魔王にも怖いものがある

 愛良あいらは最近「不思議の部屋」に出入りするようになった。

 自分の部屋の扉を開けた時ににつながることもあるが、父の作った「夢へのトンネル」をくぐった時も多い。

 夢魔退治に赴くためにトンネルをくぐっているのにどうしてこの部屋につながるのか、と愛良は首を傾げた。


「ここに夢魔がいるのかなぁ」

『夢魔に悩まされている者がくるのやもしれんな』


 相棒の魔器まき、西洋剣のサロメが応えた。

 そういう可能性もあるならと、集まっている人達と話をしながら注意深く気配を探る。


 そんな愛良の目をひいたのは、黒髪に金の瞳の美青年だ。

 とにかく美しいうえに所作が上品である。

 こんな男性に甘い言葉をかけられたらちょっと舞い上がりそうだ。


『好いた男がおるというのにふしだらな』

「なによぅ。それとこれとは話が別なんだよ。たとえカノジョがいる男の人だって美人さんがそばを通ったら思わずそっち見ちゃうでしょ」

『ふん、それをふしだらというておる』

「目の保養なんだよ。夢魔ばっかりみてたら疲れるから」


 言いながら愛良は、他の人と話す彼、オイヴァ・ヴェーアルをうっとりと見つめた。


 部屋の人達の話は家族についてになった。

 ふと、オイヴァの顔が翳った。


『むっ』

「どうしたん? 腹痛?」

『アホなことを。お主も気づいておろう』

「うん」


 夢魔の気配だよね。


 愛良が口に出さずとも心に念じるとサロメは『うむ』と肯定した。


 サロメには近くにいる者の思考が聴こえる。

 もしかするとオイヴァの何か別の感情も読み取ったのかもしれないが、そこまでは愛良には分からなかった。


 ひそかに一人と一振りの注目を浴びているオイヴァは家族について「妹と、妃たるレイカが家族だな」と応えていた。


 彼は魔族の国、ヴェーアル国の王だという。しかし王妃である奥様は、なんと日本から転移した女性だと言うのだ。


「まさか小説とかで流行りの異世界転移がこんなところで」


 愛良はつぶやいた。

 オイヴァが愛良に美しい金色の目を向けてくる。


「それはここで日本の人に会うとよく言われるな」


 さすが一国の王は微笑みも優雅だ。


 それからオイヴァは王妃との出会いと現状を話してくれた。

 王妃、レイカは隣国に「勇者」として召喚されたのだとか。魔王であるオイヴァを倒すよう命じられていたらしい。

 だがそれは隣国の勝手な言い分で、レイカは最終的に召喚国を離れ、オイヴァの妻となったのだ。


 さらりと話しているが、そこに至るのにいろいろな出来事があっただろうと愛良は胸を熱くさせた。


「オイヴァさん若そうなのに、家族は妹君と王妃様だけ? ご両親は?」


 愛良の問いに、オイヴァの微笑みがあからさまに凍った。

 まただ。また夢魔の気配。さっきのは間違いじゃなかった。

 この人は夢魔に侵食されている。


「両親はもういない」


 今度は作り笑顔を混ぜた笑みを浮かべて短く答えたオイヴァに愛良は「えっと、ぶしつけでごめんなさい」と頭を下げた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「ねぇお父さん、異世界の人を侵食してる夢魔は倒せないの?」


 愛良は家に戻って父であり、夢魔退治のパートナーであるさとしに相談した。


「夢に境目はないというけど、うまくその人の夢につながってくれるといいんだけど」


 ダメ元でやってみようということになり、不思議の部屋に残るオイヴァの思念や愛良とサロメのイメージをもとに、聡は夢トンネルを作った。


「これで行けると思うよ。初めてのことだから自信ないけど。違ってたらもどっておいで」

「はーい」


 愛良はサロメを携えて、夢の中へとジャンプした。


「うわー、お城だー」

 思わず愛良はため息だ。


 夢の中とはいえ、これほど立派な城の内部に入ったことはなかった。

 これぞファンタジーの世界とまわりをきょろきょろと見回す。


『ヌケた顔をしとらんで夢魔を探さんか』

 すかさずサロメにいさめられた。


 ここは城の大広間のようだが、夢の主であるオイヴァの意識は外の方から感じる。

 愛良はそっとそちらに向かってみた。

 庭に、オイヴァと女の人がいる。


 黒髪黒目のあの女性ひとが王妃のレイカだろう。二人から漂ってくる雰囲気は、とても甘い。控えめな甘さだが辺りに充満しているといったところだ。

 話し声までは聞こえないが、とても和やかな雰囲気で、夢もとても安定している。


「夢魔はまだみたいだね」

『うむ』


 応えるサロメの声も心なしか優しい気がした。


 ところが、数分もしないうちに「それ」はやってくる。

 夢魔が現れる時、独特の空気だ。

 チリチリと肌を細かく刺すような雰囲気と、空間を囲む黒のマーブル模様。


「来たな夢魔め。この甘々な雰囲気を壊そうだなんてボッチ夢魔に違いない」

『群れている夢魔はあまり見ないがな』

にえの取り合いになるからかな」

『かもしれんな』


 サロメと話している間に夢の状況ががらりと変わる。場所は同じ、城の庭なのだがレイカはいない。

 物々しい雰囲気の中、見知ったオイヴァより若く見える彼が騎士らしき者達に抑えられている。


「離してくれ! あいつを倒して弟を助けるんだから!」


 オイヴァの視線の先には、彼よりもさらに若い、というよりは幼い男の子が大人に囲まれている。


 あの子がオイヴァの弟。

 しかし例の部屋のオイヴァは妹と妃だけが家族と答えていた。

 ということは。


 愛良の結論通りの出来事が、目の前で繰り広げられる。

 少年の悲鳴とオイヴァの絶叫が夢の中にこだました。


 オイヴァの体から白いもやがあふれ出す。

 これは彼の悲しみや怒りといった負の感情が生命エネルギーとして噴出したものだ。これを夢魔は糧としている。


 立ち昇るもやは上空へと吸い上げられていく。

 夢魔はあそこか!

 愛良は地を蹴り空へと舞い上がる。夢の中ならではの運動能力だ。


 黒いマーブル模様の空気をかき分けて進んだ先に、人間型の夢魔がいた。

 タキシードに黒マント、青白い端正な顔だが眼力は強く、口には牙が見える。


「これってやっぱ」

『うむ、ヴァンパイアと呼ばれているものの姿だな』

「オイヴァさんの世界にもいるのかな」

『かもしれんな』


 言いながら愛良はサロメを鞘から抜き放った。

 ヴァンパイアの夢魔もまた細身の剣を構えた。


「悲しい記憶につけ込んで侵食する夢魔、許さないよっ」


 愛良は臆することなく夢魔に突っ込んでいった。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 あの戦いの後も「例の部屋」で何度かオイヴァと会ったが、彼からは夢魔の気配は感じられなくなった。

 彼の危機は去ったようで愛良達は一安心だ。


 しかし、ちょっと探りを入れて聞いた話では、彼の世界には吸血鬼はいないらしい。

 妃であるレイカが話してくれたのを聞いたことがある、ぐらいの知識だそうだ。

 なのになぜ夢魔は吸血鬼の姿だったのか。


 ……もしかして、オイヴァは話に聞いた吸血鬼が怖いとか?


 愛良が考えると、そばにいる(ある?)サロメも『そうやもしれんな』と同意した。


 一つの国を治める、魔王と呼ばれる彼も吸血鬼はこわいのかと思うと、ちょっとかわいいかも、とか考えてしまった。


 妃であるレイカの話も聞いてみたいな、と愛良は思った。



(了)



 お借りしたキャラ:オイヴァ・ヴェーアル

 出典作品:「勇者による召喚勇者救出大作戦」

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054886709259

 作者様:ちかえ 様



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