エピローグ

今日は曇り一つない快晴。

こんな日は家に籠ってネットをするに限るのだが、その生活はもう封印した。

眠気眼で学校に出かけ、授業を聞き、部活に出る。

それが俺の日課だ。

そしてこの部活こそが、たぶん、きっと、俺の理想郷。


「で? どうしてまだ人間のアンタがここにいるの? 迷惑だから出て行って欲しいんだけど」


その部活での出来事に、俺は顔を俯かせていた。

Yが仁王立ちでエリを睨んでいる。

師匠の計らいで、Xも俺も観察処分という形で落ち着いたというのに、Yは監視者であるエリに対して当たりが強かった。


「勝手なことを言うわね、侵略者風情が。今の平和は私達がお目溢ししている結果だということを忘れないで」

「お目溢しじゃなくて見て見ぬフリじゃないの? 負け犬はさっさと尻尾を撒いて出て行ったらどう?」

「随分と強気だけど、あなた一人程度なら私だけでも殺すことは充分可能よ?」


エリは銃を取り出した。


「お兄ちゃん、助けて~」


わざとらしく、Yが駆け寄って来る。

エリが吐き捨てるように舌打ちした。


「……エリ。一応な? ここ、学校だから。禁止されてる物を持ち込むのはやめよう」

「学校の規則なんていちいち守ってる高校生は今時いないわ」


学校どころか、国で禁止されてるものだけどな。


「高校生って、アンタおばさんでしょ? いい年して女子高生の恰好ってキツくない?」

「私は17……もうダメ。こいつ本当に殺したい」


例の事件が終わってからというもの、毎日のようにこの騒動だ。

ライトノベルで主人公がラッキースケベを発動する頻度で、世界戦争勃発の危機が巻き起こっている。

その中で、Xは一人黙々と読書をしていた。

最近読んでいる恋愛小説がどんどん過激なものになっているのは、何かの兆候だろうか。あまり考えたくはない。


とにかくだ。

俺の平穏。俺の理想郷たるこの部室は、もはや胃を痛くする悩みの種になり替わっていた。


「殺す? やってみなさいよ。その代わり人間も皆殺しにしてあげるけど」

「それこそやってみたら? 侵略者を滅する方法なんていくらでもある」


俺はひっそりとスマホを取り出し、SNSのアプリを開いた。


Q 最近、彼女とうまくいっていません。自分ではきちんとコミュニケーションを取っているつもりなんです。服装を褒めたり、相手の話に乗ってあげたり。こんなに尽くしているのに、どうしてうまくいっていないんでしょうか。理由を教えてください。


そうそう。

これこそが俺の平穏だ。

何の疑いもなく俺を頼って来る愛しのフォロワー達。

今日も彼らに俺の疲れを癒してもらおう。


A ロサダ比という言葉を知っていますか? 人と有効な人間関係を築きたい場合は、ポジティブな要素とネガティブな要素を3:1の割合で混ぜて話すと良いそうです。そうすれば、相手は自分のことを真剣に考えてくれていると思って、好感度が上がるはずです。僕もそれを実践してから恋人との関係は良好で、喧嘩一つしたことがありません。今からでも遅くはないはずです。あなたもロサダ比を参考に、少し彼女に本音を打ち明けてみてはいかがでしょう? あなたと恋人さんが幸せになることを祈っています。


俺はそのアンサーを送信した。

スマホをしまい、しばらくすると通知機能が大量に鳴りだす。

あまりに完璧な返答に、どうやらバズってしまったようだ。

俺はにやにや笑いながらスマホを取り出し、SNSを開いた。


『そのロサダ比、アメリカ心理学会が正式に否定してますよ』

『嘘つくとかクソかよ』

『どうせ彼女いないくせに粋がるな』

『話長いんだよ、死ね』


話長いは余計だろ……。

俺が呆然としていると、今度はクラスの奴らからメッセージが届いた。


『どういうことだよ。ロサダ比って前に俺達に教えてくれたやつだろ』

『私たちに嘘ついてたの?』

『最低。マナブーのこと信じてたのに』

『嘘つきとは俺ら関わらないから』


俺はスマホをしまった。

改めて部室を見ると、Yとエリは必死の形相で口論し、Xは触手で冷蔵庫を破壊して、口の周りをアイス一色にしながら読書をしている。

……どうやら俺の理想郷は、この世から消滅してしまったらしい。


改めて思う。


「リアルってクソだな」



Fin



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地球は既に侵略されている 城島 大 @joo

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