扉の外の異世界にて

彼とはパーティを組みましたが下僕になった覚えはありません

 町の大通りを二人の冒険者が歩いている。


 一人は長身痩躯の中年男性。鮮やかなライトブロンドを後ろになでつけ、いかにも切れ者な表情の彼は魔術師だ。


 もう一人は一見性別が判らない中性的な美男子。身長は魔術師の顎を少し超えたぐらいまでしかない。光の加減によっては黒にも緑にも見える肩までの髪を後ろへと払う手つきにまで色気がある上に器用そうだ。それもそのはず、彼は盗賊なのだから。


「まぁったく、どうしてあんたみたいなおっさんと隣村まで行かなきゃならないんだ」


 シーフの若者、アギはぼやいた。これで何度目かと問いたくなるほどの回数、似たような苦言を口にしている。

 彼の隣を歩くリカルドは、肩をすくめて見せた。


「事の発端を作ったのは貴方ですよアギさん」

「アギさん言うな。俺にはアグール・ラングミュアって立派な名前があるんだぞ。短縮するならアギ様と呼べ」

「こだわっているのは貴方だけです。皆好きに呼んでいるではありませんか。呼び捨てにしないだけいいでしょう?」


 しっかりと言い返してやるとアギは名前に関する言及はやめた。だがまだリカルドと共に行動することに不満を漏らしている。

 リカルドはやれやれと嘆息した。


「いかさま賭博の代償が簡単なお使いなら、まだましではないですか。下手をすれば貴方はあのまま川に放り込まれていたかもしれないのですよ?」

「ちっ。いちいち指摘しなくてもわかってるよ。さっさと行って戻ろうぜ」


 アギは面白くなさそうに、隣を歩く長身の魔術師を見上げた。




 リカルドの言う事の発端とは、こうだ。

 冒険者が集う街の酒場でアギはいつものように賭博に興じていた。

 アギは美麗な顔と巧みな話術で相手を油断させ、儲けは順調に増えていた。


 だが欲を出したのがいけなかった。器用な指先をちょっと生かしてみたところ目利きの鋭い対戦者にいかさまがばれてしまった。

 賭博に参加していた血気盛んな冒険者達に殴られ、簀巻きにされて、あわやそのまま外へと連れ出されようとしていた。


 その一部始終を横目で見ながらカウンターで酒を飲んでいたリカルドだが、わめき散らすアギがリカルドに助けを求めた。


「おい、こら! そこで悠々と酒飲んでねぇで、助けやがれ! 下僕!」

「誰が下僕ですか。貴方とは幾度かパーティを組んだことはありますが傘下に入った覚えはありませんよ。身から出たさびです。しばらく簀巻きで反省されてはどうですか」


 リカルドは冷ややかに言い返したが、彼の返答にアギを抱える冒険者が反応を示した。


「あんた、こいつのパーティリーダーか? だったらメンバーの不始末の責任、一緒にとってもらおうか」

「……いささか不本意ですが彼をリーダーとして行動を共にしたことがあるのは事実です。いかがいたせば、納得していただけますか?」


 冒険者は、小さな皮袋を差し出してきた。


「ここから馬で半日のところにある村に、メアリっていう娘がいる。村長の娘だ。彼女にこれを渡してきてくれ。それで勘弁してやる。その手癖の悪いガキに中身取られるなよ。……しかしこんなのがリーダーだなんて、あんたも大変だねぇ」


 冒険者達が嫌味な笑い声を上げた。


「誰がガキだ! それより早くこれをときやがれ!」


 簀巻きの中でアギがわめいているがリカルドも冒険者達も無視を決め込んだ。


 いわゆる「お使い」の依頼、いや、強制といったところだ。

 リカルドにはアギの尻ぬぐいをする必要などまったくないのだが、ここで他の冒険者ともめごとを起こしたくはない。素直にうなずいて皮袋を受け取った。村の位置やメアリのことを聞くと、リカルドは簀巻きのままのアギを引きずって店を出た。


「こら、おい! さっさとこれを解け! いた、いたたっ! 足引きずってるぞ! こら下僕~!」


 町の目抜き通りまで、アギの悲鳴がこだました。




 さて、町の入り口までやってきた二人。


「で、隣村までどうやっていくつもりだ?」

「駅馬車を利用しましょう。目的の村近くで降ろしてもらいます」

「運賃、かかるじゃないか」

「ではアギさんだけ歩いていきますか? 馬で半日ですから、歩けば野宿必須ですよ?」

「ちっ。じゃあおまえが金出せよな」

「おや、アギさんが出すのが筋でしょう。なにせこれは貴方の――」

「アー、言うな言うな」

「よろしくお願いしますね。リーダー」

「心がこもってねぇぞ!」


 そんなこんなのやり取りをしながら駅馬車の乗り場にやってきた。リカルドが金を出すそぶりを微塵も見せないでいると、アギが舌打ちをしながら運賃を支払った。




 街から目的の村までは問題なく到着した。だが村に入ると、なんとも殺伐とした雰囲気に包まれていた。いや、何かに恐れている空気の方が濃い。


 ともかく目的を果たさねばならない。リカルド達はメアリの家を目指す。

 メアリの家は程なく見つけることができた。村長の家とあって、他の家よりも少しだけ大きい造りだ。


 木製の戸をノックすると、中から「はい」と短い声がする。

 リカルドが町から使いでやってきたと告げると、思いのほかドアが勢いよく開いた。

 咄嗟に後ろに下がったリカルドの、更に後ろにいたアギは鼻先をリカルドの肩にぶつけた。「ふげっ」とアギが声をあげるがとりあえず無視して、リカルドは姿を見せた女性に預かった包みを差し出した。


「では、あなたが怪物の調査に来たのですねっ」

「……怪物?」

「はい。最近夜になると村の近くに怪物が出るんです」

「それは、どういったものですか?」

「四足の獣みたいです。でも普通の動物よりも大きくて……。ですから、この村に立ち寄ったなじみの商人さんに冒険者を寄越してもらうように頼んだんです。引き受けてくれそうな人に、この袋を持ってきてもらうようにって」


 リカルドが話を進めようとするのをアギが後ろから制した。


「おい、こら、どういうことだ。お使いで終わりじゃねぇのかよっ」

「どうやら終わりではなさそうですよ」

「冷静に答えてんじゃねぇよ。つまりはだまされたってことか?」

「だまされたと言うよりは、全てを明かされなかったということですね」

「だから冷静に答えてんじゃねぇって。全てを話されなかったのはだまされたのと同じことだろっ。袋を渡すって約束は果たしたんだ。さっさと帰ろうぜ」


 アギの剣幕に、メアリは涙目になって彼を見つめる。

 ここで帰るんですかと、うるうると揺れる彼女の目がアギを見つめる。


「……うっ。そんな目で見てもダメだからな。どうしてもって言うなら報酬を出せ」

「報酬ですか。はい。ささやかですがこの袋のお金は差し上げるつもりです」


 メアリは更に目を潤ませてアギを見つめた。


「ちっ。ささやかかよ。……まぁいい。受けてやる」


 アギは面白くなさそうながらも怪物の調査を承諾した。


 これ以上、四の五の言うならまた簀巻きか? と考えていたリカルドは、密かにふっと笑みを漏らした。




 怪物の調査を引き受けたリカルドとアギ。宵のうちまでは村長の家で休息して、怪物が出るという時刻ごろに村の近くを巡回することにした。


「あー、めんどくせー。バケモノなんて出なかったってことにしちまおうぜ」

「そうは行きませんよ。報酬を受け取るという約束をしているのですからね」

「だから、報酬だけいただいてトンズラ――」


 アギの言葉が途中で止まる。


「残念でしたね。トンズラ計画が台無しで」

「全然残念だって思ってねぇだろ」

「はい。少なくとも契約不履行の上に逃走したという汚名を着ずに済みそうですからね」

「クソ真面目なヤツ」

「契約不履行よりはマシですよ」


 二人がそんなやり取りをしている間に、村はずれの林の奥から、四足歩行の影が現れた。リカルドの持つランタンの明かりに照らされたその姿は、オオカミに似ているがサイズは一回りどころか二回りほど大きい。


「目撃情報は一匹ということでしたので、恐らくこれでしょう。手っ取り早く仕留めるのが得策だと思いますよ」

「おいおい、冗談だろう? 届け物だけのはずが、調査まで請け負ってその上戦闘もかよ」

「しかし今やり過ごして調査結果を報告したところで、先は見えていると思います」

「……判ったよ。じゃ、おまえが率先して戦えよな」

「積極的に魔法を飛ばすことが率先して戦うという意味なら、もちろんそのつもりです」

「つまり、俺に飛び込めと」

「そうでなければ私は安心して魔法を唱えることができません。頼りにしていますよ、リーダー」

「また感情のこもってない声で言う」


 アギは面白くなさそうな顔をしながら、ちらと周りを見回したようだ。

 リカルドは魔法を唱えるための媒体としている剣を抜いた。刀身に赤い文様がほどこされている剣だ。剣の背でアギの背中をとんと押した。

 隙あらば逃げ出そうとしていたアギは、不意に背中を突かれて「うおぉ?」と少々間の抜けた声を発しながら前方へとつんのめった。

 そこへ獣がやってくる。


「こらぁ下僕、何しやがる!」

「リーダーの闘争心に火をつけたまでです」

「後で覚えてろ、てめー」

「逃げ出そうとしていたリーダーのことはしっかりと記憶しておきます」


 アギは舌打ちしつつ、得物を抜き放った。




 獣との戦闘は比較的楽勝であった。リカルドとしては自分がもつ最大級の魔法を打ち込めば勝てるであろうと見積もったが、近くに村があり被害が及ぶかもしれないことと、アギにもいい思いをしてもらった方がいいだろうと計算して止めを彼にプレゼントした。もちろんアギはそのような気遣いがあったなどとつゆほども思っていないのだろうが。


 翌朝、村長に報告をして報酬を受け取ってアギと分けた。

 帰りの馬車の中でリカルドは疲れた体を抱えるようにして座り、他の乗客達が談笑する様を眺めていた。


 アギはというと、報酬を受け取ったことで気をよくしたのか、馬車の中でまで賭博を持ちかけている。

 またいかさまなどをしてばれなければいいのだが、とリカルドが懸念していると、こういう時の悪い予感は当たってしまうものなのだ。


 やがて後ろ手に縛られたアギが、馬車の幌にくくりつけられて情けないわめき声を上げるという、ある意味お約束な展開となった。


「こらー、下僕ー。見てないで助けろー!」

「私は一度だって貴方の下僕になった覚えはございません。何度も同じ過ちを繰り返すような方とは、パーティを組んだ事実すらなかったことにしたいほどですよ。しばらくそこで反省するといいでしょう」


 アギはまだなにかをわめき散らしていたが、リカルドは無視を決め込んだ。


 こうして、救われないアギを幌にくくりつけた、とてもにぎやかな駅馬車がのんびり街へと向かうのであった。



(了)



 お借りしたキャラ:アグール・ラングミュア

 作者様:楠瑞稀 様

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扉よ扉 御剣ひかる @miturugihikaru

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