最近は嫉妬が流行りなのか

 魔剣と戦っている、と彼は言う。

 章彦は目の前の異世界の若者をじっと見つめた。


 いかにも生真面目な青年は、章彦と同じぐらいの歳だろうか、言葉遣いも丁寧で誠実そうな男だ。


 彼が初めてこの部屋にやってきた時は、周りとなじめずにいたようだが、それはほぼ皆が経験する、通過儀礼のようなものだ。中には初めからあっさりと溶け込んでしまっている人もいるが。

 しかし、やはり他の者と同じく、数度やってくるとクラウスも周りの会話に耳を傾け、問われれば自らの話をするようになった。


 クラウスは神官騎士長という肩書だそうだ。「天空神教」という宗教が抱え持つ騎士団のトップということだ。

 現在、その宗教のトップにいるのがシホという少女だそうだ。なんでも、先代の最高司祭が受けた神託により見出されたのだとか。


 クラウスの口調や表情から判断するに、彼はシホという高司祭をかなり敬愛しているようだ。


 五つも年下の少女を敬い慕うとは、よほどシホは魅力的なのだろう。いろいろな意味で。


「で、魔剣って? 魔王とかと戦うって話は聞くけど、剣と戦うってどんな状況なんだ?」


 部屋に集う者がクラウスに話を促す。章彦もどちらかというとその話に興味があるので耳を傾ける。


「私のいる世界では昔、一つの王国が大陸を支配していた時期がありました」


 クラウスが静かに語る。

 強大な魔法の力を持つ王国は、その力の象徴として魔力を宿した剣を作らせた。その数、百振り。


「なんでそんなに?」


「俺なら一本のとてつもなく強力な魔剣で十分だけどな」

 章彦は思わずつぶやいて、クラウスの顔をうかがった。


「そのあたりのことは、私も聞いたことがありません。魔剣に位付けがされているのでそのあたりと関係があるのかもしれませんが」


 百の魔剣には兵士、騎士、領主、王と分けられた階級がある、とクラウスが説明した。当然、王の剣は一振りで、位が下がるほど数が多くなる。


「百の剣が、当時の王国の権威の象徴みたいなものなのかもな」


 章彦が言うと、クラウスも「そうかもしれません」とうなずいた。


「いやいや、もしかしたら百本にしたらきりがいいから、とか単純な理由かもしれないぞ」

「そんな安直な」


 部屋の中が笑いに包まれた。

 そんな茶々入れはあるが、皆、それぞれにクラウスの世界の話を楽しんで聞いている。


「それで、その魔剣が悪さをするってことか」

「悪さというような軽いものではないのですが」


 クラウスは苦笑しながら説明を続けた。


 位の高い魔剣は力が強すぎるからか、封印されていた。だが最近、それらが目覚め始めている。

 魔剣は持ち主に力を与え、意のままに操ると言う。


「今、我々が相手にしているのは領主の一振りで、傭兵であった男が所持しています」


 魔剣を手にした男は戦闘能力がかなり上がっているそうだ。それのみにあらず、肉体すら人を超えているという。

 まずは魔剣を彼から手放させて封印を施すという手はずだ。その、封印をするのが、先ほど話に出てきた高司祭のシホという少女なのだ。


 肉体をも変異させてしまう剣。魔剣と呼ばれるわけだと章彦は心の中でうなる。


 それにしても、シホの名を口にし、彼女の役割を今も語っているクラウスは、もしかするとシホに尊敬以上の感情を抱いているのだろうか、とも章彦は感じた。


 大きく表情や口調が変わったわけではない。部屋に集う他の者達もシホへのクラウスの感情について言及しない。

 だが章彦には、クラウスのほんの僅かな変化が見えた。


 クラウスの慇懃なだけだった口調に少しだけ熱がこもり、口元がほんの僅か、緩んだのだ。


 章彦が雰囲気から他人の心情を読み取ることに長けているからか、それともただの勘違いなのかは、判らないのだが。


(まぁどっちにしても別に俺が今ここで指摘するほどのことでもないけど)


 章彦は特にそれ以上、気に留めることなくクラウスらとの話に耳を傾けた。




 数日後。

 例の部屋に来てしまったが他に誰もいなかったので、章彦はソファに座ってコーヒーを飲みながら本を読んでいた。

 誰かが来れば話をするし、来なければ小一時間ほど休憩してから帰ろうと思っていた。


 区切りのいいところまで読み、ふと時計を見ると三十分ほどが経っていた。

 今日は誰も来ないかな、と本を閉じた時。


 扉が開いた。


 現れたのはクラウスだ。外見でそう判断できた。

 だが、いつも感情を殺しているとも思える彼がまとうのは、明らかな怒りだった。


「なんだ? 何か悪いことでもあったのか?」


 章彦が声をかけるとクラウスは驚いて顔を上げた。

 いつものあの部屋だと気づくと、取り繕うように笑う。


「こんにちは。ちょっと疲れが顔に出ていましたか」


 いや、疲れというよりは怒気をはらんだ顔だったのだが、と思いつつ、章彦は「そうみたいだな」と相槌をうった。こういうことは突っ込んで聞くとろくなことにならない。


「その原因は、例の魔剣との戦いのせいか?」

「ええ。実は今夜、剣の持ち主が主催するパーティに潜入するのです」

「そこで事を構える、と」

「そうなりますね」

「なるほど、そりゃピリピリするわけだ」


 決戦前とあっては緊張でこわばっていても何ら不思議ではない。先ほど怒りと感じたのは緊張だったのかと章彦は微笑した。


「基本的には私が主だって動くのですが、シホ様と彼女を守る役割の者にも動いてもらうことになるかもしれないのです」


 クラウスはまた難しい顔になる。


「そのシホさんだっけ? 高位司祭さんは強いのか?」

「戦闘能力の話だと、ほぼないに等しいです」

「それじゃ、護衛役は責任重大だな」


 何気なく放った章彦の一言に、一瞬、クラウスの目が細くなった。


「そうなのですよ」


 それなのに、と、ほぼ聞こえないような声でクラウスが吐き捨てた。


「あまり冴えない顔だな。護衛が頼りないのか?」

「あ、いえ……」


 クラウスはそこで口ごもった。


「あぁ、いや、別に無理に話してくれなくても。ここに来る連中って秘密や人に言えない悩みなんか、結構もってるからな」


 そう言う俺もそうだけど、とは章彦の心の中のみの愚痴だ。


 少しの間、逡巡していたように見えるクラウスは、小さくうなずいて、吐き出す。


「護衛を任せる男は腕は確かです。しかし……、身元が知れないのです」


 章彦はクラウスが話し始めたことに驚いたが、うなずいて続きを促した。


「人間的に信用に足る人物ではない、ってことか」

「えぇ、それなのに……」


 クラウスはうつむいた。一つ大きく息をついて、顔を上げる。


「シホ様と二人きりで出かけ、あまつさえシホ様に給仕服などっ!」

「……へっ?」


 軽く思考停止した章彦を軽く無視する形でクラウスは堰を切ったように愚痴をこぼした。


 今、彼らは遠征先に滞在していて、クラウスは今夜のパーティの主催者に接近していた。

 その間に、シホが護衛の男と外に出かけ、シホは高司祭だとばれないように給仕服を着て、男をご主人様と呼んだのだとか。


「それに、あの男は、あろうことかシホ様を、シホ、と呼び捨てに!」


 それは主人と給仕の演技のためでは、と返そうと思ったが、はたと気づく。

 クラウス本人は意識しているのかいないのか判らないが、彼が一番許せないのが「そこ」なのだと。


「それは、うん、いろいろと困ったな」


 適当な言葉を口にしながら、章彦は結に嫉妬するエリーを思い出していた。


“気を抜きすぎと思わない? カノジョにデレデレにやけちゃって。格好悪い”


 任務として、結とカノジョが二人で会っているのを陰から監視していた時のエリーだ。

 エリーのすこぶる不機嫌な顔と声が、目の前の男と重なった。少しも似ていないのに、雰囲気がそっくりだ。


 じっとクラウスを見る章彦に、少し冷静になったクラウスが咳ばらいをした。


「とにかく、作戦直前に由々しき事です」

「そうだな。あんたまで落ち着きをなくしたら大変だ。飲み物でも飲んでちょっと落ち着いてから行くといいよ」


 章彦が、彼にしては親切にもコーヒーを淹れてクラウスの前に置いた。


(あっちもこっちも嫉妬だらけだな。流行ってんのか?)


 章彦は笑った。


 結と同じように、苦労を背負い込みやすいタイプのクラウスの作戦がうまくいくようにと願いながら、章彦もコーヒーをすすり飲んだ。



(了)



 お借りしたキャラ:クラウス・タジティ

 出典作品:百魔剣物語――聖女と死神と欲望の魔剣――

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054882715624

 作者様:せてぃ 様

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