なんだかうれしそうだ。


「それにしても茂助の奴遅いな。今日は顔を出すといっていたんだが…」


 すると突然平屋の戸が開いた。


「すまない哲男さん。今日はちょっと大捕り物があって遅くなってしまった。」


 戸から入ってきた人物をみて俺は驚いてしまった。あの自警団長ではないか。


「あれ?お客さんかい。珍しいね。」


 そういって俺の顔を確認した瞬間、おっさんの表情が曇った。


「喜助くん。君がなんでここにいるんだい。」


「それよりおっさん、なんで徳を捕まえたんだ。助けてくれるって約束だったじゃ

ないか。徳が何したってんだよ。」


 俺は怒りをあらわにする。おっさんは俯いたまま黙っている。


「まあまあ、二人とも落ち着きなさい。とりあえず茂助、ここに座ってゆっくり話そう。」


 おっさんがこっちに来て床に座る。


「何があったんだい。」


「哲男さんは知ってると思うけど、勘兵衛たち一味を今日捕まえたんだ。」


「それでなんで徳治くんを連れて行ったんだい。」


「それは僕にもわからない。けど金衛門様のご命令だったんだ。」


「なんだよそれ。なんだかわからねえのに捕まえて連れて行ったのかよ。」


「すまない。喜助くん。君との約束を破るかたちになってしまって。」


 全く腑に落ちない。


「それで、いま徳治くんはどこに?」


「それが、屋敷の地下牢に入れられてしまった。」


「そうか…」


 畜生。なんなんだよそれ。


「どうにか助けてあげられないのかい?」


「あとで澄に頼んでみるよ。」


「そうか。それで解決するならいいけど。ところで茂助、お前本当に心当たりはない

のかい。」


 おっさんは明らかに動揺している。


「なんだよ、教えてくれよおっさん。」


 しかし哲男とかいうじいさんはおっさんの表情から何かを察したらしい。


「まずいな。」


 と小さく呟いたっきり黙り込んでしまった。


 俺だけ置いて行かれているこの状況に腹がたって仕方ない。


「もういい。あんたらなんかに徳を任せられない。俺がひとりで金衛門のうちにの

りこんで徳を助け出してやる。」


 そう息巻いて立ち上がったところおっさんが静止してきた。


「まあまて喜助くん。僕も今のままではまずいと分かってるつもりだ。とりあえず

落ち着いて。徳治くんを助け出すにしてもだ、金衛門様のところへのりこもうとす

るのを僕は黙って見過ごせない。それにもしかした力になってくれる人を僕は知っ

てる。」


 おっさんの最後の言葉に俺は落ち着きを取り戻す。


「ほんとか?おっさん。お願いだ、その人を紹介してくれ。」


 それからその助けになってくれる人の事を聞いた。その人は澄といってこのおっ

さんの姉らしい。


 その澄って人に金衛門に掛け合ってもらいどうにかしてもらうそうだ。そういえ

ばどこかで聞いた覚えがある名前の気がする。


「とりあえず澄のところに行ってみる。喜助くんはここにいてくれ。」


 おっさんがそういって立ち上がる。


「待てよおっさん。俺だって徳の力になりたいんだ。お願いだ。連れて行ってく

れ。」


 おっさんはしばらく考えたが渋々連れて行ってくれることになった。


「気をつけていくんだよ。」


「ありがとうございます。」


 俺は哲男さんに頭を下げて平屋から出ていった。


 平屋から出るとすぐにおっさんは俺の手を縄で結ぼうとする。


「なにすんだよ。」


「まあ待って。君を引き連れて歩くのはおそらく不審に思われる。君の手を縄で縛

ってしまえば周囲から逆に警戒されないと思うから我慢してくれ。」


 ほんとかどうか知る術はなかったが、ここはおっさんを信じるしかない。


 俺は仕方なく手を結ばれついていくことにした。


 おっさんは準備ができると同じような平屋の間をするする通り抜けどこかへ向か

う。俺もそれについて歩いてゆく。ここへ案内なしでまた来いと言われても無理な気がする。


 しばらくして大きな屋敷の前でおっさんは立ち止まった。


「ここが金衛門様の屋敷だ。」


 立派な屋敷だ。しかし、中に入ってみるとそうでもなくただ広いだけで割と質素

な造りであった。


 おっさんに連れられながら屋敷のなかを歩く。途中、中庭が見えたがそこだけはまるで世界が違うかのように立派なものがあった。


 うちの宿にも立派な庭がこしらえてあるが、その何十倍もきれいに整えられている。それに池の水面に色とりどりの鯉の姿も見える。そういえば前に徳が金衛門の屋敷の話を俺にだけしてくれた気がする。


 それからおっさんは屋敷の奥の人目の着かないところへ俺を隠し、誰かを探しに行った。しばらくひとりになる。遠くで誰かが歩く音がする。畳のにおいや穏やかな空気で気持ちを落ち着けたいが、徳の事を思うと心配ばかりがつのる。


 この屋敷のどこかに徳が捕まっている。俺はこの部屋から飛び出して徳を探し出したい衝動にかられたが、縛られた手から感じる痛みに、この状況では自分は無力でどどうすることもできないといやおうなしにつきつけられる。


 おっさんが誰かをつれて戻ってきた。女の人だ。とてもきれいな人。たぶんこの人が澄さんなんだろう。


「あなたが喜助くんね。徳ちゃんからたまに話は聞いているわよ。徳ちゃんと仲良くしてくれてありがとうね。」


 そういってこちらに笑顔であいさつしてくる。人懐っこい感じのする女の人だ。うちの宿屋ではわりときれいな仲居さんを雇っていて、女の人とのおしゃべりはなれたもんだと勝手に思っていたが、澄さんの素敵できれいな笑顔に俺は思わず照れてしまいそうになる。


 そうだ、思い出した。前に徳と好きな人の話をした時に澄さんという女の人のことを聞いたことがある。きっとその人に間違いない。


「それで、茂助、徳ちゃんが地下牢に閉じ込められたっていうのはほんとなの。」


「ごめん、姉さん。本当なんだ。」


 ついこんなきれいな人に親しみのこもった名前で呼ばれている徳が羨ましく思っ

てしまった。


「わかったわ。なんとか金衛門様に掛け合ってみるわ。徳ちゃんが地下牢に閉じ込

められているなんて私耐えられないわ。」


「お願いするよ姉さん。」


「喜助くん、後のことはわしに任せて、あなたは始発の汽車が島に来たら必ず村に帰るのよ。このまま島にいるとあなたの身も危ないわ。」


 ここにきてようやく自分にできることはないと気づかされた。もう今のおれにできることは宿でおとなしく徳が帰ってくるのを待つそれしかない。


「分かりました。必ず始発の汽車で村に帰ります。」


「ありがとうね。きっと徳ちゃんは助け出すわ。」


 そのあと澄さんはおっさんと一言二言はなしてここを離れようとした。


「あの。」


 俺は少し大きな声で呼び止める。


「徳のこと、よろしくお願いします。」


「澄さんに任せなさい。」


 澄さんは明るくそういうとどこかへ行ってしまった。


 そのあとはおっさんにまた連れられ屋敷の外へ出た。それから近くの物陰に隠れ

おっさんは俺の手の縄をほどいてくれた。


「ちゃんと帰るんだよ。」


「分かってるよ。」


「始発の時間までにはまだ時間があるから駅の近くで隠れているといい。平屋街の

方にはもしかするとまだ勘兵衛たちの仲間が潜伏してるかもしれないから近づかないこと。いいね。」


 その言葉に黙ってうなずく。


 おっさんはここから歓楽街に抜ける道を教えてくれると平屋街の方へと向かって歩き始めた。そういえば、澄さんどう見てもおっさんの姉には見えなかったな。


「おっさん。」


 俺はおっさんを呼び止める。


「いろいろありがと。それと、おっさんの姉ちゃんめちゃかわいいな。おっさんの姉ちゃんには見えなかったぞ。」


 その言葉を聞いておっさんは何も言わず笑顔で手をあげた。しかしその表情にはどこか物悲しさが含まれていた。

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不夜知島 蓮本 丈二 @hasumotojogi

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