2.集いし者たち

 下北で音楽フェスをやる。

 口に出したことで、心のどこかでくすぶったまま煙を吐き出しつづけていた思いが、やっと燃えあがったような気がした。

 昌也をその気にさせるための言葉は、次々に出てきた。

 考えるまでもないことだった。

 なぜなら、俺自身が意識していなかっただけで、きっと最初からそれを求めていたのだ。


 この下北半島を、音楽で盛りあげたい。

 発表の場もなく、俺と同じようにくすぶっている人たちを、集めたい。

 観客だってそうだ。

 音楽フェスに参加してみたいと思えど、交通の便が悪いこの下北の地から行くには、どこも遠すぎる。

 また、いきなり大規模フェスに参加するのは不安、と感じている人もいるかもしれない。

 それでも、音楽に興味がないわけじゃない。

 老若男女関係なく、そういう人たちを、集めたい――


「――そこで生まれた交流が、また新たな音楽を生んで、下北を繋いでいく。イベントとして定着させることができれば、よそからの集客も見こめるだろ? その音楽フェスに出ることを目標に、楽器を始めたりする人だって、出るかもしれない!」


 熱く語る俺の言葉を、昌也はしばらく黙って聞いていた。

 やがて、一言。


「……はんかくせぇじゃ」


 それは、標準語に直すと「バカみたいだ」といったニュアンスの言葉だ。

 けっして肯定的なものではなかった。

 だがその表情は、瞳は、今まで見たことがないほど輝いていて。


「やるんだば、とことんやんねば」

「ああ、わかってる。やろう!」


 ようやく昌也を説得できたところで、祝杯――なんて、言っていられなかった。


「だばさ、まんず人あづめがらだべな」


 さっそくタブレット端末を取り出し、人選を始める昌也。

 企画屋が一度やると決めたら、行動は誰よりも速くて正確だ。

 しかし、そもそも「なにか新しい試みを」と言い出したのは昌也の上司――というか、多分市長なのだろうから、いったん案として持ち帰るのかと思いきや、どうやら違うらしい。


「なぁ、が開催して大丈夫な感じなのか?」


 少し気になって訊いてみると、昌也はタブレットから顔をあげた。


「てがさ、あらゆるごとさ柔軟に対応しようどすんだば、やっぱり自分だぢでやるべぎだじゃ。役所さつどめでるわいがへるのもおがしいがもだけど、地域活性の主役だっきゃ自治体じゃねぇんだ」

「まあ確かに……自治体が『こういう催しやるから、さあ盛りあがって!』って言っても、押しつけ感はどうしたって出るよな。そんなにふざけられないだろうし」

「だべ? でも『近所の誰々ちゃんがなんがすげーごとやるってよ』ってへらいれば、見さ行くべさ」


 昌也の言うとおりだ。

 極端な話、がやるからこそ意味がある。

 同じ一般人が興味を持つ。

 そういう構図は、確かにあるだろう。


 ――と、言うことは、だ。

 言い出したのは俺だが、もしかしてめちゃくちゃ責任重大なのでは……?

 今さらながらにビビってきた。

 おい、さっきまで熱く語っていた俺はどこ行った!?


 内心揺らいでいる俺とは逆に、やるべきことを見つけた昌也は絶好調だ。


「個人で動ぐより、実行委員会みてぇなの、立ちあげだほうがいいべな。まず地域さ顔利ぐ人ば誘って……手続きいろいろ必要だして、そったごとさ詳しい人もいればな。あどは――」


 ブツブツと呟きながら、軽快に手を動かしている。

 メモを取っているのかもしれない。


「卓真はだいが誘える人いねぇのが?」

「ああ、俺はとりあえず、奈里斗なりとを誘ってみるよ。あいつがいれば、もれなく愉快な仲間たちもついてくるだろうし」

「そったおまけ扱いはかわいそうだべな」


 昌也は小さく笑ってから、フッと目を細めた。


「あー、でも、薬研やげんの林のながでフェスってのも、いいがもなぁ」

「いいもなにも、それだと奈里斗たちがやってる祭りとかぶるだろ」

「あ、んだな。忘れじゃぁったじゃ」


 昌也同様、俺の音楽仲間である奈里斗は、むつ市のなかでもとりわけ大畑地区を盛りあげるために頑張っている、町おこしグループのリーダー的存在だ。

 大畑地区も脇野沢と同じく、かつては町として独立していた。

 もうひとつの川内町と、合わせて四つの市町村が合併してできたのが今のむつ市であり、合併したあとも、それぞれの地区を盛りあげようと頑張っている人たちがいる。

 みんなで手を取りあえば、きっとすごいものができるだろう。

 それは、予感よりも確かな感覚だった。


「奈里斗なら、この手のイベントの開催方法も詳しいだろうし、うってつけだろ。あとはどういう人が必要だ?」

「んー……あづめでける人もいるべな。どこでやるさしても、かなりかがるべさ」

「お金か、確かにな」

「協賛もらうにも信用ねぇばできねぇべさ」


 いつまで経っても不景気から抜け出せないこのご時世だ、お金集めには苦労するだろうことは、簡単に予想がついた。


「お金と、あとは――あ、音響関係に詳しい人も必要だよな? 音楽フェスっていったら、爆音でガンガン鳴らすイメージだし」

「んだな。もれでくる音ば聞いで、ちょっと寄ってみるがって……焼き鳥屋が匂いみてんだもんだな」

「そうそう、焼き鳥といえば、音楽フェスには食べものもつきものだろ? 店出してくれそうな人にも声かけないと」

「おお、んだな!」


 昌也の手の動きが、より高速になる。

 相談があると、最初顔を合わせたときには、あんなにも暗かったのに。

 今は希望に満ちた瞳をしていた。

 そんな友の様子を見て、改めて俺にも気合いが入る。


 言い出したからには、進まなければ。

 動き出したからには、実現しないと。

 これから先にかかってくる、責任や現実に打ちのめされないように――。


     ♪     ♪     ♪


 昔と違って、今の時代はとても便利だ。

 こんなことを言い出すと、まだ四十歳にもなっていないのにじじ臭いと思われるかもしれないが、事実なのだから仕方がない。

 SNSで誰とでも簡単に連絡が取れ、情報を共有できる。

 本業が忙しくて身体からだがあかなくても、スマホに触れる時間さえあれば、なんとかなるものだ。


 とはいえ、複数人が集まっての話し合いは、やはりリアルのほうがいい。

 表情や抑揚も発言の大事なポイントで、意図を正しく読み取るには欠かせないものだ。

 普段の仕事からも、俺は常々そう思っていた。

 ただ、みんな自分の仕事を持っている人ばかりであるため、集まる時間を調整するのはかなり難航した。

 結果、初めてのミーティングが実現したのは、六月も終わりを迎えようとしていた頃だった。


「だば、第一回目のミーティングば始めます~」


 昌也の緩い挨拶に、パラパラと拍手が起きる。

 場所は飲み屋街にある焼き鳥屋。

 参加者は、昌也と手分けして声をかけた六人――俺たちを含めて八人だ。

 若手を中心に、もちろん女性も、なんと外国人までいる。

 それぞれが、ワクワクをおさえきれない子どものような表情を浮かべていた。


「まんず、自己紹介からいぐが?」

「だな。みんな知ってる顔だとは思うけど、一応したほうがいいと思う」


 というわけで、発起人である俺と昌也が挨拶し、続いて奈里斗が立った。


「卓真がら聞いて飛びつきました、梨ヶ丘なしがおかです。普段は大畑を中心に活動していますが、下北全体が盛りあがるならもっといいに決まっている! という感じで、人一倍気合いが入っています」


 コミカルに喋る奈里斗だが、こう見えて実はお寺の副住職である。

 よって髪がないため凄むと結構怖いが、普段は柔和で明るいやつだ。


 続いて立ったのは、奈里斗と同じく市内でまちおこし活動に力を入れている有名人だった。


「どうも~、入谷いりやです。今回はこんな面白そうなごとに呼んでもらって、ありがとうございます。普段は葬祭関係の仕事をしてるんで、顔は広いほうです。でぎるごとならなんでもやるんで、こき使ってください!」


 メガネの似合う明るい男は、とても葬祭関係の仕事をしているようには見えない。

 以前お笑い芸人を目指して上京していたという噂を聞いたことがあるが、この調子では多分本当だろう。


 さらに個性的なメンバーの紹介が続く。

 弾き語りで自作の曲を歌う、おっとりしたクマみたいな笹竹ささたけさん。

 物静かだがカメラの腕はピカイチな、たまちゃん。

 話を聞きつけて面白そうだから来てみたという、好奇心旺盛な芳雄よしおくん。

 そして、俺がいちばん気になっていたのはやはり、むつ市内ではあまりお目にかかることのない外国人女性だった。


 ――といっても、彼女がは、実は知っている。


「ワタシは、アンジェです。一緒に、楽しみたいト思い、たまチャンについて、きまシタ。普段は市役所で、国際交流や、翻訳のお仕事をしていマス」


 そう、笑顔がまぶしい彼女は、市に勤める国際交流推進員なのだ。

 就任したのは去年のことであり、そのとき俺も取材に行っていた。

 さすがに、こんなところで再会するとは思っていなかったが。


「えーと……たまちゃん、自分が喋るの面倒だから、アンジェさんを巻きこんで喋らそうとしてないか?」


 先ほどからほとんど口を開かず、アンジェさんの隣ですました顔をしているたまちゃんが気になって、振ってみる。

 すると彼女は、したり顔で笑った。


「いい作戦だべ? アメリカではどうやってるのかとかも、聞けるし」

「まあね……」


 とりあえず、心のメモ帳に「たまちゃんは策士」とだけ書いておいた。


 そうしてひととおりの自己紹介が終わったあと、いよいよ本題に入る。

 仕切りは相変わらず、昌也だ。


「とりあえず今日決めねばねぇのは、音楽フェスの名前と、どごでやるが、だべな」


 みんながいっせいに唸り出す。

 そんななか、まっ先に手をあげたのは――他でもなく俺だった。


「場所はさ、やっぱりイベント広場しかないんじゃないか? 水源地公園とか、早掛沼はやかけぬま公園とか、イベントスポットはいろいろあるけど、どうしたって雨のときが厳しい」

「んだなぁ」


 イベント広場は来さまい館のすぐ傍にある施設で、その名のとおり屋外イベントのためにつくられたものだ。

 広さはそれほどではないが、ちゃんとしたステージと、ちゃんとした屋根がついているのは大きい。

 その屋根は陸奥湾むつわん産のホタテをイメージしているのが特徴で、地域おこしの発信地としても相応しい場所だろう。

 ただ問題は――


「けど、イベント広場って思いきり街ながだよな? ガンガン音楽鳴らしてだら、苦情きそうじゃね?」

「やるどしたら土日祝だべし、会社関係はいいにしても、飲食店もあるもんな」

「普通の民家だってあるべさ。そごが問題になりそうだな」


 俺が口にする前に、みんなが示してくれた。

 そう、音楽フェスをやるうえで切り離せないのは、やはり騒音問題だろう。

 俺たちにとっては素晴らしいでも、まったく興味のない人にしてみれば、うるさいだ。

 しかもそれが、短時間でなくある程度のまとまった時間続くとなれば、問題になるのは間違いない。


 ただ、場所としてはイベント広場がベストであるという考えは、みんな共通しているようだった。

 騒音の件はまた改めて対策を練るとして、今度はフェスの名前について考える。


「イベント広場でやるんだば、ホタテネタ入れるが?」

「けど、ホタテってむつの特産だべ? 今回は下北全体を盛りあげようって試みだしてさ」

「ああ、どごが一か所のものより、もっど複合的な感じがいいのが」

「あどは、聞いただげでってわがるのも、大事じゃね?」

「んだんだ、大事だ」


 そんなふうに言い合っていても、なかなかまとまらない。


「おい、だいが放送かげでこいじゃ! お客さまのながにコピーライターのかたはいませんが~? って」

「こご焼き鳥屋だべ!?」

「だして、客で来てるがもしれねーべな」

「あいしゃあ、そもそも館内放送がねぇだろっ」

「じゃ、ワタシが探してクル?」

「本気にしちゃ駄目だって……」


 だんだん収集がつかなくなって来たので、ここは俺がまとめる。


「テレビ番組とかの場合は、とりあえずキーワードを書き出してみて、それを組み合わせて決めたりするパターンもあるよ。やってみるか?」

「いいな、そうすっぺ!」

「まず、下北を盛りあげたいんだがら下北を示す言葉こどばと……」

「音楽フェスっぽい言葉も必要なんだべ? 同時に満たすのは無理でも、組み合わせればなんとがなりそうだな」


下北を示す言葉

 ・下北

 ・下北半島

 ・まさかり半島

 ・アックス

 ・本州最北

 ・北海道のお隣

 ・津軽海峡→すぐそこ


音楽フェスを連想させる言葉

 ・~フェス

 ・~ミュージック

 ・リズム

 ・♪

 ・音


 紙に書き出した内容を、全員で眺めた。


「――いっそ『下北』ってストレートに入れだほうがいいんじゃね?」

「いやぁ、それだば大問題あるべさ」

「え? なんだ?」


 「大問題がある」と発言したのは、昌也だ。

 みんなの視線がそこに集中した。

 昌也はゴホンと、わざとらしい咳払いをひとつしてから、口を開く。


「おめだぢ、知ってらが? 『下北』って言われで、世間一般的な人だちが思い浮かべるのは、んだ」

「ああ……かっ」


 その大問題については、俺も日々気になっていた。

 たとえばwebニュースで「下北で○○」という見出しを見かけて、「なにかあったっけ?」と開いて見ると、下北沢の話題であることが少なくないのだ。


「地元の人さは、下北で確実に伝わるけんど、将来的なごど考えだら、違うほうがいいんでねぇが?」

「確かにな……」


 昌也の意見は一理あった。

 みんなの視線が、再び紙へと戻る。


「とすれば、第一候補は『まさかり』がな? いちばん無難だよな」

「地元民だばすぐ『まさかり半島』を連想するけど、わがんねーば『なんだべ?』って思うよな。半島のかだぢ見だら、一発で納得するだろうけど」

で納得される可能性もあるけどな。まさかり繋がりで」

「それだっきゃしょうがねーべさ……」


 そこでポンと手を叩いたのは、アンジェさんだった。


「『り』で終わるコトバと、『リ』で始まるコトバあるカラ、繋がる?」


 それは響きでなく、書かれた日本語を文字という記号として認識していたから、気づいたことなのかもしれない。

 なにしろ、平仮名の『り』と片仮名の『リ』は、非常に似ているのだ。


 いっせいに顔をあげて、お互いに見合う。


「『まさかり』と『リズム』で、『まさかリズム』……!」

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