【第5章】全員で立ち向かえ! ~卓真~

13.新たな一手と救いの手

 脅迫メールの犯人にあたりをつけた俺は、対策を考えてから昌也を呼び出した。

 場所はいつものめし処。

 やってきた昌也は、またなにか問題が起こったのかとビクビクしていた様子だったが――


「脅迫メール、もう気にしなくていいぞ」

「へ?」


 ポカンと大きな口を開けた様子が、ちょっと面白かった。

 俺は続ける。


「犯人がわかった。簡単に言えば、子どものイタズラだ」

「こ、子どもって……?」

「小学生」

「小学生っ!?」


 驚くのも無理はなかった。

 開催を妨害しようと考え、脅迫メールを送りつける行動力は、なかなかのものだ。


「そったらわらしっこさ、公式サイトがらメールおぐるなんて、でぎるべが?」

「あのな……俺たちの頃の小学生とは、全然違うんだよ。小学生でもスマホ持ってる子は多いし、メッセージのやりとりなんて日常茶飯事だろう。だからこそ、あまり抵抗なく脅迫メールが送れてしまったのかもしれない」

「あ、言われでみればそうが……」


 メール以外に具体的な妨害がないのも、相手が子どもであれば納得できる。

 やれることに限りがあるから、きっと思いつかないのだ。

 でもただ、開催してほしくないことだけは伝えたくて――その結果の脅迫メールだったのだと思う。


「せばさ、その子は放置しといでもいいのが?」

「まあ害はないだろうけど、そのままにしとくのもかわいそうだから、手は打つよ。どうせなら、その子にも『まさかリズム』を楽しんでほしいじゃないか」

「そりゃそうだけども……ってなにさ?」


 俺は鞄のなかから数枚の紙を取り出すと、昌也の前に差し出した。

 受け取った昌也は一瞥して、首を捻る。


「手書ぎの楽譜? でもこれ、卓真の字でねぇな」

「ああ、犯人の子のお兄さん――東京で亡くなった子が遺した曲だよ」


 そこで俺は、先日男子学生から聞いた事情を話した。

 大好きだった長男が、音楽をやりに行った東京で亡くなってしまい、その音を引き継いだ次男と、嫌った三男――三兄弟の想いが、『まさかリズム』で交差しようとしている。


「自分でも曲をつくってたなら、遺品にきっと楽譜があるはずだと思って、探してもらったんだ」

「その男子高校生くんさ?」

「そうそう。で、それがそのコピー。地元や家族を想う、すごくいい曲だよ。多分東京に出てから書かれたものなんだと思う」

「んだな……傍さいるだげじゃわがんねぇ、地元や家族の大切さってあるもんだもんな」


 最後のページまで見おえた昌也は、少し涙ぐみながら返してくる。

 グッとくるところがあったのかもしれない。


「音楽を否定するってことはさ、兄貴がつくったこういう曲も否定するってことだ。本当は大事にしていかなきゃならないのに、おそらくそこに気づいていない」

「やっぱり小学生だしてなぁ……そごまであだままわんねぇんだべさ」

「ああ、だから気づかせてやろうと思ってるんだ」


 そこで昌也は、ピンと来たようだった。


「あっ、もしがして、高校生バンドさうだわせるのが!?」

「いや、さすがにそれは無理。これ、バンド編成の曲じゃないし。プロならともかく、高校生に『自由にアレンジしろ』って言っても難しいだろ」

「せっかくバンドで出るのに、ひとりだけ弾き語りさせるのもおがしいしな……」

「そうそう、これ、なんだよ。だから、相応しい人に歌ってもらおうと思って」

だいだ……?」


 俺はわざともったいぶってから、口を開く。


だよ。彼自身も一度都会に出てから、戻ってきてるだろ? この曲にこめられた想いを、誰よりも理解できると思うんだ」

「あー、んだな。わいもいい人選だど思う……けんど、そうせば京介が自分の曲減らさねばねぐなるべさ? ひとり二十分の持ち時間だして」

「うん、事情を説明してお願いしてみるけど、断られても仕方がないとは思ってる。そのときはまた別の案を考えるさ」

「聞ぐだげだばタダだしな」


 こうして昌也の同意を得た俺は、さっそく京介くんに連絡をとった。

 京介くんは東通村に住むシンガーソングライターで、MArMAladeマーマレードにも結構顔を出していたため、知りあった。

 二十三歳とまだ若いが、しっかりした考えの持ち主で、音楽に対しての情熱はかなりのもの。

 最近は女子高生相手に熱血指導してる――なんて噂も聞いたが、彼なら本当にやりそうで、笑ってしまったくらいだ。


 あいにく向こうが本業で忙しく、リアルで会うことはできなかったが、電話で事情を説明したところ、快諾してくれた。

 なんでも、『心をこめて歌うこと』を実践するにはちょうどいいサンプルなのだそうな。

 言っている意味はよくわからなかったが、楽譜を画像データにして送ってやると、すぐにスマホが鳴った。


「なんですかこれ……すごくいい曲じゃないですか!」

「だろう?」


 なぜか俺が得意げになって返す。

 そう、音楽を愛した青年が遺した曲は、きっと誰が歌っても、聴いても、感動する類のものだった。

 地元民ならという限定が入るのは、歌詞に地名や風土が取り入れられているからで、だからこそ地元の人には深く刺さる。

 逆に、都会で受けないのもあたりまえだ。

 育った環境があまりにも違うため、前提のない状態で聞かされても、そこにこめられた本当の意味を読み取ることはできない。


 よく、一花咲かせようと東京へ出たものの、メジャーにはなれなくて地元に戻り、それでも音楽を続ける人たちを、負け組だと指差す人がいる。

 だが、俺自身はまったくそうは思わないし、地方にだって当然音楽は必要だ。

 中央で発せられた光が末端までは届かないように、音楽にだって届く範囲はある。

 地方にあっても音楽を身近に感じてもらうには、どうしたって地元で活動してくれる人が必要なのだ。

 言ってしまえば、まさに俺の親父――ローカルタレントと同じようなものである。

 いなければいないで、もの。


 だが、せっかくいい音楽を持っている人がたくさんいても、下北ではそれをライブで味わう機会がほとんどなかった。

 音楽を心から楽しむためには、やはりライブは欠かせない。

 一方で、ライブハウス未経験者にいきなりMArMAladeマーマレードに来いというのも、無理があるのはよくわかる。

 ――だからこその、『まさかリズム』だ。


 入り口にドアはない、誰でも、どこからでも見ることができるイベント。

 気軽に音楽に触れられる、触れてもらえる、またとない機会だ。

 そういう場所で、普段地元で頑張っている京介くんたちのような人に輝いてもらえるのは、発案者としてはこれ以上ない喜びで。

 それだけに――昌也も気にしていたことが、脳裏に浮かんだ。


「せっかくの機会なのに、自分の曲を減らすような提案をしてしまって、申し訳ないんだけど……」


 思わず出た一言に、しかし京介くんが発した言葉は――


「とんでもない! こんないい曲を教えてもらって……もしよければ、『まさかリズム』が終わったあとに、この曲をつくったかたのご家族に合わせていただけませんか? 今後も歌いたいと、お願いしたいんです」


 一瞬。

 ほんの一瞬だが、涙がこぼれそうになった。

 他の誰でもなく、京介くん自身にいちばん刺さったのだ、この曲は。

 それを歌い継ぎたいと申し出てくれた言葉に、ただ紹介しただけの俺がやたら感動していた。

 四十間近で涙もろくなってきたのかもしれない。


「もちろんかまわないよ。きっと快諾してくれると思うし」

「ありがとうございます!」


 こうして、俺にできる最後の下準備は終わった。


     ♪     ♪     ♪


 九月二十九日。

 『まさかリズム』を明日に控え、昼過ぎから機材の搬入が始まった。

 場所はもちろんイベント広場だ。

 さいわい天気はよくもなく悪くもなく――とても曇っていた。

 明日が雨でなければいいなと、少しだけ不安になる。

 雨でもよほどの豪雨でなければ開催予定だが、街に音楽が届く範囲が狭まってしまうだろう。

 もれ聞こえる音楽で聴衆を引き寄せるのも、大事なミッションのひとつなのだ。


 ――と、同じことを考えていたのか、作業を始める前にたまちゃんとアンジェがてるてる坊主をつくっていた。

 曰く「二十年ぶり」だそうな。

 天気の神様にでも縋りたいのかと思いきや、坊主の表情は恐ろしいほどがきいていて、完全に目的だと悟った。

 脅迫メールなんかよりずっと怖いやつだこれ。


「宮内くん、機材持ってきたわよ~」

「あ、今行きます!」


 MArMAladeマーマレードのママが自分のお店や常連客から集めてくれたスピーカーやアンプなどが、ワゴン車の後部座席に積まれていた。

 それをひとつひとつ台車に乗せておろしていく。

 あらかじめ決めておいた配置表を見ながら、既存のステージである釜臥ステージと、逆側に新たにつくる陸奥湾ステージに振り分けていった。


 既存のステージのほうは、重い機材をステージ上にあげるための装置があるため、さほど苦労はしなかったのだが――

 問題は、下につくるステージのほうで。

 地面に置くだけだから大丈夫だろうと高を括っていたのが、間違いだった。


「……これ、どうやって台の上に載せるんだ?」


 ステージの上部にもスピーカーがある釜臥ステージと違い、陸奥湾ステージは完全に平らだ。

 だからこそ、音の広がりをよりよくするために、スピーカーを重ねて配置し、高さを出す計画を立てていた。

 そう、重いスピーカーを肩ほどの高さにまで持ちあげる必要があったのだ。


「男四人で持ちあげられねぇごとはないだろうけど……あぶねぇな、どう考えでも」

「なぁ……」


 が足りなかったことを、痛感する。

 どうしようかと固まって相談していると、不意に誰かが声をかけてきた。


「どんだ? 準備のほう、すすんでらが~?」


 いっせいに振り返る。

 手をあげていたのは、まったく知らない作業着のおじさんだ。

 だが、ある程度近づいたところで、胸もとの会社名が目に入る。


「あ、そこの建設会社の……」


 イベント広場のすぐ近くにある会社の人のようだった。


「社長がら話聞いでらったして、どんなもんだべど思って、来てみだんだ。なんが手伝うごとあるが?」

「あ、ありがどうございますっ。お気持ちだけで非常に嬉しいですが――」


 強い訛りに昌也も対抗するが、途中でハッと息を呑む。


「――そんだ、建設会社の人なら詳しいがも! わいだぢ、今このスピーカーをこごさ載せようどしてるんですが、なにがいい方法ないですが!?」

「あ、そうか。普段重い木材とか運んでますもんね」


 この人に訊くのはいいアイディアだ。

 俺もそう思った――のだが、おじさんは思いがけない返事をくれた。


「なんだ、そったらごとが。へばフォークリフト貸してけるして、それであげだらいいべ」

「フォークリフト……! その手があったが」

「でも、操作できる人いだっけ?」

「わいが運転するじゃあよ」


 そう言って親切なおじさんは、社長からフォークリフトの使用許可をもらい、すぐに駆けつけてくれた。

 さらには、こんなアドバイスまで。


「なぁ、椅子はこいだけしかねぇのが? こいだば足りねぇべさ」


 イベント広場はもともと椅子のないスペースであるため、簡易的な長椅子を等間隔に配置していた。

 ただ、数には限りがあるから、その間隔は非常に広く、詰めればもっと置けるのは確かだ。


「注目してら人多いして、もっど来るはずだ。増やしせ」

「わいども増やしたいのは山々なんですが、椅子がこれしかなぐって……」

「そったらごとが。ブロックど木板だばいっぺえあるんだ、使えばいい。今持ってくるして、おめだぢは並び変えでせ!」


 なんだかすごく張り切っているおじさんは、そう言い残して再び走っていった。

 思わず顔を見合わせる俺たち。


「あのおじさん、めっちゃやる気さなってる!?」

「きっと楽しみさしてくれてるんだろうな」

「ああ……わいども頑張んねぇばっ」


 戻ってきたおじさんにどやされる前に、テキパキと椅子を移動させていく。

 ――そのおじさんの協力もあって、準備は予定どおり終えることができた。

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