呼吸法を維持するには
異世界の人だから必ず異能を持っているわけではない。むしろ異能を持っている人は少ないだろう。
「極めし者の闘気って便利そう」
リカルド達の力を知ると、こんな感想を抱く人が多い。
「闘気の扱いを教えてほしい」
こう言い出す人もいる。
今まで三人ぐらいには言われた。
戦いに身を置く者なら、闘気を扱えるようになればぐっと生存率があがることになる。
だが呼吸法はそう簡単に習得できるものではない。リカルドも父から教わり会得するまでに一年近くかかっている。
そんな話をするとたいていの人はあきらめる。よくて少し試してみる、ぐらいだ。
だが彼、リシュアは違った。
彼の世界にも異能者はいる。だが極めし者のように努力して得る力ではなく、生まれついてのものだそうだ。つまり、生まれつき異能がなければずっと「ただの人」なのだ。
リシュアもその「ただの人」なのだが彼の近くには異能者がいる。また、今は異能を持つ犯罪者を追いかけているそうだ。
「だから闘気を扱いたいんだよ」
熱心に異能を欲する理由を語る。
呼吸法の習得には時間がかかると説明しても、やってみるという。
リカルドとしても興味はあった。果たして異世界の人にこちらの異能を習得できるのかどうか。
「そこまでおっしゃるなら、呼吸法の修練にお付き合いしてもいいですよ」
リカルドが言うと、リシュアはとても喜んだ。
では早速とばかりに基本を教える。
闘気とは、人の体に流れる「気」の流れを強くしたものだ。つまり体の中の力を外に放出するといったところだ。
そのための呼吸法なので、力を全身に巡らせ呼吸と共にみなぎらせる、と教えることが多い。
リカルドもそのように習ったし、唯一人の弟子である部下のレッシュにもそう教えた。
「まずは常に深く腹式呼吸をするように意識するところからです」
「腹式呼吸ならしているぞ」
「常に深くというのが難しいのです。素早い動きをしたり、精神的に動揺するとつい浅い呼吸になってしまいます」
なるほどとリシュアはうなずく。
彼は従順にリカルドの指導を受ける「いい弟子」だ。
何度か部屋で会って成果を確認するに、リシュアはとても熱心にリカルドの言う通りの努力をしている。
腹式呼吸も随分安定しているように思う。
彼の腹に手を当て、呼吸を確認しながらリカルドは満足してうなずく。
だが、ここからなのだ。
闘気は扱いに慣れればさほど深く呼吸をしなくてもいい。だがそこまで至るまでは、基本の呼吸法が乱れるとあっという間に放出できなくなる。
下手に闘気を扱えるようになって、肝心のところで維持できずに大きな危機を迎えた者や、戦いのさなかに命を落とした者も多くあると聞く。リシュアにはそうなってもらいたくない。
なので、わざと呼吸を乱すようなことをして、それでも基本の呼吸が続けられるようにならなければ闘気の練り方を教えられない、とリカルドは考えている。
集中して呼吸するリシュアの脇腹を、つぃっと指で撫でる。
愉快な声を漏らしてリシュアが笑った。
「おい、何するんだよ?」
「呼吸、乱れていますよ」
「あっ」
悔しそうな顔のリシュアがまた呼吸法に集中する。
完全に集中したところで、またくすぐる。
「何の拷問だよこれ?」
リシュアの情けない声にリカルドは苦笑いを返した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「なぁ、おまえもリカルドに闘気の呼吸法を習ったんだよな?」
リシュアはレッシュに尋ねる。
「あぁ。リシュアも今習ってるんだってな」
「そうなんだけど、……もしかしておまえも呼吸法の安定のためとか言って、突然くすぐられたりしたのか?」
「あぁーあれな。あそこを抜けるのに時間がかかるんだよな」
レッシュは愉快そうに笑った。
「やられてたのかっ」
くそ真面目な顔でくすぐってくるリカルドと、それに耐えようとするレッシュの姿を想像するだけでリシュアの呼吸が笑いで乱れそうだ。
「ま、頑張れ。戦いの最中に呼吸法が乱れて闘気が使えなくなるとピンチだってのは本当だし」
呼吸法よりもくすぐられ耐性を身に着ける方が大変そうだと、とリシュアは頭を抱えた。
(了)
お借りしたキャラ:カスロサ・リシュア
出典作品:風が吹く前に
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884214552
作者様:千石綾子 様
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