並行世界の凄腕狙撃手

 扉を開けると、例の部屋だった。

 エリーは、またか、と小さくため息をついて、すでに集まっている人達の輪の隅っこにそっと加わった。


 ここに来る顔ぶれは本当に様々だ。髪や瞳の色は言うまでもなく、服装や、職業もエリーからはあまり想像できない、実感できないものがある。


 今日のメンツは、男二人に女一人。誰もが十三歳のエリーよりも年上の大人で、少し疎外感を覚える。


 その中で一番エリーに近そうな年齢のマサキと目が合った。

 マサキはにっこりと笑う。エリーも微笑を返した。


 確か彼は狙撃手だと言っていた。事件を起こした犯人を取り押さえるために必要と判断されると現場に召集され、仕事をこなす。

 SWATみたいなものかとエリーは解釈している。


 ちょっと気弱そうに見えるが本当にそんな仕事が務まっているのか、と少し疑問に思わなくもないが、少々失礼な疑問は口にしないでおく。


 それよりもマサキの話で面白いと思ったのは、彼も地球人だと言うのだ。

 確かに外見はアジアンそのものだし、名前も日本人っぽい。だが彼が住むのは「地郷ちさと」というところで、周りには異星人もいる、というではないか。


 地球上に異星人が当たり前に存在する国や地方があるなどエリーは聞いたことがない。

 これはいわゆる「並行世界パラレルワールド」というものか。

 エリーは俄然、マサキの住む世界に興味を持った。


 その時。

 バーンとけたたましい音を立てて扉が開いた。皆がびっくりする中、部屋に入ってきたのは大柄な、いかにも軍人ですと言わんばかりのいでたちの、いかめしい男だ。戦闘中だったのか殺気をみなぎらせたままで、部屋の中を見てきょとんとしている。


「いらっしゃーい」

「何? 戦闘真っただ中だった?」


 皆が笑う中、マサキは一人、ひどく怯えたような涙目で男を見上げている。


(……もしかして、怖いとか? これぐらいで怯えるなんて本当にこの人、狙撃手なの?)


 エリーはマサキの顔を見つめて唖然とするやら呆れるやら、だった。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 面倒なことになった。

 ただの、と言うのは不謹慎だが――スーパーマーケット強盗の犯人を、たまたま現場近くにいるという理由で確保してほしいと頼まれただけだった。


 諜報員の仕事は内偵ではなかったのかと毒づきながらもエリーは犯人の行く先を推測して先回りをした。

 すると犯人は、あろうことか民家に飛び込み、住人を人質にとって立てこもってしまった。


 もうこれは、警察に状況だけ説明してエリーは手を引いてもいいのでは? と思うが、乗りかかった舟を放り出して逃げるようでなんとも悔しいので最後まで付き合ってやることにする。


 さて、とエリーは腕組みをした。極めし者の力を行使して突入し、さっさと片付けるべきか。

 解決方法を思案するエリーはふと視線を感じて振り返る。


「なんでいるの?」


 思わずつぶやきが漏れた。

 エリーの背後に立っていたのは、マサキだった。


「すみません、なぜかここにいて」


 マサキは申し訳なさそうな顔だ。


「あの扉ね。気まぐれに他の世界ともつながるって聞いてたけど……」


 来てしまったものは仕方ない。マサキが彼の世界に帰るには、またどこかの扉からあの部屋へ、さらに自身の世界にとつながることを願うしかない。

 それはさておき、せっかく来てもらったのだからマサキの腕を見てみたいとエリーは思った。


「ねぇマサキ、ここに来たのも確かな縁。協力してくれない?」

「それをいうなら何かの縁じゃ……?」

「ふふ、いいじゃない。今あの家の中に強盗犯が立てこもってるの」


 エリーが状況を説明するとマサキの表情が変わった。

 ぐっと民家を睨みつける彼は、確かにスナイパーだ。

 これなら任せても大丈夫そうだとエリーはうなずいた。


 彼女は携帯するハンドガンをマサキに手渡して使い方を説明する。


「わたしが家に入るから、もしも犯人が出てきたら足止めしてほしいの。もちろんわたしもすぐに追いかけるけど人質の安全が優先だし」

「了解。けれども銃なら自分のがあるけれど」

「異世界産の銃弾が証拠に残って、事件の報告時に誰が何で足止めをしたのか、どうやって説明しろと?」


 エリーがニマリと笑うと、マサキは「そうか」と頭をかいた。

 それじゃお願いねとエリーが言うと、マサキはうなずいて、近くの太い木にスルスルと登っていった。


「すごい。まるで」


 サルね、とは口にせず、エリーは家の裏手に回った。


 裏口からそっと侵入し、人質のそばにいる犯人に声をかけながら跳びかかるしぐさを見せると、顔をひきつらせた男は罵りの言葉を吐きながら玄関へと走った。


 してやったり。エリーが満足そうに笑うのと、乾いた銃声が聞こえたのが、ほぼ同時だった。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 後日、エリーが例の部屋でマサキのことを「並行世界の凄腕狙撃手」と紹介すると、瞬く間にそのニックネームが定着した。

 明らかにこっちとパラレルではないであろう完全な異世界の人達まで面白がって呼ぶものだから、マサキはとても恥ずかしそうにしている。


 そのうち、あちこちの世界に飛ばされて、宇宙一の狙撃手とか言われるかもしれないわねとエリーはそっと笑った。



(了)



 お借りしたキャラ:マサキ

 出典作品:いつか、咲きほこる花の下

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054884378816

 作者様:かみたか さち 様


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