真っ赤な桜餅

 レッシュが自室のドアを開けると、あの部屋だった。

 今日は既に数人が集まっていて、楽しそうに話をしている。


「あら、レッシュさん、こんばんは」


 楚々と頭を下げるのは、四ノ宮しのみや桜子さくらこという日本人だ。長い黒髪がつややかな、おしとやかな雰囲気の女性だ。

 確か、異能が使える家系の大学生で、すごいお嬢さんなんだっけ、と相手のプロフィールを思い出しながらレッシュは「おぅ」と手を挙げて応えた。


「楽しそうだけど、何の話だ?」


 挨拶を交わす皆が愉快そうに笑っていたのでレッシュは小首をかしげて尋ねてみた。


「桜子ちゃんってお菓子作るのが好きなんだけどさー」


 部屋に集う者達が口々にに説明してくれた。

 菓子作りは料理よりも材料の分量を間違えると大変なことになる、という話だったそうだ。甘さがなくなったり、うまく膨らまなくてぺしゃんこならまだましで、べたべたした物体が出来上がったり、とんでもない色になったり、とか。


「とんでもない色?」

「はい。レッシュさんは食紅はご存じでしょうか?」


 桜子のおっとりとした声にレッシュはうなずく。


「赤い色を付けるヤツだろ? 焼きそばとかについてるしょうがとか、それで染めてんだよな」

「はい。桜餅にも食紅を少しだけ使って、あの桜色を出しているのですが、たくさん混ぜてしまうと真っ赤になってしまうんです」


 よく日本に旅行するレッシュは桜餅も食べたことがある。あの薄紅色の桜餅が真っ赤になったものを想像してみるが、今一つピンとこない。


「真っ赤って、どんな感じで?」

「先程レッシュさんがおっしゃっていた、紅ショウガのような色です」

「うわー、それちょっと気持ち悪くないか?」

「えぇ、おいしそうには見えませんわ」


 レッシュが苦笑いすると、桜子もころころと笑った。


「なぁ桜子、もしよかったらさ――」


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 仕事が終わり、退社する間際にリカルドの執務室を訪れると、彼はソファに座ってくつろいでいるところだった。


「リカルド、桜子が菓子を作ってくれたんだ。おれはもうもらったし、リカルドも食べるか?」


 そう声をかけると、リカルドは姿勢はそのままに顔だけをレッシュに向けて微笑した。


「桜子さん? あぁ、あのお嬢さんが、わざわざ?」

「菓子作りが趣味なんだってさ」


 リカルドはふぅんと軽い相槌をうってから、うなずいた。


「そうか、それなら、いただこうか」

「んじゃ、これ」


 レッシュは箱をリカルドの前に置いた。


「あぁ、ありがとう」


 リカルドは礼を言ってから、箱を開けた。


「……さくら、もち?」

「ん? どうした?」

「いや、……桜餅はこんな色だったか?」


 真っ赤な桜餅を目の前にしてリカルドが当惑している。レッシュは思わず笑い出しそうになるのをこらえて大真面目に言った。


「まぁあっちは緑の信号も青って言うくらいだからな」

「そうなのか?」

「ああ」


 リカルドはしばらくしげしげと赤い桜餅を見つめて、手に取った。


「これは桜餅というより、赤餅だな……」


 つぶやき、恐る恐る意を決したというように一口目を食べるリカルドを見て、レッシュはこっそりと肩を震わせて笑った。めったに見られない光景だ。




 後日、リカルドが例の部屋で桜子と顔を合わせて餅の感想を述べ、真相が明らかになった後、レッシュの頭には大きなコブが出来ていたそうだ。



(了)



 お借りしたキャラ:四ノ宮桜子

 出典作品:黒薔薇狂詩曲(作中には登場しませんが設定をお借りしています)

 https://ncode.syosetu.com/n9938bz/ (他サイト)

 作者様:楠瑞稀 様

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