迷惑料は後払いで

 レッシュは日本に旅行する時はいつでも、友人の信司を頼っていく。今回も二日目からは彼のところに厄介になるのだが、初日だけは仕事の都合で泊められないと事前に聞いていた。

 しかしせっかくもらった休日だから、予定通り日本に行くことにして、一日目はどこか適当にホテルを取るよと返事をしておいた。


 平日の夜だからどこでも空いているだろうと高をくくっていたのだが、意外にもあたりをつけたホテルはどこも満室だった。

 日本のビジネスマンってリッチだよなとひとりごちながらレッシュは夜の街をぶらつく。適当に安ホテルでも探してみようと繁華街を抜けようとしたところで、見知った顔が飛び込んできた。


 例の部屋で時々あって話している、イザという男だ。

 整った顔立ちで、いかにも異国の血が混じってますと言わんばかりの青緑の瞳はとてもよく目立つ。後姿は日本人そのものなのに、真正面から彼を見ればまず間違いなく、どこの国の人とのハーフだろう、と思わせる二十代後半の男だ。


 レッシュが軽く手を挙げて挨拶すると、イザは軽く笑った。

「えぇっと、レッシュ、だっけ? 日本に来てたんだ。こんな時間にひとりでぶらついて、夜遊びか?」


 イザは愛想の良い男とはいえないが、ある程度親しくなると話しやすい相手だと思う。


「今夜のホテルは予約してなくてさ、探してるとこ」

「ははは。行き当たりばったりだな」

「だな。おまえこそ小さい子を家に残して夜遊び?」

「まさか。仕事の間の待ち時間」


 それじゃ時間まで軽く飲むかという話になり、二人は適当にバーに入る。


 久しぶりに会う二人は近況報告に花を咲かせた。

 話せば話すほど、レッシュはイザに親近感を覚える。

 歳が近いのは言うまでもなく。父親に恵まれなかったこと。学校をドロップアウトして裏稼業についていること。


 おれらろくな死に方しないよな、と冗談交じりで笑った時。

 ふと、バーの入り口から視線を感じる。ちりちりとした嫌な雰囲気も。

 長年、マフィア幹部のそばで嫌というほど味わってきていて判る。これは、殺気。


 隣に座る青年に向けられたそれに、レッシュは思わずイザを突き倒して上に覆いかぶさる。その瞬間に銃声が響き、先程までイザの頭が位置していた辺りを銃弾が通り抜けていった。

 カウンターの奥のボトルが派手な音を立てて割れる。


「おいおい、日本って銃禁止だろ? なんでこんなためらいないんだよ」


 思わず愚痴を漏らしながら入り口を見ると、任務に失敗したことに舌打ちを残してさっさと逃げ去る男の後姿が見えた。


 何が起こったのか理解できていなかった他の客達も、ようやく発砲されたのだと気づいて店の中に複数の悲鳴が響く。


 騒然となった店の騒音に紛れて、レッシュはイザに尋ねた。

「うらまれる覚えは?」

「ありすぎて、どの件で狙われたんだか」

「警察、呼ばれそうだな。おまえ、さっさと逃げとけ」

「あぁ、サンキュ」


 イザが店の奥に足早に去っていった。

 その後姿を見送りながらレッシュは自分のお人好しさ加減に苦笑した。いくら異国だといっても自分だって警察には関わりたく部類の人間なのに、友人と言えるかどうかの男を逃がして後始末を買って出てしまった。


 さて、荒事に無縁な一観光客を演じなければならないなぁと、レッシュは警察に事情聴取された時の会話を頭の中でシミュレートし始めた。


 今度会ったら、高い酒をおごらせてやろう。

 その今度がいつ訪れるのかも判らないのに、レッシュは、まぁそれも悪くないかと一人うなずいた。



(了)



 お借りしたキャラ:イザ

 出典作品:撃ち落とされるまで、あと何分? (時系列は違います)

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054882144417

 作者様:猶(ゆう)様

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る