【第6章】輝ける場所 ~未沙~

16.すべて勘違いだった

 どうすれば、人目を意識せずに歌えるのか。

 どうすれば、巧拙を意識せずに歌えるのか。

 どうすれば、あがらないように歌えるのか。

 どうすれば、心を伝えるように歌えるのか。


 自然と京介さんから教えてもらったものの、そう簡単にできたら誰も苦労はしない。

 わたしは相変わらず、ステージの上に立つことはできても、自由に歌うことはできずにいた。


「未沙ちゃ~ん、オリジナルの曲でぎだが?」

「そ、そんなに早くはできないよ……」


 毎朝一緒に登校するようになった弓ちゃんは、顔を合わせるたびに同じことを訊いてくる。

 そう、実は京介さんから、もうひとつアドバイスをもらったんだ。


「心をこめて歌う――それがいちばん自然にできるのは、間違いなくだ。自分でつくった、自分の気持ちを表現した曲なら、意識せずとも心は入る。だから、オリジナルの曲をつくってみるのもいいと思うよ」


 ――というわけで、わたしもなにか曲をつくってみようかと考えているんだけど、専門的な勉強をしたこともなければ、歌詞を書いたこともない。

 一体なにを歌にすればいいのかもわからない。

 解決方法がわかっても、問題はまだ山積みだった。


 わたしの横を歩きながら、弓ちゃんがさらに振ってくる。


「歌手さなりたい気持ちどが、書いでみだらいいべな?」

「わかるんだけど、それを自分で歌うと思うと、やっぱり恥ずかしくて……」

「おめ、めんどくせぇな!」

「自分でもそう思うよ……」


 わたしだってわたしが面倒くさい。

 どうしてこんなに遠まわりばかりするんだろう。

 もっとまっすぐに気持ちを表現できたら、進む道だって直線だったかもしれない。


 改めて思い知らされて俯いたわたしを、弓ちゃんが慌てた様子でフォローしてくれる。


「へ、へばさっ、たとえばだけど、キイばあちゃんをテーマさした曲どが、どうだ?」

「おばあちゃんを?」

「んだ。キイばあちゃんをみんなさ紹介するよんた曲。そいだば恥ずがしくねぇべ?」

「……確かに、そうかも」


 自分のおばあちゃんはこんな人だと、みんなに自慢するのは全然恥ずかしいことじゃない。

 むしろ、誇らしいことだ。

 そういえば、おばあちゃんとの思い出を歌って大ヒットした曲もあったな、と思い出す。

 みんなが自分のおばあちゃんを投影して、涙したのかもしれない。


「うん――それならできそう!」


 新たなヒントをくれたのは、やっぱり傍にいてくれる人だった。

 いずれは、周りのみんなに感謝をこめた曲も、つくってみたい。

 ただ歌いたいだけで、作詞作曲にまったく興味のなかったわたしが、そう考えるようになっただけでも、我ながら大進歩だと思う。


「そういえば、土曜日に『まさかリズム』あるんだべ? わいも一緒にいっていいが?」

「もちろん! むしろ助かるよ……」


 かなりの人数が集まるんじゃないかと、京介さんも言っていた。

 そんななかでひとりきりでいるのは、やっぱり心細い。

 少し前まではあんなに苦手だった弓ちゃんが、今ではすっかり頼もしい存在で。

 結局は、わたしの気の持ちようひとつなんだと、改めて思う。

 ――わたしが変わりさえすれば、もしかしたらクラスメイトたちともうまくいくのかもしれない。

 すぐには無理だけど、希望を持つことはできた。


     ♪     ♪     ♪


 『まさかリズム』当日。

 弓ちゃんと連れ立って、朝からイベント広場へと出かけた。

 わたしたちは自転車で向かったけど、途中見かけた駐車場にはすでにたくさんの車が見えた。

 やっぱりかなり集まっているみたいだ。


 一体どんなステージが見られるんだろう――わたしの気分も高揚し、ドキドキがとまらない。

 他のお客さんたちも、みんな明るい表情をしているのが印象的だった。

 初めてのイベントにワクワクしているんだろう。


 十時になると、開演の挨拶が始まり、『まさかリズム』のテーマソングが披露された。

 そこから始まった怒濤のパフォーマンスに、わたしは釘づけとなる。

 太鼓や、歌や、踊りや、演奏――手法は違っても、どれもであることは一致している。

 日頃の練習の成果を見せるために。

 お客さんに楽しんでもらうために。

 伝えたい気持ちを表現するために。


 みんな真剣に取り組んでいた。

 堅苦しくて見ているのがつらい――なんて人は、ひとりもいなくて。

 みんな、楽しそうだった。


 そこでわたしは、気づく。

 彼らにとっても、『まさかリズム』という舞台は、初めてなんだということ。

 だから楽しんでいる。

 この開放的な空間で、演者と観客がひとつになる瞬間を――。


「――弓ちゃん、わたし、勘違いしてたよ」

「は? なんだのさ、急に」


 学校でも習ったわたしも好きな一曲、『コンドルは飛んでいく』の演奏を聴きながら、答える。


「弓ちゃんなら笑わないってわかってるから、言うけど……」


 恥ずかしい自分わたしを、さらけ出す。


「わたし、本当はむつに来るのがすごく嫌だった」

「ずっと東京さ住んでらんだば、あだりめぇだべな。東京のほうがなにがと便利だし」

「それもあるけど、それだけじゃないの」

「へ?」


 大きく息を吸って、吐いた。


「東京にいたら、わたしにもチャンスがあるかもしれないって、漠然と思ってた」

「チャンス……?」

「そう。人前で歌う度胸もないくせに、バカみたいでしょ? 夢だけは一丁前で、きっかけさえあればスカウトしてもらえるかも――って、なんの根拠もないことを考えてた」

「……それものひとつなんだべが?」


 指摘されて、なるほどと思う。


「そうかもしれない」


 わたし自身が、笑った。


「そのくせわたしは、そういうふうに考える自分が恥ずかしい存在だっていうこともよくわかってて……どちらが先かは謎だけど、恥ずかしがり屋で照れ屋で内気で内向的な自分に拍車をかけていたんだと思うの」

「あー、そんた自分ばバレたぐねぇして、殻さ閉じこもってらったってごとが?」

「そうそう」


 人の気持ちを察する能力に長けた弓ちゃんは、さすが理解が早い。


「東京から離れてしまったら、本格的な音楽を聴ける機会もなくなるし、万が一わたしがどこかで歌おうと思っても、きっと披露する場なんかないんじゃないかって、思ってた」

「地方のイメージって、そった感じだもんな。特に青森は、田舎いながのイメージ強いべし。どごさ行ってもりんご畑が広がってるど思ってだんじゃねぇが?」

「だ、大体合ってるかも……」


 お母さんの故郷とはいえ、青森については全然詳しくなかった。

 下北ではりんごを栽培していないと聞いて、驚いたくらいだ。

 品種に『むつ』ってあるのに!? って。

 ちなみに、りんごは主に津軽地方でつくられているんだって。


 そんなことさえ知らないくらい、お母さんと話す機会は少なかった。

 わたしはどちらかというと、お父さんと話すことのほうが多くて。

 別にお母さんとケンカをしたわけでも、お母さんが嫌いなわけでもない。

 ただ、ちょっとだけ怖いんだ。

 いつも的確にわたしの揚げ足を取ってくるから。

 それがわたしのためを思っての言葉でも、未熟なわたしはうまく噛み砕けない。


 だから――正直に言うと、わたしは最初、青森自体にあまりいい印象を抱いていなかった。

 おばあちゃんに会うのは楽しみだったけど、同じくらい不安で。

 お母さんを育てた人なんだから、似たようなタイプだったらどうしようって、怯えてた。


 だけど――


「でも実際に来てみたら、案外住みやすかったよ。東京にあった店がないのは不便だけど、全国チェーンのお店も結構あるし、ビルがないから空がよく見えるし、空気はおいしいし、人混みはないし――なにより、おばあちゃんはいい人だし」


 そう、初対面では頑固そうに見えて、ちょっと怖かったおばあちゃんだけど、たくさん話して打ち解けていくうちに、すごくわたしのことを考えてくれる人なんだって、わかった。

 それだけ会話は大事だったんだ。

 それなのにわたしは、性格を言い訳にしていろんな人から逃げてきた。

 自分でそれを認めるまで、こんなにも時間がかかってしまった。


「わいさも会えだしな!」


 弓ちゃんが嬉々として自分を指す。

 間違いなかったから、「そうだね」と笑った。


「で? なにば勘違いしてらったって?」

「あ、そうだった」


 話しているうちに、少し脱線してしまった。


「あ」


 そこではたと気づく。


「気持ちがこもるって、こういうこと!?」

「どういうごとさっ?」

「自分の気持ちを全力で誰かに伝えたくなるような……」

「へば、今の話ば次の曲のテーマさしたらいいんでね?」

「あ、そっか」


 忘れないうちにスマホにメモをとり、話を戻す。


「あのね、ここに来たらに触れる機会がないだとか、立てるステージがないとか、全部杞憂だったんだよ。だって今、目の前にあるもん!」


 技術的なことは、わたしにはよくわからない。

 でも、今日ステージにあがっている誰もが、少なくともわたしよりは秀でていて、目指すべき存在だと思えた。

 幼稚園児だろうが、年配のおじさんだろうが、関係ない。

 大きな舞台に立って、堂々と演じきる。

 観客の心を動かす。

 それができている時点で、みんなわたしの先生だ。


 同じステージを見て、弓ちゃんも大きく頷く。


「んだな。スカウトだって、今だば動画アップするどが、地方さいでもいぐらでもチャンスあるべさ。そりゃあ都会さ比べだら、回数はすぐねぇがもしれねぇけど。そもそもチャンスを掴み取る力がねがったら、何回あっても同じごとだ」


 まるでお母さんみたいな、正論。

 だけど、


「うん……本当に、そのとおりだよ」


 反発なく受け入れられるのは、発言者が弓ちゃんだからだろうか。

 お母さんとも、もっと話したらわかりあえる?

 おばあちゃんの次は、お母さんの曲もつくってみようか。

 あ、おばあちゃんが大好きなジオパークの歌もいいかも――。


 今まで考えたこともなかったいろんなアイディアが、次々わいてくる。

 それは、わたしが今まで知ろうともしなかった、新しい音楽の楽しみかただ。

 むつに来て、『まさかリズム』のチラシを見かけ、一瞬でも出たいと思ってしまった。

 夢を改めて自覚した。

 だからこそ、あのとき京介さんに話しかける勇気が出た。

 こうして出演者みんなの熱い想いを、受けとめている。


「――弓ちゃん」

「今度はなにさ?」

「わたし、むつに来てよかった」


 すべての出会いに、感謝する。


「今この瞬間、ここにいることができて、すごく嬉しい」


 まっすぐに告げたら、弓ちゃんはなぜか変な顔をした。


「どうしたの?」

「未沙ちゃんのそんなに嬉しそうな顔、初めて見たから――」


 それからガバッと、わたしに抱きついて。


「――わいも、嬉しいじゃ!」

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