3.問題がいっぱい!?

 その後も円滑な話し合いが続き、必要な決めごとはあらかた出し切った。

 どのように出演者や観客を集めるのか、協賛を募るのか。

 新たなイベントとして露出していくための方策、グッズ制作について、などなど。

 そうして、最後に残った問題は――


「ところでさ、この企画って、だいが旗振り役なんだい?」


 会話が落ちついた隙を見計らい、ズバリ訊ねたのは入谷さんだった。

 最初から、そのことが気になっていたのかもしれない。

 俺と昌也は思わず顔を見合わせる。


「最初さ立ちあがっだのは、わいど卓真だけど……多分、わいだぢは前さ出ねぇほうがいいんだべな」

「だろうなぁ」


 昌也の場合は役所の人間だけに、前に立つと市の企画だと思われてしまう可能性がある。

 俺の場合も、地方局とはいえテレビ局の人間だから、特定のイベントに表立って関わるのは、少し気が咎めた。


「わいとナリくんも、それぞれ所属しているグループがあるして、前に立つとそれ絡みだと思われてしまう可能性があると思うんだ。だして、まったく新しい団体によるイベントだってアピールするには、それこそ新しいが必要なんじゃないか?」


 入谷さんの意見は、非常に――あるいは非情に的確だった。

 日頃どんなに素晴らしい活動をしていても、しがらみというものは必ずつきまとう。

 すでにある程度有名な人やグループが前に立つと、もうできてしまっているそれを越えることは、残念ながら難しいのが現実だ。

 人間関係が密になっている地方は特に、そういった傾向が強かった。

 だからこそ、新しいことをするためには、新しい顔を立てたほうがいいと、そういう話なのだ。


 もう何度もしていることだが、お互いの顔を見やる俺たち。

 しだいにその視線は、あるのもとに集中していった。


「あ、あれ……?」


 本人もそれに気づいて、途端にキョロキョロし出す。


「え、な、なにさっ!?」


 それは、なんか面白そうだぞと気軽に乗りこんできた、芳雄くん。

 普段は石材店に勤めている、サラリーマン。

 まさしく、だ。


「おめしかいねぇ!!」

「頼むっ」

「おお、救世主よ!」

「ワオ~」


 なんだかよくわからないが、とにかくものすごく盛りあがって、みんなで芳雄くんに詰め寄った。


「えぇぇええっ!?」


 最初は戸惑った様子を見せていた芳雄くんも、みんなの熱にあてられたのか、しだいに頬を上気させていく。


「わ……わがった! やるよっ。とりあえず先頭で大漁旗振ればいいんだな!?」

「やいや、どごの船ば出迎える気だ?」

「それ比喩だしてさ」

「あはは」


     ♪     ♪     ♪


 初めてのミーティングのあと、話し合いの舞台は再びSNSに戻り、細かな部分が詰められていった。

 まず取りあげられたのは、実行委員会の参加規約だ。

 これから本格的に動いていくにあたって、多くの人たちの協力が必要になる。

 それに伴い、実行委員の人数も増えていくだろうことは、簡単に予想できた。


 そうして参加してくる人の多くは、すでに社会人として働いており、ある程度の常識を身につけている。

 その前提があったとしても、基本的にはボランティア活動になるからこそ、しっかりとした規約が必要だった。

 自分が実行委員であるか否か?

 それが口約束だけの存在であれば、もし約束を破られたとしても、文句ひとつ言えない。

 規約は、お互いにを保つためにも、なくてはならないものなのだ。


昌也:で? 規約ってどうつぐんの?

卓真:ネットから適当にテンプレ拾ってくるから、俺たちに合わせて改変しよう

昌也:なるはや

奈里斗:そこは「なるほど」では?

昌也:実は両方の意味ば掛げだ!

卓真:わかりにくい……


 繰り返すことになって申し訳ないが、今の時代は本当に便利だ。

 あらゆる情報が、検索すれば簡単に入手できる。

 俺は仕事の合間にどこかの会員規約を拾ってくると、共有フォルダにぶちこんでおいた。


卓真:時間ある人、編集頼むね

たま:_・)ソォーッ

昌也:捕獲!>たまちゃん

奈里斗:そこは「捕捉」では?

アンジェ:ナシさんのツッコミ、面白い……!

芳雄:アンジェさん、もしかして感動してる?(笑)


 ノリがいいやつが多く、話はすぐに脱線しがちだが、任されたことはきちんと責任を持ってできるメンバーだ。

 今も、すでに規約をいじりはじめているアカウントがあった。

 自然と口もとが緩んでしまう。


昌也:あどさ、出演者ど、出店者ど、協賛ば募るチラシ

芳雄:あ、それわい担当だ

芳雄:なるはやします

たま:必要な写真あったら言ってけ

芳雄:ありがとう!


 そのやりとりを眺めていた俺は、ふと気づいた。


卓真:待って、チラシつくるにしても、先にイベント日時が決まってないと

卓真:募集かけづらくないか?

昌也:ほんだじゃ!

芳雄:じゃあ、わいがイベント広場あいてる日、聞いてみる

芳雄:大体何月頃がいい?


 その芳雄の問いかけに、めいめいが希望を書きこんだが、大体一致していた。


卓真:やっぱり秋だな、雪降ってからだと大変だし

昌也:夏だど早すぎるもんなぁ

アンジェ:芸術の秋、デス!

昌也:んだんだ


 ――そんなやりとりをニヤニヤと眺めていた、ある日。

 珍しく外へ出かける取材予定もなく、事務所で細かい雑務をこなしていた俺は、昼になると自分のデスクで弁当をつつきながら、スマホをいじっていた。

 そこに声をかけてきたのは、いつもの後輩だ。


「宮内さん、もしかして彼女でもでぎだんですか!?」

「は? どこからそういう話が……」


 俺の隣は別な人の席だが、後輩は勝手に椅子を引くとそこに座った。

 手に持っていたレジ袋から、大量の菓子パンを取り出す。


「だって、最近よぐスマホ見て、楽しそうにしてるじゃないですか~」

「楽しいのは楽しいけど、じゃない」

「へば、なんです?」


 この後輩はおそらく、深い意味もなく聞いているのだ。

 きっと俺の個人的なことで、たいした話ではないのだろうと、思っている。

 だが俺は、話すことを少し躊躇した。

 なぜなら、まだ百パーセント開催できると、決まったわけではないからだ。


 人は集まってきた。

 いろいろと決まってもきた。

 しかし、逆に言えば、まだそれだけの段階で。

 今の時点で同僚に話していいものか――覚悟のほどを問われているような気が、した。


 協力を仰ぐための言葉ではない。

 として、息を吸う。


「――この下北でな、音楽フェスをやろうって、仲間と立ちあがったんだ」

「えっ!?」


 まん丸になった後輩の目に、俺は思わず吹き出した。


「いや、驚きすぎ……」

「だってフェスでしょ? フェスですよね!? あの、こう、ニュースでやっでるみたいな……サマソニどかフジロックみたいな!?」

「そこまで大規模じゃないけどなっ?」


 規模が違いすぎて、比べられても困る。


「はぁ……下北で、フェス……」


 あまりにも予想外だったのか、後輩は呆けた様子で呟いた。

 ――おそらく、これが正しい反応なのだ。

 こんな地方の田舎で――新幹線からも見放されたような場所で、音楽フェスをやろうだなんて、普通は考えない。

 誰が来るんだ? 誰が出るんだ?

 首を傾げるのはあたりまえだ。


 しかし――


「なんだがそれ、めっちゃ楽しそうじゃないですかぁ~」


 次に後輩が見せた表情は、呆れ顔ではなく。

 俺が初めてのミーティングで見た、みんなのワクワクした表情と同じものだった。


「日時決まっだら、教えてくださいね? 自分も観に行ぎたいです!」

「お、おう」


 しかも、そのあとで後輩がつけ足した問いは、フェスの開催を成功へと導くのに欠かせない要素で――


「そんで? MCは誰がやるんです?」

「へ?」


 MC。

 ようするに、当日ステージ上を仕切る司会者だ。


「……忘れてた……」


 そこは完全に、頭から抜けていた。

 ミーティングでも誰も言い出さなかったから、みんなもきっと同じだろう。

 いくら芳雄くんをイベントの顔に設定したとしても、彼にMCまでやらせるのは、さすがに荷が重すぎる。

 やってやれないこともないだろうが、経験豊富な慣れた人でないと、予定外なことが起きたときに対処しきれない可能性があった。


 これまでさまざまな舞台を取材してきた俺だからこそ、わかるのだ。

 仕切るにはセンスと経験が必要で、さらに、会場を盛りあげるには空気を読む力とトーク力が必要。

 MC自身がエンターテイナーでないと、成功は難しい。


 黙りこんでしまった俺を見て、後輩はやっぱり気軽に一言。


「なんだ、決まってないなら、に頼んだらいいじゃないですか」

「親父に?」


 『みやちゃん』というのは、俺の父親のことであり、青森県内ではちょっとした有名人だ。

 ローカルタレント・歌手として、知名度は抜群に高いし、ラジオパーソナリティとしても長く活動しており、『司会』の腕は誰もが認めるところである。

 かく言う俺も、テレビ業界に入ったことにより、以前よりずっと親父のすごさを感じていた。

 全国区でなくとも、その技術は間違いなく一級品だ。


「親父かぁ……」

「なんです? 嫌なんですか? 宮内さん、別に親子仲悪ぐながったですよね」

「ああ、むしろいいほうだとは思うけど」


 だが、今回のことで親父に頼ろうという気持ちは、正直に言って少しもなかった。

 有名人なのだから、来てもらえればそれだけで宣伝になる。

 確かなことだ。

 わかっている。


「みやちゃんだったら、うまく盛りあげでくれそうじゃないですか~。年配層にも人気だし」

「まあな……」


 だからこそ、だ。

 もし親父の力を借りて成功してしまったとき、全部が親父の手柄になってしまったらどうしよう――


 俺の心のなかにあったのは、そんな卑屈な心配だ。

 みんなでつくりあげたものを、MCの力だけで凌駕してしまったら。

 バカみたいな悩みだとは思うが、みんなに申し訳ない。

 それくらい、俺は親父の能力を評価していた。

 だからこそ、呼びたくなかった。


 そう、思っていたのだが――


「宮内さんがなにを心配してるのが、自分にはわがりませんけど」


 そのわからないはずの後輩が、誰よりも理解した言葉を放つ。


「宮内さんがやろうどしてるごとって、普通にしてだら絶対無理なごとですよ。結果はともかぐとして、まずはを考えがほうが、よぐないですか?」

「ちゃんと、開催すること……」


 ハッとした。

 気づかされた。

 いつの間にか、自分の目的がすり替わっていたことに。


 下北を音楽で盛りあげたい。

 音楽を愛する人々と繋がりたい。

 そんな想いで企画したはずだったのに、気がつけば、「せっかく音楽フェスをやるなら自分たちの手で成功させたい」という気持ちが先走っていた。


 だが本当は、手柄が欲しいわけじゃない。

 もっと極端なことを言うと、イベントとして

 なぜなら、開催に至った時点で、からだ。

 人が集まり、同じ時間を共有し、新しい仲間を得る。

 そのプロセスに、俺たち裏方の感傷なんて関係ない。


 後輩の言うことは、正しい。

 とりあえずきちんと開催さえできれば、目的は達成されるのだ。

 あとは結果を見て、反省したり次に繋げたりすればいい!


「――確かに、そのとおりだよ」


 大切なことを気づかせてくれた後輩に、礼を言って。

 昼休みが終わる間際、俺は親父にメッセージを送った。


     ♪     ♪     ♪


 みんな本業の合間を縫って、着々と準備は進んでいく。

 ――ように見えていたが、実はさまざまなことが頓挫していた。


昌也:問題多すぎ問題発生中……

卓真:どうした?

昌也:まず芳雄くんがらどんぞ!

芳雄:あ、はい

芳雄:イベント広場のあき、調べてきて、9/30の土曜日がよさそうなんだけど

芳雄:内容が音楽フェスだとやっぱり音漏れの問題がって言われて……

芳雄:あ、でも仮おさえはしました!


 なるほど、当初から懸念していたところは、やはり指摘されたらしい。


昌也:あどは、場所借りる資金どが、グッズつぐる資金どが、機材借りる資金どが

昌也:諸々計算しだら、足りねぇのじゃ……

昌也:熱烈協賛募集中!(泣)

卓真:それは頑張って声かけまくるしかないな……

奈里斗:初めてのイベントだからこそ、集まりづらいのはあるからね


 誰もが簡単に理解してくれるわけではない。

 音楽に興味のない人だって、当然いるのだ。

 粘り強く交渉していく必要があるだろう。


笹竹:出演者集めも、反応悪いね

笹竹:情報が全然行き渡ってないから、こっちから積極的に声かけないと

たま:公式サイト、早くしたほうが

昌也:そいな! グッズどがど諸々デザイン頼んだ人が、今頑張ってくれじぇあして……

たま:あと音響班から、今想定してる数だと、機材全然足りないと思うって

昌也:あいしぇええええ


 本格的に動きはじめたからこそ、見えてきた数々の問題点。

 さあ、どうやってクリアする!?

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