17.みんな同じ

 下北に来てよかったこと――それはもうひとつあって、どこに行ってなにを食べても、やたらおいしいところだ。

 音楽だけでなくそっちに関しても、ちゃんとがあった。

 周囲を海に囲まれているから、海産物が豊富で新鮮なのはもちろんのこと。

 飲食店もわたしが勝手に想像していた以上にたくさんあって、昔ながらのお店から、今風のおしゃれなお店まで、それぞれが自慢の料理を提供していた。

 おまけに、安い!


「ね、ねぇ……このボリュームのクレープが、こんな値段でいいの!?」


 クレープの屋台に貼り出されているたくさんのメニュー表に、目移りする。

 どれも、東京で食べたらきっと倍の値段はするんじゃないだろうかと思う。


 でも、その値段を見慣れているであろう弓ちゃんは、ひょいと首を傾げた。


「結構高ぐね? 学校の近ぐさ店あるして、たまに行ぐけど、わいだっきゃいっつもミニクレープだ。そっちは安いして。その分量が少ねぇけどなっ」

「た、確かに高校生のおこづかいで買うには高いかもしれないけど、相場よりはずっと安いからね?」


 わたしはそうフォローを入れてから、チーズケーキが一切れまるごと入ったクレープを注文する。

 こんなときくらいは、奮発しなくちゃ。


 そんなわたしを見て対抗心を燃やしたのか、弓ちゃんは隣の屋台に走っていった。


「へばわいは、唐揚げ買ってくる~」


 その唐揚げ屋さんは、市内のあちこちでよく見かける、移動販売のお店だ。

 串に刺さった大きな唐揚げが三つ、それでいてあの値段!


 揚げたてをリクエストしなかったのか、満足そうな表情の弓ちゃんが早々に戻ってくる。

 わたしのクレープができあがるのを待ってから、食べながら他の屋台も見てまわった。


 ステージ上では今も、出演者たちの熱演が続いている。

 心地いい音楽を聴きながら、おいしいものを食べてすごせるなんて、わたしにとっては最高の場所だ。


「あ、こっちさはラーメンもあったじゃ」

「ラーメンっ?」


 わたしたちは会場に向かって右のほうからまわりはじめたのだけど、そのラーメン屋台があったのはいちばん左側だった。


「しかも未沙ちゃんが好きそうな、塩゛ジオラーメンだずよ」

「ジオラーメン!?」


 先にそっちを食べればよかったと、ちょっと後悔した。

 さすがにクレープのあとにラーメンを食べる気にはなれなかったので、貼ってあった説明文に目を通してみる。


「えーと……」


 塩゛ジオラーメンは、下北産のホタテやイカ、ふのりをたっぷりとトッピングし、下北の水と津軽海峡の塩を使ったものらしい。

 そのうえ、器は川内地区の土でつくった宇賀焼き、というこだわりようだ。

 というか、よく見たらこの看板、MArMAladeマーマレードのすぐ近くのお店じゃ!?

 今度京介さんに連れていってもらおうと、密かに決意した。


 そうして、音楽と一緒に下北の食を楽しんでいたわたしだったけれど――


「――え……?」


 次の出演者、どピンクの衣装を身にまとった男性がステージ上に現れたとき、わたしは自分の目を疑った。

 正確に言うならば、そのめちゃくちゃ顔が濃い男性のせいじゃない。

 後ろからついてきた、のせいだった。


「どうも~。北国生まれの南国顔でおなじみ、メンソーレ川端でございます! 今日はメンソーレダンサーズを引き連れてやってまいりました」


 どうやら後ろの女の子たちはダンサーらしい。

 半纏はんてんをアレンジしたような、黄色い衣装を着ていた。

 軽快な曲の始まりとともに、踊り出す。

 わたしは目が離せなかった。


 そのうちのひとりが、だったから。


「ん? なぁしたの? 未沙ちゃん。そったら食いついで。もしかして、メンソーレのファンがっ?」

「いや、初めて見たけど……でも、すごくたくさんファンがいるんだね」


 前のほうの席には、なんとメンソーレさんの顔が入った団扇を振る熱狂的なファンの姿もあった。

 本当にの人らしく、会場全体の盛りあがりが今までと少し違うように感じる。

 そんななかで――彼女は、無表情に踊っていた。

 あれ、もしかして無理やり!?


「後ろで踊ってるの、あの人の子どもだべが」

「あ、そっか。全員じゃないかもだけど、きっとそうだよね」


 少なくともわたしのクラスメイトの子は、名字が『川端』じゃなかった。

 友だちに巻きこまれたのかもしれない。

 それでも彼女は、ちゃんと踊っている。

 この場を盛りあげるために――逃げ出さずに、ステージの上にいる。


 それだけでわたしは、すごいことだと思った。

 尊敬した。

 と同時に、気づいたんだ。


「みんな、同じなんだね……」

「え?」

「自分が望んだことだけを、できるわけじゃない。みんな、もがいてるんだ……」


 そんなあたりまえのことにさえ、わたしは今の今まで考えが及ばなかった。

 声をかけてくれたクラスメイトたちにうまく応えられなくて、孤立してしまったことも。

 ステージの上で、歌うことだけに集中できないことも。

 言ってみれば、、だ。


 じゃあ、今の彼女は?

 踊っている様子を見る限りでは、自らすすんでやっているようには見えない。

 でも、けっしてふて腐れて適当にやっているわけじゃなく、そこには使命感のようなものが見えた。

 きっと、、だ。


 どっちが嫌だと思う?

 ――そんなのは、考えるまでもない。

 少なくとも彼女は、嫌がる自分の気持ちに打ち勝って、あのステージの上に立っているんだ。

 堂々と、踊っているんだ。


 その事実が、わたしを勇気づけた。


「――弓ちゃん、わたし、ちょっと行ってくるね」

「え? あっ……」


 大盛況のうちに終わったステージを見届け、わたしは前のほうに走る。

 どうしても、あの子に声をかけたかった。

 内気なわたしが自分からそんなことを考えるなんて、京介さんのとき以来かもしれない。


 彼女とは、毎日教室で顔を合わせていた。

 彼女が所属するグループも知っていた。

 わたしと違って社交的で、悩みなんかないんじゃないかって、勝手に思ってた。

 そんなわけがないのに。


 観客の隙間を縫って、最前列へ。

 ただ、出演者たちがどこから出てくるのかはわからなかったから、辺りをキョロキョロと見まわした。

 すると――


「あ」

「……えっ!?」


 ちょうどステージの脇のほうから出てきた彼女と、目が合った。


「あ、あ、あ……あんたっ、なんでこんなとごに!?」


 よっぽど驚いたのか、声がひっくり返っている。

 考えてみたら、内向的でおとなしいタイプと思われているであろうわたしが、音楽フェスに来ているなんて意外なのかもしれない。

 思われているもなにも、事実そうなんだけど。


「もしかして、今の見でだ……?」


 動揺しているせいか、彼女はわたしを無視しなかった。

 それどころか、顔面蒼白になって、怯えているようだ。

 わたしに弱みを握られたとでも思っているんだろうか。


「う、うん、見てたよ」


 それだけ口にするのでも、緊張する。

 恥ずかしがり屋で照れ屋で内気で内向的なわたしには、が必要な作業だ。

 だけどこれは、わたし自身がやりたいと望んだことだから。

 彼女が乗り越えたものに比べたら、ずっと簡単なはずだ!


 そう自分を励まして、続ける。


「最初はビックリしたけど……でも、ステージにあがってるのがすごいなって思った」

「そったらごと言って、ほんとはバガにしてらんじゃないの?」

「してないよ!」


 自分でも不思議なほど、大きな声が出た。

 周りにいた何人かが、こちらを振り返る。

 注目されるのは嫌だ――震えそうになる脚を、なんとかこらえて。

 目を大きく見開いている彼女に、訴える。


「ほんとに、すごいと思ったんだよ。今のわたしにはできないことだから。それを伝えたくて……頑張って、声をかけたの」

「あ……」


 普段、教室での会話がまったくないことは、彼女だって当然わかっているはずだった。

 わたしが、自分から人に声をかけるような性格でないことも。

 けれど今、わたしたちは確かに話している。

 会話している。


 途切れさせたく、なかった。


「わ、わたし、いつかステージの上で歌うような人になりたいの。でも、人前に立つとあがって、わけがわからなくなっちゃって……」


 それもだいぶ改善はされてきたものの、性格はそうすぐには変わらない。

 震える声を、握りしめたこぶしで制御する。


「だから、堂々と踊ってるのを見て、すごいと思ったんだ。ほんとだよ!!」

「わ、わがったわがった」


 ようやく信じてくれたのか、彼女は照れたように頭の後ろを掻いた。


「見られだのは恥ずかしいけど、無様じゃねがったんならよがった」

「無様なんてそんな……っ」

「はいはい」


 彼女は軽くわたしを遮ると、今度はジロジロと顔を見てくる。

 人と目を合わせることすら苦手なわたしは、すぐに俯いてしまった。


「な、なに……?」


 せっかく話せたのに、また遠ざかるようなことを言われるんだろうか。

 今度は握りしめたままのこぶしさえ震えてきて、一瞬耳を塞ごうかとまで考えた。


 でも――


「……無視したわげじゃ、ながったんだね」


 そうする前に届いた彼女の声音こわねは、どこかやさしくて。

 ハッと顔をあげたら、ばつの悪そうな表情をしていた。


「あがり症? だして、一気にみんなさ囲まれで、なにも言えなぐなったの?」


 わたしがクラスで孤立する原因となった出来事のことを言っているのだと、すぐに理解した。

 必死に頷く。


「そ、そうなの! は、話したいけど、言葉がうまく出てこなくて……それで……」


 やっとわかってもらえた。

 やっと、わかってくれた。

 ただそれだけで、視界が滲んでくる。


「無視、したんじゃない……ほんとは話したかった……でも、わたしは……」

「わがったわがった」


 もう一度同じ言葉で遮って――彼女はわたしに、ハンカチを差し出してくれた。


「うちらも悪がったよ。東京の子が珍しぐて、一気に囲んでまったもんね」


 ありがたく受け取りながら、わたしは左右に首を振る。

 だって、みんなは悪くない。

 わたしは転校生ではないけれど、他の土地から引っ越してきた人が囲まれるのは、ごくごくあたりまえの光景なんだ。

 わたしだってそれをわかっていたし、覚悟していた。

 ただ、対応しきれなかっただけ。


 きっとあのときが、自分を変えるための、いちばん最初のチャンスだったのに――。


「バカなのは、わたしなの。クラスメイトにさえ緊張するなんて……」

「それが性格なんだば、しょうがないって。みんなさも、ちゃんと言っておぐして」


 あっさりとわたしの個性を受け入れ、彼女は微笑んでくれた。


「せば、うちもう行がないば」

「あ、こ、これっ」

「あどで返してくれればいいよ。どうせ毎日学校で会うんだして」

「う、うん。ありがとう……!」

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