異世界の異能
今日も唐突にあの部屋につながった。
家に帰ろうとしていた結は苦笑しつつも、部屋に集う人達との交流を楽しんだ。
ここには酒やフルーツもそろっているので、カクテル作りが好きな結はひそかに趣味を満喫していた。
その人のイメージにあったカクテルをふるまうのは楽しい。
美味しい、素敵だ、などと感想をもらうと嬉しくなる。
小一時間ほど交流を楽しんだ後、皆それぞれの世界に戻っていく。
結も帰ろうとしたが、キッチンを少し片づけてからにしよう、と思った。
この部屋は散らかしたままにしていても次に来た時にはきちんと整頓されているのだが、結の性格上、なんとなく申し訳ない気分になるのだ。
皆を見送って、グラスやシェイカーなどを軽く洗ってからリビングの扉に向かう。
ノブに手を伸ばそうとした時、向こうから扉が開いた。
驚いて手を引っ込める。
現れたのは、フィルアニカだ。
ゆったりとした司祭のローブをまとっている彼、いや、確か性別がないと聞いたことがある――は、とても美しい顔立ちをしている。
特徴的なのは菫色の瞳、のはずだが、結は違和感を覚える。
いつもの柔和な顔ではなく、今はなんだか儚げな雰囲気だ。そして、瞳の色が金であることに気づく。
フィルアニカに似た別の人か? と思うほどだが、感じ取れる「気」はフィルアニカ本人のものだ。
彼は結を見て、笑みを浮かべる。
とても、妖艶な笑みだ。
どきりとした。
「フィルアニカさん?」
声をかけるが返事はない。
代わりに、彼は歌を歌い始めた。
歌詞は理解できないが不思議で美しい歌声だ。
まるで歌声に誘われたかのように、どこからともなく霧が立ち込めてくる。
今まで見たこともない光景に結は当惑して動きを止めた。
背中を、全身を、ぞくぞくと不思議な感覚が撫でまわす。
フィルアニカが両手を掲げて、結の首に腕をまわしてきた。
逃れなければならないと頭では考えているのに、体が意に反して動かない。
金色の瞳に、くぎ付けになる。
漏れた結の吐息が金色の糸となって、司祭の口に吸い込まれていく。
途端に恐ろしいまでの脱力感に襲われた。
――駄目だ!
本能的に危険を回避するように、結はフィルアニカの体を引きはがす。
数歩後ろに下がり、ソファの脚につまづいてクッションの上に尻もちをつく。
フィルアニカが結を見てまた笑い、近づいてくる。
逃れなければ。
結は呼吸を整えて闘気を解放する。
できればフィルアニカに危害は加えたくない。彼のそばをどうにかすり抜けて扉をくぐれば――。
「司祭様!」
扉が開くと同時に大柄な男が飛び込んでくる。
フィルアニカの寺院の警護に当たっているという軍人、リシュアだ。いつもの飄々とした雰囲気はなく、金色の髪を振り乱す勢いで結とフィルアニカの間に割って入った。
「司祭様、目を覚ましてください」
リシュアがフィルアニカの両肩をしっかりとつかんで揺さぶると、フィルアニカはまさに今目が覚めたといわんばかりに、はっと息をつく。
瞳の色がいつもの菫色に戻っている。部屋に立ち込めていた霧が薄れて消えていった。
「あぁ……、わたしはまた……」
「大丈夫です。さぁ、戻りましょう」
リシュアはフィルアニカを抱き寄せて部屋を出ていく。
一度、リシュアが結に振り返り、待っていてくれ、というように軽く手を動かした。
二人がいなくなって、どっと疲労が湧いてくる。
ソファに腰を下ろした結は、大きくため息をついた。
「悪かったな結、大丈夫か?」
少しして部屋に戻ってきたリシュアがとても心配そうに結を気遣う。
「あぁ、俺は大丈夫だ。フィルアニカさんは?」
「お休みになったよ」
「さっきのあれは……」
「司祭様の異能だ」
リシュア達の世界の新月の夜とその前後二日間ほど、フィルアニカは先ほどのように異能を発揮してしまうことがあるのだとか。
実際に遭遇したので大体察しはつくが、やはり、
あのまま接触していたら、結はあっという間に生気を吸い取られて死んでいただろうとリシュアはいう。
「あんたが強い意思の持ち主でよかったよ。並の人間は逃れられないからな」
改めて聞いて、怖いと思った。
だが結も異能持ちだ。力を持たない者からすれば十分恐ろしい存在なのだ。
「どうか司祭様を嫌わないでほしい。それと、できれば今日のことは司祭様には内緒にしてほしいんだ」
「うん、それは大丈夫。フィルアニカさんの気持ち、少し判るよ。俺も異能者だから」
様々な世界から様々な人が来るこの部屋だからこそ、普段気づけないことを改めて実感することもある。
結は改めて、力の使いどころは十分に気を付けなければならないのだと自分に言い聞かせた。
(了)
お借りしたキャラ:カスロサ・リシュア フィルアニカ
出典作品:風が吹く前に
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884214552
作者様:千石綾子 様
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