15.いよいよ開演!
翌朝、七時を過ぎると次々に実行委員が集まり、最後の準備に取りかかった。
物販ブースでは、この日のためにデザイン・作製したグッズが多数並べられ、いち早く当日であることを実感させてくれる。
また、スタッフみんなでの揃いのTシャツは、学生時代を思い出し懐かしい気持ちになった。
――やろうと思えば、なんでもできるんじゃないか。
そんな勘違いをあたりまえに信じて、若さゆえにがむしゃらに走り抜けるような情熱を、四十を目前にしたこの歳になってからも体験できるなんて、思いもしなかった。
これまで取材でいろんな感動をお裾分けしてもらっていたが、自分が主人公となるとまったく別の話である。
誰もが逸る気持ちをおさえられないまま準備は続き、チラホラと観客も集まってきた。
なかには自主的に手伝いを申し出てくれる人もいて、改めてみんなでつくるイベントなのだと実感する。
そして――二〇一七年九月三〇日、午前十時。
俺たちの夢の序章が、ようやく始まった。
「みなさん、おはようございます! ようこそ、『かますべ! まさかリズム』へ」
ステージにあがった実行委員長の芳雄くんが、少し緊張した面持ちで挨拶する。
そう、『まさかリズム』の正式名称は、最終的には『かますべ! まさかリズム2017』になった。
というのも、みんなで盛りあがれるように、なにか掛け声を入れたほうがいいんじゃないかという意見が出たからだ。
年号に関してはもちろん、来年以降も続くことを期待してのものである。
おかげで、イベント名を読みあげるだけで「2017年のまさかリズムをぶちかましてやろうぜ!」という熱いメッセージを感じられるようになり、この変更は大成功だったのではないかと思う。
「今日はほんと寒いですが、みなさんの熱気で会場を熱くしていきたいと思います……!」
芳雄くんの言葉にも力がこもっていた。
その後は『まさかリズム』のテーマソングが披露され、朝にぴったりの爽やかなナンバーが、改めて今日一日頑張ろうという気持ちにさせてくれる。
スーパースターは傍にいるのかも――このイベントのコンセプトを見事に表現した歌詞のように、みんなが自分のスターを見つけられるような場にしたい、と。
そのためには、出演者たちが全力を出し切れるよう、俺たちがしっかりサポートしなければならない。
出演者のトップバッターは、幼稚園児たちの和太鼓だ。
小さな身体で一生懸命に
父兄でなくても全力で拍手を送りたくなるような、熱演だった。
子どもたちには「下北初の音楽フェスに出演している」という実感はないかもしれないが、いつかまたここに戻ってきてほしいと思う。
戻ってきたいと思えるような、楽しい記憶になっていることを願った。
次に登場したのは、おしゃれなジャズを聴かせてくれるユニット。
その次はしっとりとした弾き語りと、初っ端から多彩なジャンルで飽きさせない、想定どおりの演目だった。
次々ステージ上に登場しては、見事な演奏や踊りを披露してくれる出演者たちに、少しずつ増えていく観客たちから大きな歓声があがっていた。
俺の役目はタイムスケジュールの管理だったから、出演者たちの予定時間がズレないよう、指示出しに奔走していたのだが――
「卓真っ、大変だじゃ!」
「どうした?」
慌てた様子で昌也が近づいてきて、矢継ぎ早に告げる。
「昨日のおっさんが正しがったじゃ! 人来すぎで、駐車場が満杯さなってまった」
「マジか……」
さいわい、事前に増やしたおかげか会場の席にはまだ余裕があったが、車からおりられなければ観ることもできない。
「変たどこさ駐められれば、苦情くるがもしれねぇべ? せっかぐ周辺のみんなさ
昌也がシュンとするのも無理はない。
周辺住民の同意がなければ、来年以降の開催が難しくなってしまうのだから。
「そうだな……なにか対策を考えよう」
と答えたものの、他のことも忙しく、すぐには思い浮かばない。
そうこうしているうちに、ありがたいことに観客はますます増えてきて、現場は半分パニック状態のようになってしまった。
まさに、嬉しい誤算だ。
観客がステージ上に集中してくれているうちに、なんとかしなければならない。
現場全体の管理をしていた奈里斗に、少しのあいだタイムキーパー役を頼み、俺も駐車スペースに行ってみる。
今回用意できたのは、イベント広場正面にある『まさかりプラザ』という物産館の駐車場と、『来さまい館』の駐車場、そして川を挟んだ向こう側のやたら縦に長いあきスペースだ。
もともと駐車機能のある二か所には、きちんと白線が引かれているのでそこまで困ることはない。
問題は、線がないうえに縦長で車が駐めづらい川向こうのほうだった。
ところが――
「こっちあいでますよ~。オーライ、オーライ!」
状況の確認に向かうと、そんな声があちこちで聞こえていた。
「こっちも、まだ一台入れます。あ、もう少し寄ってください!」
全身で車を誘導する人たちは、当然ながらスタッフTシャツを着ていない。
俺たちの見こみが甘く、混みあったときには誰が車を誘導するのか、そういった話し合いはしていなかった。
そもそも、車の誘導は素人が簡単にできるものではないのだ。
これだけ縦長なスペースであれば、絶対に複数人は必要だし、お互いに連絡を取りあう必要もあるだろう。
だが、目の前でテキパキと誘導をこなす人たちは、慣れているのかそれを目視で行っていた。
あらかじめ決められたジェスチャーがあって、それでやりとりしているらしい。
その見事な誘導術に、うっかり見入ってしまっていた俺だったが、次の車が入ってきたことでハッと我に返った。
誘導の邪魔をしないように気をつけつつ、謎の人物に近づく。
「あ、あの! すみません、誘導してくださってありがとうございますっ」
こういうとき、スタッフTシャツを着ていると便利だ。
名乗るまでもなく、関係者だと気づいてもらえる。
俺が声をかけた五十代くらいの男性は、「いやぁ」と頭を掻いて答えた。
「出しゃばった真似がとも思ったけど、こごがあまりにごちゃごちゃしてらったして……ちゃんと駐車すばもっと駐められるのに、もったいないと思っでさ」
「本当に助かります。慣れてらっしゃるようですが、普段からこういったことを?」
「ああ、わいどはボランティア団体の者だ。頼まれればいろんたごとばやるよ。今日も、なんができるごとあるべがど思って来てみだんだ。大正解だったな」
そういって豪快に笑う姿が、頼もしい。
次からは事前に頼んでおこうと、心に誓った。
「……本当に、ありがとうございます!」
深々と頭をさげる。
そもそも、「なにかできることがあるかも」と思ってくれること自体、本当にありがたいことだった。
それだけこのイベントに期待してもらえているということ。
下北を盛りあげるために、必要だと思ってもらえているということだから。
「いいっていいって。それよりさ、こごだけだば、やっぱり駐車場足りねぇど思うよ。どごが借りられねぇが?」
「は、はい、見当してみますっ」
どんなにきれいに駐車しようとも、キャパには限界があるのだ。
どこか、いいところは――
考えはじめてすぐに思い浮かんだのは、昨日の時点ですでに人出を正確に予測できていた、例のおじさんだった。
「そ、そうだ……あの会社の駐車場なら!」
場所も近いし、貸してもらえたら非常に助かる。
おまけに、『まさかリズム』に協力的であることもわかっている。
たびたび頼ることになって申し訳ないが、やれることはすべてやってみなければ、これまで協力してくれたみんなに顔向けできない。
「交渉に行ってきます! すみませんが、ここはお願いしますね」
踵を返し、走る。
いつものようにカメラを背負っているわけじゃないのに、肩に重さを感じるのは、やはり責任がのしかかっているからだろうか。
昌也には気負うなと言っておいて情けないが、俺だって相当テンパっている。
自分が失敗だと思わずとも、失敗のレッテルを貼られたら次が厳しくなるのはわかりきっていた。
次回へのバトンをしっかり繋ぐためにも、俺は必死に脚を動かした。
道路を渡り、例の会社の事務所に駆けこんだ。
「すみません、どなかたいらっしゃいませんか!?」
落ちついて辺りを見まわす余裕もなく声をかけると、奥の引き戸から「あいよ」と人が出てきた。
――昨日会ったおじさんだった。
「やっと来たのが。こっちだっきゃ準備万端だじゃ」
「え……?」
準備万端? どういうことだ?
少し考えて、ハッと息を呑んだ。
どうして俺は、この事務所に入ってこられた?
事務所が開いていたからだ。
じゃあどうして、この事務所に至ることができた?
正面の門が開いていたからだ。
今日は土曜日なのに、どうして――?
――きっとたくさんの人が来る。
そう予想していたおじさんは、俺たちよりもはるかに先が見えていた。
「車駐めるどご、足りねぇんだべ? 置き場の資材ばよせどいだして、そごさ駐めでもいいど」
「あ……ありがとうございますっ」
資材置き場なら、確かに充分な広さがある。
だが逆に言えば、置いてある資材を隅に寄せるのだって、相当な手間だったはずなのだ。
それをわざわざ、本当に必要になるかもわからないのに、やってくれていた。
そのことが、なによりも嬉しかった。
下北を盛りあげたいという、同じ志を強く感じる。
思わず滲んだ涙を拭うと、ポンと背中を叩かれた。
「住民が元気でねぇば、文化も経済も発展していがねぇしてな! ……かっこいいごと言ってまったな」
おじさんはひとりで笑っていたが、俺はとても笑えない。
それは、あまりにも正論だ。
下北を音楽で盛りあげる――当初の目的はそれだけだったとしても、その効果は音楽だけにとどまらない。
イベントが人々を元気にし、その人々が地域を元気にし、経済は活性化していく。
俺たちは今、そんな相乗効果の起点のひとつになろうとしているのだ――。
♪ ♪ ♪
その後も大小さまざまなアクシデントに見舞われながらも、参加者みんなの機転と協力で乗り切っていった。
長時間の爆音に耐えられなかったのか、スピーカーが煙を吐き出しはじめたときは驚いたが、用意してあった消火器で素早く処理し、安全を確認。
このような音楽フェスが初めてなのは、なにも俺たちばかりでなく、機材も同じなのだ。
当日の気温や湿度によっても、コンディションは違ってくるだろう。
適宜機材のチェックを行いながら、イベントは進んでいく。
観客はさらに増え、屋台で販売している唐揚げやクレープを片手に、楽しそうにステージ上を眺めている姿があちこちに見えた。
偏った年代にならないかと少し不安だったが、完全に杞憂だったようだ。
老若男女問わず、幅広い年代の人々が来ているように見える。
どこから来たのか、なにで情報を見たのかなど、インタビューしてみたいところだったが、残念ながらそんな余裕はない。
この辺も次の課題になるだろう。
――そんなことを考えながら、ステージ上で生き生きと躍動するバンドを観ていたときだった。
突然音がとまり、静まり返るイベント広場。
「ヤバい、電源落ぢだ!」
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