【第3章】山は越えるためにある ~卓真~
7.固定観念をぶち壊せ
俺と同じくらい下北が大好きな親父は、イベントMCの件を快く引き受けてくれた。
普段から、下北ジオパークについてのラジオ番組なんかもやっているくらいだ、もしかしたら俺よりも下北に詳しいかもしれない。
そういう意味でも、相応しい人選なのは間違いなかった。
俺の気持ちを推しはからずに提案してくれた後輩に、感謝しなくてはならない。
――そう、他人と穏やかな人間関係を築こうとするとき、大抵は相手の心情を推測することを求められる。
失礼な発言をしないように。
無闇に傷つけないように。
きちんと考えるべきなのは、当然のことなのだ。
だが場合によっては、そうしないことのほうがよい結果に繋がることもある。
誰かの思いがけない言葉が、困った状況を打破するきっかけとなるのは、案外よくある話だ。
人の気持ちを推しはかろうとすることで、当人たちも気づかないまま生まれてしまう固定観念。
それは、より自由な発想をしようとする場面においては、邪魔となるものなのかもしれない。
そのことを痛感した俺は、考えを改めた。
確かに、『まさかリズム』をやろうと立ちあがったのは、俺たちだ。
俺たちの手だけで最後まで完成できたら、きっと素晴らしい満足感を味わえるだろう。
俺たちが用意した舞台で、下北がひとつになれたら――。
だが、その考えかたが、すでに傲慢であったのかもしれない。
俺たちにはまだ、そこまでの力はない。
これだけ大きなイベントを初めて企画しようとしている、まぎれもない初心者だ。
演者も観客も、『お客さん』という立場にしたままでは、きっと開催すら危うい。
そういう考えをまず捨てて、本当の意味で全員を巻きこんでやるべきではないのか?
「――だからさ、ステージ上で演奏する人も、観に来る人でも、それぞれがみんな『まさかリズム』に参加している、運営の一端を担っていると感じられるようなイベントにすることが、大事なんじゃないかと思ったんだ」
いつものめし処に昌也を呼び出し、俺はその思いを語って聞かせた。
眉間にしわを寄せた昌也は、珍しく渋い顔をして応える。
「
「まず、入谷さんに頭をさげる」
「は?」
入谷さんを運営委員に誘ったのは、顔が広いというのがもともとの理由だった。
「……わいど、なんが
「謝るんじゃないって! お願いするんだよ。問題の山を効率よく片づけるには、手分けをするのがいちばんいいだろ? だから、仕事柄いろんな繋がりを持っている入谷さんには、協賛集めを頑張ってもらうんだ」
「いやさ、そりゃ最初がらそのつもりで誘ったけど……そったにはっきりへたら、気分悪ぐしねぇべが?」
「だから頭をさげるんだって」
「あ、そういうごとか」
悪く言えば、人脈を利用することになるのだ。
誠心誠意をこめてお願いするしかない。
「それで、協賛もただお願いするだけじゃなくて、協賛する側も運営の一員だっていう気持ちを持ってほしい。そう伝えるようにお願いすることで、ただ広告を掲示するだけじゃなく、一緒に下北を盛りあげている気持ちになれるんじゃないかって思うんだ」
気分の問題だ。
一言添えたことで、協賛しない人はしないし、物理的にはなにも変わらないのかもしれない。
しかし、日頃から下北を盛りあげることを考えている昌也は、ハッと俺を見た。
「そい、結構大事がも。自分もちゃんと参加しちゃあって気さなれば、
「だろ? ――あとは、騒音問題の件だけど」
「ああ……当日は周りさ防音パネルつけるとが、いろんた案出だけど、どいも現実的じゃねぇんで困ってらんだ」
「それもさ、考えかたを変えたらいいと思うんだ。会場はイベント広場だけじゃない。その周辺も含むんだと」
「は?」
二度目の「は?」は、しかしさっきよりも希望に満ちていた。
「つまり、どういうごった?」
「周辺の人も参加してしまえば、騒音は騒音じゃなくなるだろ? だから、一軒一軒口説きに行こう! イベントの趣旨を説明して、理解を求めるんだ。みんな日中は仕事があるだろうし、忙しいとは思うけど……入谷さんに無茶をお願いするなら、俺たちだって無茶しないといけない」
昌也は神妙な表情で頷く。
「確かに無茶がもしれねぇけんど、それしかねぇのも間違いねぇな。なーる、関わる人全員で運営するって、そういうごとか」
「自分たちの手で成功させようとか、そういった気持ちはとりあえず置いといて、まず開催することが大事なんじゃないかって、後輩に言われて気づいたんだ」
「いいごとへるなぁ~」
そう感心した声をあげた昌也だったが、次の瞬間「あっ」と呟いた。
「どうした?」
「い、今ので……ひらめいでまった!」
「は?」
必殺の「は?」返しをした俺を、昌也はなぜか頬を上気させて見返す。
「下北全体が参加するって考えだら、市民文化祭ならぬ、下北文化祭みてぇなもんだべ?」
「ああ、音楽フェスではあるが、言い換えればそんな感じだな」
「へばさ、個人のバンドどがアーティストだげじゃねくて、たとえば幼稚園の和太鼓チームどが、ダンスサークルどがさ声かげでもいいんじゃねぇべが?」
「あ……!」
盲点だった。
ここでも俺たちは、固定観念に囚われていたのだ。
『音楽フェス』という
こうでなくてはならない、と、勝手に思いこんでいた。
普通の音楽フェスならば、おそらくミュージシャン以外はほとんどステージにあがらないのだろう。
だが――俺はまた、気づかされた。
「いいな、それ。俺たちの目的は、あくまで音楽で下北を盛りあげることだ。音楽フェスらしいフェスをやることじゃない。形にこだわる必要は、ないんだ」
「だべ!? だば早速、みんなさ声かげ頼むべ!」
♪ ♪ ♪
それから俺たちは、あちこち走りまわった。
まず、昌也と話したとおり入谷さんに協賛集めのお願いに行くと、彼は笑顔で引き受けてくれた。
「最初からそのつもりだったし、大丈夫。仕事もようやく一段落ついだから、今から本気出すして!」
まるで結局本気を出さない人のような台詞だったが、入谷さんなら大丈夫だろう。
あとは、下北全域の演者を改めて洗い出し、出演交渉にあたった。
ミュージシャンでなくとも、やりたいこと、出たいことがある人は、積極的に受け入れることにした。
さらには、イベント広場周辺の店や民家への協力願い。
協力と言っても、特別なことをする必要はないのだ。
ただ一緒に盛りあがってくれればいい。
当日は一日中かちゃましくなってしまうことを、理解してもらえれば。
そういったことを丁寧に説明し、了解の判子を集めたところで、再度イベント広場の使用許可を求めた。
その結果、ようやくOKが出たのだった。
あとは、当日出店する食べもの屋への交渉や、販売する予定のグッズのデザインチェック、不足していた音響機材の調達などなど、やることは山ほどあった。
各所への書類提出は、公的な文書に慣れている昌也がメインになってやってくれたが、音響機材集めに動いたのは、俺自身だ。
頼みの綱の
ライブハウスには多くの機材が揃っているし、自分の機材を持っている客も多い。
そこで、みんなにも参加してほしいと巻きこみ、機材のレンタルを頼んだ。
下北で音楽フェスを開催するという話に、最初は驚いていた人々も、しだいに表情が明るくなっていく。
なかには、夢みたいだと泣いた人もいた。
ライブハウスが一軒しかない街で、音楽フェス。
そう考えると、確かに夢のような話なのかもしれない。
――日々の仕事をこなしながらも、時間はどんどん過ぎていく。
八月も中頃になると、抱えていた問題はなんだかんだであらかた解決できていた。
もちろん、みんなで頑張ったおかげだ。
SNSでも連日報告が飛び交い、情報共有がなされていた。
昌也:入谷氏がら報告! 協賛集め、だいぶ進んじゃあって
アンジェ:WOW
芳雄:b
奈里斗:b? GJでなくて?
卓真:サムズアップの手を表しているんだ
アンジェ:WOW
例によって脱線しつつも、報告は続いていく。
芳雄:会場も正式決定してサイトもオープンでぎだし
芳雄:参加希望もだいぶ集まってきたんだけど……
卓真:ど?
芳雄:すいません、新たな問題が発生しております!
たま:なんだと……?
開催までまだ一か月以上あるとはいえ、問題の内容しだいでは大変なことになる。
スマホを持つ手に、思わず力が入った。
卓真:問題って?
芳雄:まさかリズムの開催時間、朝十時から夜八時の十時間の予定だけど
芳雄:出演者が今のとごろ二十組以上で、それぞれのステージ時間が……
奈里斗:足りないの?
芳雄:多分……出るのがバンドだげならいいけど、いろいろあるして
昌也:あー、楽器出しだり片づけだりする時間も必要が
卓真:だな
みんなで盛りあげようと張り切って参加者を集めた結果、増えすぎてしまい新たな問題が出てきた、というわけだ。
だが、せっかく出たいと言ってくれているのに、断るのももったいない話だ。
昌也:なんがいい方法ねぇべが?
たま:歌合戦方式は?
奈里斗:どういうの?
たま:ひとつのステージが終われば、ステージ横で会話で繋いで次の準備する
卓真:まさかリズムでも、毎回MCが次の出演者を紹介する予定だけど
たま:そうでねくてさ
たま:ステージ横の会話の代わりに、次のステージやればいいんでない?
アンジェ:ダブル・ステージ・サクセン!?
たま:そう!
それは面白いアイディアだった。
が、いかんせん大きな問題がある。
昌也:そいだば時短にはなるけど、ステージ一個しかねーべ……
奈里斗:いっそステージを左右に分ける?
卓真:ただでさえそんな広くないぞ、あそこ
たま:ないならつくればいいじゃん
芳雄:ど、どうやって!?
たま:地面にさ
たま:コンパクトな会場だからこそ、それでも見えるべ
言われてみれば、そのとおりだった。
大型の音楽フェスのように、何万人も入るような広い会場だったなら、高さのあるステージ上でなければ、客席奥の人からはまったく見えない。
だが、イベント広場は四一〇〇平方メートル程度のそう広くない会場だ。
たとえステージが低くとも、ちゃんと見える。
この規模だからこその、名案だった。
芳雄:じゃあ、たとえばステージの反対側にちょっとしたステージをつぐったとしたら
芳雄:なにか問題ありますか?
芳雄の問いかけに、想像してみる。
イベント広場にはもう何度も行っているから、正確に思い浮かべるのは簡単だった。
卓真:正面のステージみたいに壁がないから、夕方とか日の光がまぶしいかもな
たま:機材である程度は隠せると思う
アンジェ:
たま:? どうしたの? アンジェ
アンジェ:だから、山が、見えるんデス
アンジェさんの発言を見て、ハッと息を呑んだ。
卓真:ああ、そうだ、確かに釜臥山の方向だ……
釜臥山というのは、むつ市街のどこからでも見える大きな山で、ランドマーク的存在である。
その展望台からは、下北半島だけでなく、南は八甲田山や岩木山、北は尻屋埼や北海道まで見渡すことができる。
また、『夜のアゲハチョウ』と称される市街の美しい夜景も、見どころのひとつだった。
秋には紅葉、冬には海に滑りこむようなスキー場に変わり、人々を楽しませてくれる。
恐山山地の一部でもある、下北の象徴。
それを背負うことのできるステージなんて、そうそうあるものじゃない。
卓真:いいんじゃないかな、釜臥ステージ!
昌也:待でよ、そっちゃ名前つけるんだば、こっちゃもつけねぇば
奈里斗:釜臥といったら、山に対抗して海――陸奥湾かな?
芳雄:でも、釜臥も陸奥湾もイベント広場から見たら方向同じなんじゃ……
昌也:へば津軽海峡が? でも津軽海峡ステージだば、語呂がわりぃな
とまあこんな感じで、それぞれのステージの名前をどうするかで和やかに揉めて――
最終的には、もともとある高いステージを山にたとえて『釜臥ステージ』、新たに設置する低いステージを湾にたとえて『陸奥湾ステージ』と呼ぶことで終局した。
実に下北らしいステージになりそうだ。
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